Have a life outside of work.


by seagull_blade
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第4回では『カスタマーイン』や『プロダクトアウト』をキーワードに業界の潮流についての紹介とSCM(サプライチェーンマネジメント:供給鎖管理)に少し触れた。マーチャンダイジング(MD)そのものには殆ど触れられなかったが、マーチャンダイジングはテーマがやや大きいのと筆者も勉強中なので、また先延ばしにさせていただき(申し訳ない)、今回は、EDIを中心に小売と取引先とのあり方を紹介していきたい。

EDI(Electric Data Interchange)は電子商取引と訳されることの多い、IT業界としては割と歴史のある言葉である。IT化が最も早く進んだ業界の一つに金融業界が挙げられるが、銀行のホストコンピュータと大口取引先との電子データによる取引が最も早く確立されたEDIの一つだろう。70年代後半から90年代前半にかけては、VAN(付加価値通信網)や高額な専用回線を使用し、更に業界毎の手順(プロトコル)を使用しており、ある意味でとても閉鎖的であった。だが、この4-5年の間にEDIも大きく様変わりしている。

EDIとは「電子商取引」であるが、では実際の「商取引」に使用される媒体は何かと考えると「伝票」である。見積書⇒発注伝票⇒受注伝票⇒納品伝票⇒検品伝票⇒売上伝票⇒請求伝票⇒振替伝票という一連のサイクルをコンピュータ上で実施するものである。従ってごく大雑把にいうとEDIは「電子化された伝票とそのやり取り」ということになる。メリットは比較的分かりやすい。「転記ミスの削減」「時間と人件費の削減」である。従って、どこの業界でも推し進めて行きたいものだったが、先ほど挙げた閉鎖的な環境が障壁となり、なかなか拡大しなかった。だが、Microsoft Windows95登場以後、急速に普及したインターネットによって、このEDIも一つのビジネスとして確立され始めた。

インターネットはオープンな手順・様式(プロトコル「TCP/IP」)を使い、爆発的に各地のネットワークをつなげた、ネット間ネット(Inter-net)である。これにより、業界どころか国境もなんら問題なく超えていける通信網である。同じようなサービスに電話もあるが、これは音声のみである。対してインターネットは「文字情報」「音声情報」「画像」をも含む表現力を持った。こうした基盤の確立が、EDIと結びついて誕生したのが、現在主流になりつつある、インターネットを利用した『Web-EDI』と呼ばれるサービスである。

Web-EDIを利用する側は「インターネットエクスプローラー」等のWebブラウザさえあれば、使用可能なものであり、また専用回線に加入する必要もない。これらのメリットを売りに現在、Web-EDIの拡大を進めている。そして、流通業界では小売主導(マーケットイン/カスタマーイン)の潮流により小売側がこれらのサービスを提供し、取引先を囲い込むという戦略に利用し始めている。即ち、このサービスを利用しなければ取引できないという形を取り、取引先のブロック化を図るという訳である。

また、こうしたEDIを取り入れることで、それぞれの企業の業務フローが変化する。或いは変化させざるを得ないが、大規模小売店側はさらに物流も含めたBPRサービスもあわせて提供している。BPRとは「Business Process Reengineering」の略称で、業務改革を支援するシステム或いは取り組みのことである。製造側・卸側はEDIに参加することで、こうした業務プロセスの見直しも図ることができる。また小売側にとっては卸側のレスポンスを高速化する(QR:Quick Response)ことで、店頭の新鮮さや、顧客の要望への敏速な対応を図ることができる。洋服を例にとれば売れ筋の色を分析し、すぐさまメーカや卸に対応させることが可能となる。

このように、本来は小売側とメーカ/卸側双方にメリットがあり、急速に普及すると思われていた。しかし、低価格(月額1万円~3万円)で参加でき、業務プロセスも見直すことができ、受発注も効率化できるWeb-EDIが、パイとしては大きい中小アパレルにおいては今一歩期待通りの広がりを見せていないのが現状である。なぜだろうか。

