Have a life outside of work.


by seagull_blade

変更点。(David Bowie:CHANGES)

a0012892_121147.jpgカテゴリ「Musique」の最初に現在のDavid Bowieについて書いた。ボウイーの魅力は多くの人によって語られているが、ファンとしてその末席に連なりたい。

1971年に発表された「HUNKY DORY」の冒頭に収録された「Changes」は筆者お気に入りの1曲である。正直、当時のクレイジーな格好をしたボウイーのビジュアルはあまり好きになれないのだが、楽曲についてはここから80年代半ばまでがやはり魅力的であるとおもう。

ボウイーの詞はいつも少し難しい。難解とは言わないが、単語も難しい言葉を良く使うし、言い回しも独特で、ざっと歌詞カードを読んだだけでは解らないことが多い。では対訳を読めばいいじゃないかということなのだが、これがまた意味がわからないことが多く、はっきり間違っていたりしてあてにならない。せめてベスト盤での再録などでは対訳も見直せばよいと思うのだが・・。

ところで「Changes」もそうした曲の一つであった。どうも対訳を読んでも意味がわからないし、歌詞を斜め読みしてもやはり意味がとれない。仕方が無いので辞書を引き引き意味を取ってみた。そうするだけの魅力が音にあるのは勿論だ。

冗長なのと英語力に自身がないのでサビの部分だけseagull流に訳してみた。(おこがましいかも知れない。)

Ch-ch-ch-ch-changes
(turn and face the strain)
Ch-ch-changes
Don’t want to be a richer man
Ch-ch-ch-ch-changes
(turn and face the strain)
Ch-ch-changes
Just gonna have to be a different man
Time may change me
But I can’t trace time

変化。
(振り返って試練と向き合え)
変化。
よくいる成金になりさがるな
変化。
(振り返って試練と向き合え)
変化。
別人にならなくては
時間は私を変えるだろうが
時間は溯れない。

へ・へ・へ・へんかだ!と訳してみても良かったかもしれない。こういう洒落っ気もボウイーの得意とするところだから。付属した対訳には「変化だ!奇妙なものに目を向けろ」なんてなっていたのだが、これでは意味がわからない。。。

ボウイーの魅力は(振り返って試練と向き合え)などという歌詞を真剣に叫ぶことができて、厭らしくないことだと思う。へそ曲がりの筆者はこの手の歌詞に大抵「けっ!」という反応しかしないのだが、ボウイーが叫ぶとついつい聴いてしまう。そんなはずは絶対に無いのだが、何だか筆者のために叫んでくれている気がしてしまうのだ。創造的な天才とはこうした人のことを言うのかもしれない。などと考えてしまう。
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# by seagull_blade | 2004-04-28 12:12 | musique

黒いロシア人。

a0012892_133010.jpg『仕事以外』というタイトルであるのに、仕事の話が多いので、お酒の話などを。筆者はワインを除いて大抵の酒は好きである。ワインが嫌い、ということはないのだが何故か好んで飲まない。とはいえイタリア旅行ではヴェネツィアでラッパのみしながら迷子になったりしたので、本当はなんでも良いのかもしれない。

カクテルは学生時代や社会人一年生の頃は馬鹿にして飲まなかったが、近頃は一つの酒を様々に味わうことができ、酔いたいときも、雰囲気を楽しみたい時も、筆者のように「飲みながら読書」が趣味の人間にも対応できるなかなか素敵な酒だと思っている。

先日、割と足を運ぶ「SUR」というバーで「Black Russian」というカクテルを飲ませてもらった。筆者は興味を持ったら飲んでみるという飲み方なので、なかなかレパートリが広がらない。普段は「Gin Tonic」や「Moscow Mule」など良くあるものばかり注文している。その日はなんとなく違うカクテルを飲んでみたくなり、女優の卵だというバーテンダーに「おまかせ」してみた。もちろん「財布に悪くならないように」という科白は忘れる訳にいかない。

「さっぱりしたのがお好きですよね?」「どうだろうね。知らないだけでそんなこともないかも。」「単純に私が好きなカクテルでよろしいですか?」「もちろん。お願いします。」
そして出されたのが「Black Russian」だった。「一時、ハマって家でこればかり飲んでいたんですよ。」「中身はなに?ルシアンってことはウォッカ?」