小売業界におけるWeb-EDIの仕組みとしてはNTTコミュニケーションズのd2s-eMP、富士通のコラボエージェント、伊勢丹データーセンターのIQRS.netなどがある。最も早く立ち上がったのはIRQS.netであるが、2004年現在でおよそ400社程度の参加となっており、伊勢丹のような大型百貨店の取引先としては少ないといわざるを得ない。

ここでやはり、アパレル業界・流通業界のIT化立ち遅れという問題がまた明確化してくる。実際、中小アパレルや小規模な卸の場合、専任のシステム担当者を置いている場合が少なく、総務担当者や経理、営業といった別の仕事を抱えていながら、「パソコンが詳しい」という理由で、システム担当者を兼任しているケースが多い。また、取引先の全てがWeb-EDIを実施する訳でも無い為、彼等にしてみれば、またしても入力する手間が増えるだけという負担感は否めない。逆にWeb-EDIを企画している大手小売業者にしてみれば、「メーカ/卸側の、それまでのVPNや手作業による受発注のコストが馬鹿にならないというニーズを拾上げて、コストも安く、操作も簡単なWeb-EDIを立ち上げたのに乗って来ないのは怠慢だ」という感想を抱きやすく、相互のメリットどころか、コンフリクトを生じやすい。

TVCFで盛んにE-MARKET PLACEを喧伝しているが、流通業界はまだこの程度である。それは逆に、こうしたサービスを提供する側からすると、一定以上のシェアをとることが出来れば、その仕組みを業界標準とするチャンスでもあるのだが。

次回は、仕入れについて小売側の理屈を紹介してみたい。
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# by seagull_blade | 2004-09-08 11:45 | career
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筆者は涙腺が壊れているらしく、長じてからは殆ど泣いたことがない。もっとも、「男が泣いてよいのは両親が死んだ時だけだ」という祖父の言葉が心の奥に残りつづけているだけかも知れない。だが、例外的に涙腺が緩むパターンがある。最近では、適度なアルコールが入っている時に、好きな音楽を聞いた場合である。先々週だと思うのだが、マスターに仲良くして頂いている行き付けのバー「Grand Pa ‘S Dream」でそんなことがあった。

「もうすぐ閉店だし、お客さんも君しかいないから好きな曲をかけてあげるよ。」このバーのマスターは酒も詳しいが音楽も詳しい。年も近いこともあって音楽の趣味は結構合う。(しかも元剣道少年で居合や刀の話もできる)バーには常時数百枚のレコードとそれ以上のCDが置いてある。マスター個人の趣味だが、クラッシックからジャズ、ロック、少し前の邦楽…少なくとも筆者が知っているような曲が無かったことは無い。
「…マスターのお勧めがあれば、それが聴きたい。」
「それなら、これはどうだろう。」マスターが取出したのは見た事の無いジャケットのCDだった。深夜1:00を過ぎると賄い酒を飲み出すマスターは慣れてはいるものの多少危ない手つきでデッキへセットする。
「映画のサントラだよ。」
「ふーん。最近観てないな…映画なんて。一緒に行く相手も居ないしね。」
「お互い様だ。いいから聴けよ。」
「うん。」
「Queen好きだったよね?」
「うん。」

いつもよりボリュームを上げたスピーカーから流れてきたのは、30年代のフランス風の音楽だった。予想していたクイーンの聴きなれた音ではなくて、アコーディオンの悲しげなメロディ。そして、低く張りのある男の声が流れてきた。
「…え、The Show Must Go On?」
「ふふん。誰が歌っているか判る?」
全く判らない。時折、細い女性の声が混じる。そして短くアレンジされた曲はすぐに終わった。「もう一度、掛けてくれる?」「勿論。」

Empty spaces - what are we living for
Abandoned places - I guess we know the score
On and on, does anybody know what we are looking for
Another hero, another mindless crime
Behind the curtain, in the pantomime
Hold the line, does anybody want to take it anymore
The show must go on,
The show must go on
Inside my heart is breaking
My make-up may be flaking
But my smile still stays on.

ここまでで不覚にも涙が流れてきた。誰が歌っているのかは判らないが、力強く、切実で、悲しい決意を歌っていた。サビのあとの一節を歌う女性の声も優しく、切なかった。
「ちょっとトイレに行ってくる」
「雰囲気壊すなあ」本当のところ、不覚をとったのがみっともなかったのでとりあえずトイレに行っただけだったが、ばれずに済んだ。(マスターの事だから知っていて言ったのかも)
「ただいま。ハイボールが飲みたい。」
「ほいよ。で、判る?」
「いや、全く。でもこれはスゴイね。」
「ふふん。男の声はユアン・マクレガー、女の声はニコール・キッドマン。」
「え、ちょっといい男の俳優だよね。何かに出てた…なんだっけ?」
「『ベルベット・ゴールドマイン』とか『ブラックホークダウン』とか『スターウォーズ』とか」
「…。ニコール・キッドマンってトム・クルーズのかみさんの?」
「元ね。『ムーラン・ルージュ』って映画のサントラだよ。これは2枚目だけどね。」

この曲を聴いて涙ぐんだのは初めてだった。勿論、大好きな曲には違いないのだが。91年クイーンのヴォーカル、フレディ・マーキュリーはHIVによるカリニ肺炎を発症して鬼籍に入った。クイーンがクイーンとして存在していた時代のラストアルバム『Innuendo』に収録されたこの『The Show Must Go On』は、フレディの遺言というべき曲である。自らの余命を知った上で、「the show must go on」と書いた心中はどうだったのか。どうしようもなく辛いときは、そのことを想像して、「この程度は辛いとは言えない」といつも言い聞かせていた。これは使命を自覚していながら、最後まで果たすことの出来ない男の精一杯の強がりなのだと。それに比べれば、「お前の辛さなどなんと言うことはない」と。

最近はアルコールとこうした好きな音楽が少しだけ涙腺を緩めてしまう。ユアン・マクレガーの歌声でも。(とても素敵だけれど。)進歩なんだか、堕落なんだか。もちろん、CDは1・2ともすぐに購入した。
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# by seagull_blade | 2004-09-06 23:56 | musique

弁財天。(江ノ島紀行)

『七里ヶ浜の磯伝い 稲村ヶ崎 名将の 剣 投ぜし 古戦場』唱歌「鎌倉」の一節である。夏の終わりに機会を得て江ノ島・鎌倉へ日帰り。とは言え、東京在住の筆者からするとそう遠くはないのだが、マリンスポーツには縁が無い為に混み合っている夏に行ったことは無かった。今回は新江ノ島水族館&江ノ島・鎌倉観光という組み合わせだったので、悪くない休日を過ごすことが出来た。冒頭の唱歌「鎌倉」はどういうわけか筆者の子守唄だったので、鎌倉から江ノ島へ移動した江ノ電の中でずっと頭の中で廻っていた。(因みに筆者も筆者の両親も鎌倉とは殆ど縁がない)

水族館でイルカのショー(初めて生で見たがイルカの芸達者振りと運動神経はすごい。)を見物してから、「サザエが食べたい」ということで昼食のために江ノ島へ。快晴の上、島へは初めてで、更に三大弁財天の一つ「江ノ島弁財天」を見ることが出来るため、気分よく江ノ島の橋を渡った。渡ってすぐにある食事処で「サザエ丼と焼きハマグリ」を「江ノ島ビール」を飲みながら美味しく頂いたあと腹ごなしに海岸へ出て、一寸だけ磯遊び。筆者は全く予定していなかったのでビーチサンダルすら持っていなく、同行した方に急遽買ってきて貰うという体たらく。少し気を取り直して江ノ島弁財天へ。
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弁財天には、縁切りと縁結びという矛盾した性格がある。井の頭公園や上野不忍池、そしてこの江ノ島でデートをすると必ず分かれるという噂話をよく耳にする。(TDLもそうだが…)この3箇所の共通点は、水辺であり、弁財天が祀られているということだろう。今回、筆者に同行してくれた方は女性だが、残念ながら恋人では無いので何の気兼ねも無く弁財天へ向かった。しかし現在でも都市伝説や噂話として久力を保っているこうした弁財天に惹かれ、少し調べてみることにした。