ウォッカは欧州産の蒸留酒では最古といわれている。ロシアは果たして欧州か?という向きもあるが、ポーランドが原産のようだ。どちらも元祖を主張しているが、普及しているのは勿論ロシア。モスクワ大公国のころから飲まれており、1917年の革命の際に世界的に広まった。アメリカは第2位のウォッカ消費国だが、名高い悪法「禁酒法」時代にウォッカが入ってきた為、シカゴマフィアの重要な資金源となってしまった為らしい。皮肉なことではある。またウォッカの原意は「生命の水」であり、このあたりウイスキーの語源と似ていて、洋の東西を問わず考えることは同じなのだなと思わせてくれる。

「ウォッカとカルーアです。生クリームを浮かべるとホワイトルシアンになりますよ。」「うーん。それは甘すぎそうだからこのままで。」「わかりました。どうぞ。」

カルーアはご存知コーヒーリキュールの代表格である。メキシコ産。そのレシピは半世紀前にメキシコで作られたが、詳細は余りわかっていないとのこと。カルーアのページによると「カルーア(Kahlua)」はアラビア語のコーヒーを語源としている。因みにアラビア語ではコーヒーを「カフア」と発音する。正確にはフランス語のような口蓋音が混ざるのでカナで表現しにくい。

「いかがです?」「きついね。ウイスキー並じゃない?」「そんなことはないですよ。30℃くらいです。」「大差ないじゃない。でも呑口が良いから・・・」「だから私は家でしかのまないんですよ。」「なるほど。」

「いかがしましょう?」「同じものをもうひとつ。」「かしこまりました。でも大丈夫ですか?」

残りの記憶はBlackRussianの甘さと強烈なアルコールに溶けてしまった・・・・。
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# by seagull_blade | 2004-04-27 13:31 | bizarro life
a0012892_1287.jpgQUEENがTVドラマの影響で少しブームとなっている。1ファンとしては喜ばしい限りだ。30年弱生きて来たなかで最も聴いたアルバムがQUEENの「Greatest HitsⅠ・Ⅱ」だと思う。とは言いながらマニアックなファンも多いQUEENであるから、「ベスト版を聴きこんだ位でファンとかいうな!」という方も多いと思うが、QUEENを聴き始めた高校生の頃、丁度フレディ・マーキュリーが他界した頃で、ファンとしては若輩もいいところという体たらくである。乞うご容赦である。

QUEENは様々なタイプの楽曲があり筆者からみると異常なまでに才能があるバンドであった。ロックが基本線なのだが、エスニックありオペラありダンスビートありというとんでもないごった煮の世界である。「JAZZ」というアルバムに収録されている「Mustapha」という曲に至っては英語・アラビヤ語入り混じりで、あっけに取られてしまう。(学生時代ちょっとアラビヤ語を齧った筆者にはなんだか楽しくなってしまうのだが・・・)

精神的・肉体的にぐったりしていたり、つまらないことが多い時にあまりロックを聴きたいと筆者は思わないのだが、QUEENは何せ様々なジャンルの楽曲を世に送り出しているので、そんな状況でも聴きたい曲がある。

筆者がまず思いつくのはアルバム「イニュエンドウ(Innuendo)」に収録された「輝ける日々(THESE ARE DAYS OF OUR LIVES)」である。優しいパーカッションで始まり、ヴォーカル:フレディ・マーキュリーが呟くように(勿論彼のことなので伸びやかなのだが)歌い始め、サビはQUEENの最大の特徴である美しいコーラスが展開される。

この曲を聴いていると「癒される」というよりは「許される」と感じる。どうにもならない状況になって、「昔は良かった」式の思考に陥ったとしても「まあ、それでいいんだよ」と言ってくれているように思える。筆者にとっては自己嫌悪から開放してくれる楽曲なのだ。
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# by seagull_blade | 2004-04-23 12:09 | musique
a0012892_22110.jpg「3.百貨店における最低限要求されるクオリティをメーカ自身が心得ている。」これはあらゆる業界で存在することであろうが、長年の付き合いの中でクライアントが要求する最低限のクオリティ、これ以下だったらクライアント側の業務に支障をきたすというレベルを完全に理解し、且つ「1」や「2」で上げた理由によって競争が殆ど無い状況である為にそのレベルでしか仕事をしなくなるというものである。勿論これらはITに限ったことではないのだが、大型都市百貨店へ品物を納品している業者が聞いたら耳を疑うほど大甘な基準である。店頭に並ぶ商品は百貨店の命であり、これらに要求されるクオリティが高いことは当然だが、殊システムに対しての要求はアイテムに対して為される厳しさの1/100もない。

これらの結果として某POSメーカなどは通常考えられる人件費の凡そ1.5倍~2倍の単価で見積を出し、百貨店側でも高いとは思いつつ他業界のIT担当者が見たならば「常軌を逸する」金額でOKをだしてしまう。これが都市百貨店をとりまくアンシャンレジームであり、ベンダーに対して高利益率を維持できる基本的な構造である。

平成の大不況からこのかた、様々な業界で改革や変革が良きにつけ悪しきにつけ起こった。そして最後に残ったのが流通業界とりわけ大店舗法改正以来の小売業界ではないのだろうか。そして大店法で息をつないだ大型小売店はあまりに古く、アンシャンレジームを破壊できなかった。そして、他業界におけるIT革命という名のバブルが弾けた反動を高い利益率を提供することでもろに受けつづけているのではないか。

だとするとどうやってこの状況を打破していくことが出来るのだろうか?

・・・第4回へ続く。
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# by seagull_blade | 2004-04-19 22:02 | career

自己規定。

a0012892_133744.jpg「gnothi seauton」「nosce te ipsum」「know thyself」「汝自身を知れ」何語で語られてもいいのだが、デルフォイに刻まれ、ソクラテスが殉じたこの言葉は2000年経ち、人口に膾炙しているにもかかわらず、今でもそれなりの重みを持っている。それは「己を知る」ということが如何に難しいかを証明しているのだろう。ソクラテスが論争したソフィスト(詭弁師)達は「己を知る」ことが無い為にソクラテスに勝つことは出来なかった。勿論これらはソクラテスの弟子プラトンが書き残しているにすぎないのだが、そのように2000年来信じられてきたという事は何かしら人々の心に引っかかってきたのだ。

ソフィストを「詭弁師」と書いたが、彼等は自らの詭弁を詭弁だとは考えていなかったのではないか。実際、詭弁を自覚的に弄しているならば、ソクラテスに「おまえはこんなことを言っているし、知っているというが本当に知っているのか?」と議論を挑まれたなら、こう切り返すことができたはずだ。「いいえ。知っている訳ではありませんが、民衆を酔わせることで生計を立てているのです。」と。そういわれればソクラテスは議論を打ち切ることしか出来ない。「彼は真実を求めている訳ではないし、論争するに値しない」などと呟きながら。

だが、プラトンによればソフィスト達はソクラテスとの論争に敗れていったのだ。それはつまりソフィスト達は彼等自身の詭弁を詭弁とは考えず「己の考えたこと」=「真実」だと考えていたのではないか。それ故に自分が何を知り、何を知らず、何に既定されているのかを知らなかった為にソクラテスからその『無自覚な前提』という弱点を突かれ、返す言葉を失ったのだろう。

「全能感」という言葉がある。個人的には「全知感」と言い換えたほうが良い場合が多いと思うが、15歳~22・3歳までに経験された方は多いだろう。全てを解ってしまったかのような感覚である。ご多分に漏れず筆者も経験している。ある程度本を読んだり、周囲の大人が自分の意見を聞いてくれるようになってくるとあたかも急に全てを理解してしまったかのような錯覚に囚われる。勿論錯覚なのだが、本人はそれと気がつかずに何だか偉くなってしまった気がするのだ。しかし長ずるにつれ、周囲の現実と格闘していく内に自分の全能感は多くの暗黙の前提を必要としていることに気が付いて、それが一種の虚構であることを自覚していく。「全てを解っていると自己規定しているに過ぎない」からだ。

ソフィストたちはこのような自己規定に囚われたまま、ある程度の年を取ってしまい、周囲からの「立派な大人があのように言うのだから一考に値するのではないか」という美しい誤解の上に生きてしまった人々なのではないだろうか。それ故にソクラテスによって「無自覚の自己欺瞞」という前提を崩されて論破されたのではないのか。