弁財天といえば何を連想するだろうか?七福神の一柱としてよく描かれる美しい女性が琵琶を抱えた姿だろうか。あるいは商売繁盛のシンボルだろうか。弁財天が祀られている場所は上述したように「水辺」である。弁財天はもともとインドの「サラスバティ」という女神であった。サラスバティはインダス河の神であり、母なる河の神格化であったようだ。河川の神格化は東洋においては「龍神」の形をとることが多い。弁財天も勿論女神であると同時に龍神である。弁財天が祀られた神社や祠に出かけることがあれば、注意して頂くと、必ずと言って良いほど龍神の彫像や絵がある。母なる河も一度怒れば、洪水などのどうにもならない天災を招く。そうした荒々しい面をこの龍神が表していると考えられる。

鎌倉時代から戦国にかけての日本の中世は戦乱の時代だったが、弁財天は戦いの神としても人気がある神であったようだ。江ノ島へ弁財天を勧請したのは源頼朝であるし、織田信長や上杉謙信もそれぞれに信仰していたらしい。真言密教を奉じていたと言う上杉謙信は分かるが近代的合理主義者と考えられている織田信長までも信仰しているのはちょっと驚きである。七福神の一柱としての弁財天は、たおやかに琵琶を抱えて微笑んでいる。だが、古式の弁財天像は八臂(4対の腕)に輪宝(りんぽう)を除いて、弓・矢・剣・宝珠・矛(ほこ)・長杵(しょ)・鍵棒という武器を持ち、如何にも戦女神あるいは鬼神の雰囲気を漂わせている。なお、江ノ島弁財天も木造の彩色八臂弁財天坐像が納められている。(今回は観なかったが)この弁財天は日本に入ると吉祥天や市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)と同一視(習合)される。江ノ島弁財天においても中津宮に祀られている。

イチキシマヒメはスサノオの娘であるが、スサノオと言えば牛頭天王(ごずてんのう)と同一視される神であり、牛頭天王は京都八坂神社の祭神であった。牛頭天王は疫病を防ぐ神(薬師如来の化身とされる)だが、元々は牛頭鬼(ごずき)という地獄の獄卒である。馬頭鬼(めずき)と合わせて牛頭・馬頭と呼ばれ、それぞれ読んで字の如く牛の頭を持つ鬼、馬の頭を持つ鬼の姿で表される。神仏習合の文化である日本においては『スサノオ=薬師如来=牛頭天王=牛頭鬼』という構図が成立するようだ。かつての人々は、本来、鬼であり、疫病を運ぶ羅刹であった牛頭鬼を疫病から守る牛頭天王として祭り上げることによって、無害化・有益化を図ったのかも知れない。

さて、江ノ島には天女と五頭龍(ごずりゅう:読み方に注意)の伝説が残されている。腰越という地名が鎌倉に残っているが、かつては「子死越」であり、五頭の暴れ龍が鎌倉は腰越の底なし沼に住み、子供を人身御供として要求する悪神であった。人々が困り果てていたある日、天地の震動とともに海上に島が現れ(これが「江ノ島」)、島には天女が舞い下りた。五頭龍は天女の美しさにすぐに結婚を申し込んだ。天女はそれに対して交換条件を出す。「この地を守る龍となるならば結婚しよう」と。この天女こそ、妙音弁財天(水のせせらぎから音楽の女神でもある)であって、五頭龍は腰越に五頭龍大明神として祀られる存在となった。音で分かるように五頭龍は「牛頭鬼(天王)」であり、同時に弁財天の夫でもある。あたかも牛頭鬼が牛頭天王になったように、五頭龍は五頭龍大明神となった。前述したが龍は弁財天の化身でもある。