自己規定。難しいことである。何が自分自身を縛り、何が自分自身を動かしているのか、「自らの原則」を明らかにする事はそんなに簡単なことではない。我々は恐らく様々に矛盾した「思考」「欲望」を持ち何かに縛られて生きているのだ。これらを明確に把握している人はそうはいないだろう。否、余人は知らないが少なくとも筆者はわからない。日本人には幸か不幸か「YHWH」も「アラー」も存在しないし、「武士道」も幕末から明治にかけてそれまでの「武士の為の規範」を「日本人の為の規範」に拡張した物にすぎず、伝統的な我々の規範とは言い難い。

だが少しでも「自分自身の原則」を明らかにしていかない限り、己を知ることは出来ないだろうし、暗黙の前提がそもそも存在していない諸外国人との関係を良好にしていくことは出来ないだろう。

筆者が気味悪く感じるのは自分でも信じていないことを無自覚に信じてそれを基準におしゃべりを繰り返している現代のソフィスト達である。彼等は男女問わずさっぱり魅力的でない。無自覚の自己欺瞞を正直と勘違いしている者は見苦しい。自分自身が矛盾だらけの「ぬえ」なら「ぬえ」でよいではないか。まずは自分自身がどんな「もの」なのかを常に考えることが必要なのではなかろうか。筆者もまだまださっぱりであるのだけど。

※流通とITについては次回にさせていただきます。
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# by seagull_blade | 2004-04-19 13:37 | philosophism
a0012892_17320.jpgつまり、小売業界とりわけ地方百貨店や中小零細企業などではITについての利用方法がまだまだ確立しておらず、そこを狙ってベンダーはベンダーに有利な『ITの常識』を作り出し、利益率の高い構造を維持している。これをとりあえず「IT革命」の後に出来上がった『第2のアンシャンレジーム(旧構造)』とでも命名しよう。

では大規模な都市百貨店ではどうなのか?実は『第2のアンシャンレジーム』どころか完全な『アンシャンレジーム』が存在しているように筆者には思える。具体例をあげると日本最古の外資系企業の一つである某POSメーカは、以下のような構造のなかで未だに高い利益率で仕事をしている。

--------------------------------------------------
1.古くから付き合いがある為百貨店自体がメーカに依存している。
2.百貨店はそのPOSメーカが大企業であるが故にそのネームバリュー
によってリスクヘッジをしている。
3.百貨店における最低限要求されるクオリティをメーカ自身が心得ている。
--------------------------------------------------
まず、1だがこれはIT企業としては珍しい構造だと思われる。なぜならITそのものが一般的になったのはここ10年前後のことでしかない。勿論メイン・フレームを利用したホストコンピュータ運用は30年前からある(もちろんこれが膨大な運用費を食潰しているのではあるのだが)が、情報化の遅れた流通・小売業界においてなぜこうしたメーカが存在するのだろうか?答えは意外と簡単である。「レジ」である。POSとはPoint Of Sales の略称であり、販売時点の情報を取得するためのツールである。故にレジ厳密にはレジ(金銭登録機)である必要はないのだが、誰が考えてみてもレジと一体化したほうが合理的であるため一般的には「POS≒レジ」が成立している。
つまり古くから付き合いのあるPOSメーカとはかつてのレジメーカのことなのだ。百貨店はレジの時代からそのようなメーカを店内に常駐させ、保守サポートをさせている。そこで働くベテランのメーカCE(カスタマーエンジニア-修理作業員-)は、百貨店のさまざまな事柄について誰よりも詳しくなってしまう。そして百貨店はその作業員ひいてはPOSメーカに依存してしまい、別の新興メーカに乗り換えることなど考えなくなってしまう。勿論必ずしも乗換が正しいわけではないのだが、その古参メーカが左前にならない保証など何処にあるのだろうか?最悪のケースを想定しないのは日本人の一つの典型ではある。。

2はこういうことだ。例えば新興メーカは確かに企業体力はすくなく、大手企業に比して倒産等の危険も多いだろう。またノウハウ面でも大手や古参にはなかなか追いつかない。しかし、ある程度の実績と優れたテクノロジや妥当な価格を新興企業が持っているならば、例えば店舗機能の一部に対してその新興メーカを使って、大きな意味でテストをしてみても良いはずだし、筆者はすべきだと考えている。だが実際には、古参メーカは「蟻の一穴」になるのを恐れるが故に妨害するし、百貨店自身もそのような取り組みはなかなかしない。某百貨店システム部長のセリフだが「新興企業を使って何か失敗をやらかせば、世間は百貨店を笑うだろう。だが大手が失敗すれば世間は大手を笑うだろう」と。それがネームバリューによるリスクヘッジである。

・・・第3回へ続く。
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# by seagull_blade | 2004-04-17 17:01 | career
a0012892_205531.jpg今のところ、筆者は某百貨店傘下流通系システム会社でSEを生業としている。日本の流通業界の現状はやはり中小・零細の連鎖で成り立っており、最近までITの最も遅れた業界であるといわれていた。その中にどっぷり漬かっているとわかりにくいが、他の金融などの業界に比すると、まだまだ標準的な「仕事の仕方」確立されていないと考えている。

IT業界はITバブルが弾けて以来、割と冷え込んでいるのは間違いないが、それでも転職が可能な業界である為、筆者のいる企業にも中途採用の転職者が多く入社されてくる。なので様々な業界の話を耳にするが、やはり流通業界は立ち遅れているらしい。小売に限ればやはり「セブンイレブン」などのコンビニは『ITインフラ』と位置付けられそうな程発達しているが、百貨店などの業種ではPOS(Point-Of-Sales)は流石に普及してきたが、地方百貨店などは導入し切れていない所もあり、取引先とのやり取りもEDI(Electric Data Interchange)が殆どという場所は大手の都市百貨店に限られてくるのではないかと思う。売上管理・商品管理に手一杯で顧客管理システムによる分析などはまだまだというところも多い。不況の中費用対効果がすぐに見えないシステムに投資する決断は難しいと考えている経営者も多い。

しかし、ハード・ソフトのベンダーからすると流通業界は「利益率が高い」業界だという。つまり他業界に比べて、ITに対する見方がまだまだ甘く、ベンダーに対して強く出ることが出来ていないらしいのだ。

・・・・次回へ続く
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# by seagull_blade | 2004-04-16 20:56 | career
a0012892_163737.jpgよく知った音楽を聴く。するとその曲を聴いていた頃の情景が浮かんでくることは誰でも経験があるだろう。それが楽しい事にせよ、悲しい事にせよ音楽は一種の脳内インデックスとして機能する。ところが楽曲によってはインデックスに色々な情報が張付きすぎて、特定の情景や記憶を引き出せなくものもあるかも知れない。筆者にとってベット・ミドラーの『The Rose』はそんな曲の一つである。

掃いて捨てるほど愛の歌はある。ちょっと食傷気味になるほどに。だが全くの主観と好みに過ぎないがこの曲は真正面に愛を語っていながら感動してしまう。

歌詞は勿論秀逸ではあるが、よくある内容だ。竹内まりやの「元気をだして」に近いかな。だが、聴いてみればこの曲に横たわるやさしさがわかるはずだ。

傷ついた大人に対して「敢えて何もしなければ何もできないのよ」と励まし、「種を蒔けばいずれ薔薇になる」と歌っている。勿論、曲の前半にでてくるBAD LOVEが決して少なくないことを歌い手はよく知っているだろう。しかし、それでも顔を上げなくてはならないし、何かが始まったりもしない。

このあたり勝手な連想だが「シジフォスの神話」をなんとなく想起させる。神の罰を受けたシジフォスは尖った山の山頂へ巨大な岩の球を運び続ける。山頂につくなり岩は必ず転がり落ちてしまう。だがそれこそが彼に与えられた罰なのだ。
シジフォスは何度でも山頂へ岩を押し上げる。それもうっすらと笑みすら浮かべながら。ここで絶望してみたところで仕方が無いことを彼は知っている。

筆者も山頂へ岩を置くことは出来なくても、せめてシジフォスのようになりたいと思う。それは決して諦観ではない。

BETTE MIDLER 『THE ROSE』の歌詞↓
http://www.lyrics007.com/Bette%20Midler%20Lyrics/The%20Rose%20Lyrics.html
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# by seagull_blade | 2004-04-15 16:38 | musique