この夫婦はそれぞれ「江ノ島弁財天」と「五頭龍大明神」を夫婦社として祀られているが、どういう訳か、60年に一度、1ヶ月しか合うことを許されていない。それぞれの神社のご開帳が60年に一度であり、直近では1989年に行われた。すると次回は2049年と言う事になる。神であるから当然、不死とはいえ、60年に一度しか遭う事のできない夫を弁財天はどのように思っているのだろう。カップルで参拝する恋人たちを弁財天はどうみているのだろう。これが彼女が「縁結び」であり「縁切り」である理由であると思う。
江ノ島神社で引いた御神籤は『大吉』であった。独り身の筆者に、弁財天は少しだけ微笑んでくれたのかもしれない。
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# by seagull_blade | 2004-09-03 20:10 | bizarro life

月下独酌。(李白)

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花間一壺の酒
独り酌んで相親しむ無し
杯を挙げ明月を邀え
影に対して三人と成る
月 既に飲むを解せず
影 徒にわが身に随う
暫く月と影を伴い
行楽 須らく春に及ぶべし
我歌えば月徘徊し
我舞えば影繚乱す
醒時は同に交歓し
酔後はおのおの分散す
永く無情の遊を結び
遥かなる雲漢に相期す
(遥かは当用漢字になく変換できず)

唐代に「詩仙」と称えられた、李白の五言律詩「月下独酌」である。有名な詩であり、高校の漢文あたりでは習うことも多いので、ご存知の読者も多いだろう。唐の時代には綺羅星の如く(この熟語が本当にふさわしい意味で)漢詩の名手が多く生きていた。その中にあって「詩聖」杜甫と「詩仙」李白は図抜けた光を放っている。どちらが優れているかなどという問いは不遜であるし、そんな才能も筆者には無いのだが、どちらが好きかと問われれば、酒飲みの筆者はやはり「詩仙」李白である。李白の詩には酒とそれを取り巻くシチュエーションを巧みに切り取ったものが多い。説明的ではなく感覚的、社会的というよりもエロス的、アポロン的ではなくデュオニソス的である。李白がブログを書いたらさぞかし面白いだろう。夜毎に新作の律詩や絶句を更新したりして。李白のことであるから、モバイルPCをあちこちに持込んで、酒を飲みつつ、推敲など決してせず、才能の赴くままに詩を綴っていくのであろう。柔らかく、美しい彼の律詩や絶句は、綺羅星の中にあっては月のような存在感を放っている。筆者のお勧めは冒頭の「月下独酌」と「静夜思」である。「静夜思」を無粋な出張先のビジネスホテルでビールを飲みながら口ずさめば、ちょっと無粋さが和らぐ。お試しあれ。

静夜思 李白

牀前 月光を看る
疑 是 地上の霜かと
頭を擧(あ)げて山月を望み
頭を低(た)れて故郷を思う

それに比べて、杜甫の詩は着想が大きく、視野も広い。個人的というよりも社会的である。勿論、エロス的な心の動きを捉える事も巧みなのだが、詩仙「李白」に対してはそういう印象を受ける。日本人にも馴染みの深い「春望」はそうした杜甫のイメージが大きく出ている。(敢えて白文で)