組居合

a0012892_14446.jpg水鴎流居合術は特徴として『組居合』というものがある。通常居合術は一人稽古であり、仮想敵を設定して刀を振るうものだが、水鴎流は実際に打刀(うちたち:攻撃役・やられ役)と仕刀(しだち:受け役・勝ち役)に分かれ、木刀あるいは居合刀・真剣で切りあいを行う。勿論形稽古であるから、実際に切られたりはしないが、防具なしで木刀を持ってドツきあうのは出来レースとはいえかなり緊張するものだ。身をかわすこともそうだが木刀でもって相手に殴りかかる(切りかかる)のもそれなりに怖い。相手が女性だったりすると、「師範!すいません!代わってください!!!」と叫びたくなってしまう。

とはいえ、この「組居合」をしたくて他のメジャーな流派(無外流とか小野派一刀流)で稽古されている方も出入りしている。

悪くないですよ。居合術。
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# by seagull_blade | 2004-04-15 14:45 | swordplay
a0012892_191954.gif「正義とは汚れたる布である」正義を振りかざせば振りかざすほど自ら希求する場所から離れていく。「地獄の町の敷石は善意・善意で出来ている」想像力の欠けた善意が現出するのは一種の地獄。前者はユダヤの言葉、後者はイタリアの諺。

悪魔というのは本来「常に悪を欲して善をなす(メフィストフェレス)」というものらしい。本来サタンは神の法定における「検察官・告発者」であり、神(ジャッジ)に大して被告(人間)の罪悪を告発する者というのが原型である。現在においては前述したゲーテの「ファウスト」に登場する「メフィストフェレス(Mephistopheles)」が悪魔としての正当性を引継いでいるだろうか。

従って悪魔は正義を声高に叫ぶ。「この人間はこれほど罪深いぞ」と。それは自分が善であることの裏返しの表現である。素晴らしい快感。

だが少し考えてみよう。悪魔は自分で被害を被ったわけではないのだ。唯、彼は他人の罪深さを主張しているに過ぎない。決して自ら受けた被害を告発しているのではない。ましてや罪の犠牲になった者に同情しているわけでもない。罪の犠牲に自分を同化して「我こそは正義だ」と叫んでいるだけなのだ。

自らが「正義」であると自覚(誤認)した時、よほど自戒しなくては人は悪魔の代弁者となってしまう。もし悪魔が旗を振るならば必ず旗には耳障りの良い言葉が書いてあるだろう。

正義はどこかに存在する。だがそれは口にした瞬間、悪魔の言葉に堕することが多い。こうした文章を得々と書いていることも悪魔の代弁かもしれぬのだ。自戒が無くては批判は循環し、そのまま不毛となってしまう。

ここは日本でそんな西洋や中東の言葉は関係ないと思われるだろうか?

最近のニュースを見るにつけ、そんなことを考えてしまう。
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筆者は特に特定の宗教は信奉していない。だが、千年単位で続いた宗教や諺を無視するものではない。(新興宗教はその限りではないが。)
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# by seagull_blade | 2004-04-14 19:20 | philosophism

Old Bowie賛歌

少し前になるがディヴィド・ボウイーがミネラルウォーターのTVCFに出演していた。60近い自分が20代・30代の自分を眺めて苦笑いし、長いジャケットとミネラルウォーターを持って外に出て行くというものだ。何とも言えない。若い頃にすべきことを行った男の顔だった。最後に振り返って笑うボウイーのなんとさわやかなことだろう。筆者はボウイーの全盛期をリアルタイムで知らない。アルバム『ZIGGY STARDUST』はちょうど産まれた頃であったし、音楽を意識して聞くようになる中高生の頃は既に「Tin MACHINE」として活動しており、さほど魅力的な楽曲は無かったと思う。だがBest盤が発売され、なんとはなしに聴いてみると素敵だった。久しぶりに音楽を聞いて軽い衝撃というか(大げさだな)軽いめまいを感じるものがあった。なんというか「やりたいことは全てやってみました」的なものだった。その後に見たこのCF。完成された老人の顔。人生の完成形はやはり50代・60代なのだろうか。あの顔を目指して自分の20代・30代を生きて行きたい。そんなことを考えた。
(筆者はさっぱり美男ではないですが。ファンの方ごめんなさい。)
『考え・決定し・躊躇無く行動する』
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# by seagull_blade | 2004-04-09 14:20 | musique

抜刀術事始

a0012892_153917.jpg
去年の11月から『居合』を習っている。時代劇や小説が好きな方には説明不要と思うが、知らない方も多いと思われるので少々説明させていただくと(興味があれば「居合」で検索すれば山ほど引っかかる。)早い話が「日本刀を腰に帯びた状態で如何に早く抜刀し切りつけるか」という武術。ルパン三世の「五右衛門」をイメージしていただくとわかり易いかも知れない。(勿論、鉄は斬れない)
サラリーマン生活も5年たち身体も鈍りきっていたので何か運動をせねばと思ったのが居合だった。なんで居合なのかは自分でも良くわからない。唯、「怪我はしたくない。」「一人でも練習できるほうが良い」「格闘技は好きだが痛いのはいやだ」「サッカーのようなスポーツは身体を作ってからでないと出来ない」などと考えた挙句に居合となったわけである。

始めるまでの道のりは・・・

1.「居合」でググる。(48,000件ヒット)
2.キーワードに「道場」を追加
3.気に入った道場や通えそうなところを閲覧
4.メールで主催者に連絡
5.見学の日程を返信される。

ここまで2時間位。便利な世の中。

6.一週間後指定された練習場所へ見学(小学校の体育館)
7.角帯(普通の男性用和装の帯)を締めて居合刀(模造刀)を借りて練習参加。
8.翌朝地獄のような筋肉痛。しかし運動不足解消には筋肉痛くらいは我慢しないと。
9.ネットショップで居合刀を購入(¥23,000-)
10.武道具屋で袴と居合着(薄手の空手着?)購入(¥10,000-)
11.週一回の練習へ。

ここまで約2週間。上記手順を踏めばとりあえず始めることができる。
因みに流派という物が未だに存在しており、筆者が始めたのは静岡県下に伝わる「水鴎流」。ピンときた方は時代劇のファン。「子連れ狼」の拝一刀がこの流派。というか拝一刀以外に有名な剣客がいない。しかしこの流派には他には無い楽しみが・・・。
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# by seagull_blade | 2004-04-07 15:40 | swordplay
格好良いタイトルだが中身はそうでもない。。
先日(3/30)六本木を徘徊してみた。学生時代に割と良く遊んでいた場所だがサラリーマンとなった今、殆ど足を向けない。(テリトリーは新宿・渋谷)
築地の聖路加病院へ用事があり、大江戸線に乗ったら六本木は割と行きやすいことがわかった。新宿⇒六本木が直行。さすが石原都知事。部下のことを良く考えていらっしゃる。
六本木で働いている友人と待ちあわせの為「エクセルシオール・カフェ」へ。このドトールコーヒーマンハッタン仕様のカフェはあちこちにあるが、こういった画一的なフランチャイズ店の方が、その街その街の特徴を引き立たせたりするように思う。
六本木のエクセルシオールは「どいつもこいつもバーニーズ・ニューヨーク」という雰囲気。間違いなくバブル末期よりもセンスは良くなっている。そんな中、筆者はティモシーエベレストのスーツ、友人はIT企業のプログラマといった感じのカジュアル。このスーツを着ていて気後れする街は六本木ぐらいかなと。(1桁違うしね。。)新宿だとこの友人と男二人で食事していても全く違和感無しなのだが、六本木では一寸浮いている感じがする。
筆者の親不知が腫れていたのと知っている店(バーとかレストランとか)は財布に良くないので、アルコールを避けてヒルズ裏手の中華料理屋へ。大して美味くも無かったので名前も覚えていない。ロアビルのビリヤード場「バグ-ス」へ2年ぶりくらいにやったが何だか矢鱈面白くて5時間以上していた。今後はB級を目指そう。「バグ-ス」は新宿にもあるが(コマ劇裏と靖国通りアドホック)ずいぶん六本木は高級感を出している。(金額も微妙に高い)
「六本木のオフィスを出て、カウンターバーで一杯、洒落たプールバーで夜を過ごす」なんて幻想がまだ生きているらしい。仕事帰りと思しき新橋よりは上等のスーツを着込んだサラリーマンが一人で黙々とキューと格闘していた。
3時半頃店を出て「TSUTAYA」へ。一階がカフェ(スターバックス)と兼用しており立ち読みしながらコーヒーが飲める(かもしれない。購入してからかもしれないが)。こういう店は六本木ならではなのかも知れない。近くにあったらいいのに。笑えたのが日本刀関連の書籍とか結構あったこと。やはり「サムライブーム」なのか。(外国人向なんだろうけど『刀剣の鑑定』とか『美術刀』なんていう専門誌はそう滅多にない。)池波正太郎の「剣客商売『陽炎の男』」を購入。TSUTAYAは六本木店だけブックカバーが他と違う。「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」のロゴが入っているブックカバーの中身が「髷物」だとは誰も思うまい。
5時半友人のバイク後部座席にて帰宅。
唯の雑文でした。失礼しました。
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# by seagull_blade | 2004-04-07 15:10 | bizarro life