春望 杜甫

國破山河在
城春草木深
感時花濺涙
恨別鳥驚心
烽火連三月
家書抵萬金
白頭掻更短
渾欲不勝簪

李白を月に例えたように、杜甫を星に例えるならば、冬の夜に一際、惑星のような光を放つ「天狼星(おおいぬ座・シリウス)」だろうか。鋭く、孤高で圧倒的である。

完全に主観そのものの駄文となってしまったが、この記事はvarious moon様のブログ「つきのくさぐさ」でのTB企画『Blue Moon祭』用に記したものである。お月見レポートという趣旨なのだが、台風のおかげで東京でも月を見上げることができなかった。その代わりといってはなんなのだが、好きな漢詩でもご紹介させていただこうとなった次第。
今夜(8/30)はご厚顔を拝すことができるだろうか。
乞うご容赦である。
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8月は、2001年12月以来の[month of the Blue Moon]
1ヶ月の間に2度満月を迎える月間です。
しかも、2度目の満月“Blue Moon”は、幸運を呼ぶお月さま!!
見届けたら幸せになれると言われるこの月を、みんなで見上げてみませんか?

今回のBlue Moonは、計算上満月になる瞬間が8/30の11:22と、昼間にあたります。
ですから、便宜的に、
*月の出18:05、月の入り3:37の、8/29~8/30にかけてのお月さま
*月の出18:37、月の入り4:45の、8/30~8/31にかけてのお月さま
の両方を、当企画におけるBlue Moonと定義します(時間は東京の時間です)。
この2日間のお月さまを見上げて、みなさまのお月見記録を送って下さい。

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# by seagull_blade | 2004-08-30 13:26 | bizarro life

『表裏』。

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仕事をするにしても、女性を誘うにしても、何か物事を進める場合、大抵、考えられる事態を想定して準備(心の準備を含めて)をしておくものである。女性の場合は想像するしかないが、男性が女性を誘う場合、殆ど妄想のレベルまで色々考えたりするものだ。こう誘ったらどうかな。最初は断られるだろうからそのときはこう言おう…。プレゼントはどうしたものか。最初のデートでプレゼントはちょっと引いてしまうかも。いやいや物事初めが肝心だし、第一印象は良くしたい。受け取ってくれなかったらどうしようか…。そんなことを考えた事が無い男性は、よほどモテる自信家か、逆に拗ねてしまっているかだろう。

武道にもそんな想定は多い。勿論、デートではなく戦いだから、それほど楽しいものではないが。武道や武術を嗜まれた方には釈迦に説法だが、武道の技には多くの「返し技」がある。先日、アテネ五輪の柔道で、男子準決勝だったと思うのだが「内股空かし(うちまたすかし)」で一本勝ちした選手がいた。この技は「内股」の返し技で相手の「内股」仕掛けを利用して、足をはずし、自分の技に利用するものである。著者が弱小柔道部に所属していた高校時代、「内股」が得意技の先輩に対して、いつも「内股空かし」で対応して勝ってしまい嫌われていた。著者は決して強かった訳ではない。(公式戦は十数戦で2勝しかできなかった)ただ、その先輩が「内股」に入るタイミングが良く判ったため、返すことができただけである。この「内股空かし」も相手が「内股」を仕掛けてきたらどうするかという想定の中で生まれた技である。

「後の先」という言葉をご存知だろうか。この言葉は割と武道に限らず、スポーツでは使われる言葉である。今ではCounter Attack と英訳したほうが解りやすいかもしれない。「カウンター攻撃」ならば、サッカーでもバスケットでも多用する言葉であるし、実際、有効な攻撃方法だろう。サッカーを例に取れば敵が味方のコートに殺到している状態からボールを奪い、ロングパスと速攻で相手が防御する前に攻撃することなどである。これを日本語では「後の先」と呼ぶ。居合術を含むスポーツではない古武術にはそのような想定がずっと露骨かつ精緻に残っている。前回の稽古で学んだ新しい技はそうした返し技の一つであった。そのような返し技を居合では「影の形」若しくは「裏の形」と呼ぶ。