犬。

よく人間を「あいつは犬だ/猫だ」などとタイプ分けすることがある。色恋においてべらべらと良く喋り、周囲が本人よりも状況を知っているタイプが犬。こっそりと・・・でだれも知らないうちに「え?○○さんと結婚するの?付き合っていたのか!?」などといわれるタイプが猫であろう。
殊、我と我が身を振り返ると・・・そんなことはどうでもよい。お題が「犬」なので犬について雑考してみる。
筆者は犬を飼った事がない。嫌いなわけではないが要するに住居の都合と仕事の都合である。仮にこの先飼う事があるにせよ、棺桶に片足を突っ込んでからにしたいと思う。
犬は頻繁にコミュニケーションを必要とする生き物だと思う。専門家ではないから正確にはわからないが、自分より上位のものに従うことが本質的に安心する条件となっている(上位のものが即ち群れのリーダー)らしい。従って犬は飼主をリーダとして認め、その判断と指示を待っている。(見聞したことを又書きであるが)更に犬は走る生き物である。部屋の中に座っている生き物ではおそらくあるまい。勿論犬種には色々あり、所謂「Toy」と呼ばれる犬種(チワワやポメラニアンなど)もおり必ずしも激しい運動が必要な訳ではないのだが、Toyと呼ばれるように飼主に遊んでもらう必要があるだろう。まして「hound」と呼ばれる犬は唯の散歩だけでなく、「運動」させることも必要であろう。
こうして考えると犬は飼うことに対してかなり責任を負う必要がある生き物だともいえる。
ヨーロッパのある国ではどうしても変えなくなり、貰い手も居ない場合捨て犬にせず飼主自身で殺してしまうとのことである。
これも一つの責任の取り方であろう。
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# by seagull_blade | 2004-04-06 16:44 | philosophism

introduction

このBlogは何とか1年以上続けてみたいと考えています。息抜きや気分転換、考える起点など訪問者の方の何かしらのお役に立てば幸いです。
始めるにあたって、少なくても主観的に「嘘は」書かないつもりです。

オーソドックスに20の質問を作成・回答しました。ご参考までに。

1. 生年月日、性別は?
1975年 男性
2. 出身地と現住所は?
東京都。23区内。
3. 未婚・既婚?
未婚
4. 趣味は?
酒場での読書・ビリヤード・居合術・ベース演奏・飲酒。
5. 初めてのMyパソコンと現在の使用機種は?
HP Vectra FMV6000CL
6. 自分の長所と短所はどこだと思う?
逆境に強い。平時は役立たず。
7. 座右の銘は?
評価は他人がする物だ。
8. 好きな言葉は?
面白き事も無き世を面白く。
9. ブログの趣旨は?
仕事以外のことを仕事の合間を見て綴るもの。仕事について書く時はレベルの高いものを・・・。
10. 何のためにブログを書くの?
日本語の練習。
11. 将来の見通しは?
五里霧中。
12. 目の色・髪の色は?
漆黒。
13. 携帯電話会社と色は?
vodafone。赤。
14. 最近読んだ本は?
「夢の宇宙誌」(澁澤龍彦)
15. 最近よく聞くCDは?
STING Best。
16. 口癖は何?
なんとかします。
17. 好きなテレビ番組は?
英語でしゃべらナイト(NHK総合)
18. 好みのタイプの男性は?
真田 広之
19. 好みのタイプの女性は?
吉本 多香美
20. 今一番欲しいものは?
知恵と勇気。
私信:I-Watcher様20の質問作成時に勝手に参考にしてしまいました。
申し訳ございません。m(_ _)m
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# by seagull_blade | 2004-04-06 15:54 | bizarro life