それは「後の先」の「後の先」を想定した技で、帯刀していた時代もそうそう使われた剣技ではないだろう。まず、表の技は『石火(せっか)』と呼ばれる。この技がそもそも返し技である。まず、両者帯刀、相対した状態で、相手が抜き付け(抜刀してそのまま)に右足若しくは右胴を斬り付けてくる。『石火』を仕掛ける側はそれを抜刀して体の右側にて片手で受ける。このとき切っ先は下を向いている。斬り付けられた右足はその際に引くのだが、大きく引かず、足をそろえる程度にする。相手は抜き付けを止められたので次の技に移行しようとする。そこを、仕掛け側は切っ先を相手に向け、刀の峰に左手を添え、左足で一歩踏み込み、相手のみぞおちから下腹部を突く。引き抜いて、血振、納刀。ここまでが『石火』である。要するに相手が右側に斬り付けてきた場合に止めて、突きを返す技であり、「後の先/カウンター攻撃」となっている。

だが、この技を更に返す「影の形(裏技)」も考えられている。それは『如電(にょでん)』という技であり、これが「後の先」の「後の先」となっている。『如電』は『石火』の返し技であるため、動きは『石火』側が突いて来るまでは同じとなる。抜き付けで相手の右足または右胴に切りつける。相手はそれを抜刀して受けとめ、下段の突きを放ってくる。(石火)この突きを体を左側に捻ってかわし、低い姿勢となっている相手の首筋(頚動脈)にやはり左手を剣の峰に添えて上から圧し切る。これで『如電』の完成となる。その後、血振、納刀。カウンターのカウンターである。

考えてみると、この『如電』という技は相手が『石火』またはそれに近い攻撃を繰り出してきた場合にしか使えない応用範囲の狭い形である。居合は表裏の技がセットになっていることが多く、限定的な場合を想定した返し技が目立つ。実際にこの技で切り殺された相手は少ないだろうと想像される所以である。しかし、この臆病なまでの状況設定、「相手がこう来たらこう返す、更にこう来たら、こう返す」という想定があったからこそ居合という武術が現在まで生き残っているのではないだろうか。

サッカーで「ファンタジスタ(fantasista)」という言葉を良く聞く。辞書を引くと「独創性あふれるプレーをする名選手/想像力に富んだ名選手」という意味である。名選手であるからには技術的、身体的に優れているのは勿論だが、彼等の素晴らしさはその素晴らしい「独創性/想像力」にある。彼等は誰も思いつかないような可能性を一瞬の判断で「想像」し実現してしまう。まさか!という位置から攻撃、防御し、ゲームの流れを変えてしまうことも多い。だが、普通の選手はこうは行かない。事前にあらゆるシチュエーションを想定し、訓練し、反射的に動けるようにしておく。その訓練だけが「ファンタジスタ」と呼ばれる選手たちに対抗する唯一の手段であろう。

居合術の始祖達は所謂、人口に膾炙した剣豪は少ない。勿論、人並み以上に優れた剣士であったのだろうが、この臆病さ、この精緻さはむしろ、自らの想像力の限界を知る人にこそできるものではあるまいか。抜刀して立ち会ったら決して敵わぬ天才的な剣豪を相手に、如何にして生き残るか。それを懸命に考えたその努力の集大成がこの「居合術」となったのではないだろうか。この「後の先」の「後の先」の技を学びながら、先人たちを「偉大な凡人」として想像してみた。あたかもモテ無い男が、モテる男に及ばずながらも努力するように。
さて、筆者も努力してみよう。…と。
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# by seagull_blade | 2004-08-24 19:11 | swordplay
2004年4月からこのブログ『仕事以外』をスタートして4ヶ月。延べ4500ヒットを頂いた。統一性もなく(しかもマニアック)、更新頻度もさほどではなく、何より拙い文章をお読み頂き、存じ上げている方々、見ず知らずの方々より多くのコメント/トラックバックを頂いたことは正しく望外の喜びであり、筆者にとって新鮮な驚きでもあった。なんだか閉鎖が近いような挨拶文となったが勿論、今後も当ブログを続けて行くので、読者諸兄姉には変わらぬ(On-OFF line問わず)お付き合いをお願いしたい。
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このあたりで改めて筆者の自己紹介を兼ねて、『仕事以外』の(そのつもりは無かったのだが)メインカテゴリの一つとなった『Philosophism』に記事を追加したい。『仕事以外』というタイトルは哲学者 木田元(きだ げん:現 中央大学名誉教授)の著作である『哲学以外』のパロディである。木田元はフッサールやメルロ=ポンティなどの翻訳・研究をとおして「現象学」を紹介、研究した碩学である。筆者は学生時代、わりとミーハー的に講義に顔を出させて頂いたのだが、レベルというか敷居が高くて、殆どついて行けなかった。(ドイツ語・フランス語が読めることが前提…)だが、印象的だったのは「教える者と教わる者の区別を明確にする」人であったことである。自分はコーヒーを片手にタバコなども教室でふかしながら(チョーク入れが灰皿代り)、学生には喫煙は当然、一切の飲食や私語を禁じ、おしゃべりすれば教室から叩き出された。だが、物分りの良い文学部の教授の中で、所謂、怒り屋では決してないが、その一貫した態度が筆者には気持ちの良いものだった。筆者(70年代生まれ)の記憶では、小中学校の教師たちは、結構、殴ることも多かったし、(筆者も「こまっしゃくれたガキ」だった所為か、「勉強ができる方の生徒」の中では割と殴られた)権威然としていることが当然だったと思うのだが、高校時代から急に、生徒の友人となるようなスタンスを取りたがる教師が増え、気持ちの悪さを感じていたように思う。大学も同様であったので、木田教授は新鮮であると同時に懐かしい安心感がその講義にはあった。木田教授の著作は興味深いものが多いが、何分、哲学書や解説書のような専門書が多く(哲学者なのだからあたりまえなのだが)、当時唯一楽しめた著作がエッセイ『哲学以外』であった。そのひそみに習って当ブログのタイトルも『仕事以外』とさせていただいた。またカテゴリ名の『Philosophism』は「似非哲学」のことである。

月並みだが、学生時代、それほど熱心な学生ではなく、主な関心事は「恋愛」と「バイト」と「バンド」であった。今でも「バイト」の部分が「仕事」に、「バンド」の部分が「居合」に入替っただけで、さほど進歩していないように思う。むしろ、酒量は増えたし、後退している部分も多い。ではなぜ哲学という「形而上」の問題を多く扱うようなものに関心を抱き、挙句「文学部哲学科」などという学部に入学したのか。40パーセントが「哲学を学ぶことで自らの考える基準を作りたい」(これがタテマエ)であり、60パーセントが「哲学という『高尚』な学問をアクセサリとして使おう」(これがホンネ)だったと思う。西洋哲学は主として形而上のものを扱う為、難解で高尚である(小難しい)と一般に思われているし、多くの場合当たっている。それゆえに「哲学科」という響きで「インテリ」ぶることが出来ると考えた訳である。著者の頭の程度が知れる話だが、その程度の下らない理由であった。

とは言え、それなりに他人の思考の跡をトレースする訓練(これが哲学科の演習科目の90%)では、さまざまなことを学んだように思う。ソクラテス的問い、イデア論、アリストテレス、懐疑主義、方法的懐疑、方法的独我、古典論理学、現代論理学、マッハ、マキアヴェッリ、ニーチェetc etc…。本当に齧っただけではあるが、哲学科で学んだことが視野を強制的に広げてくれたことは間違いない。だが、「哲学し」てはいなかった。哲学はそれ自体、「考えること」そのものとも解釈できる。この解釈もまた哲学することができるのだが、ともかく学生時代は西洋哲学・思想史を撫でただけで終わった。修士も頭をよぎったのだが、筆者から見ると(今でもそう思っているが)、大学院に残り、思索を続けていく人の多くが、(大変失礼ながら)思索に耽るというよりも思索に淫していると思えてならなかった。言い換えれば、社会的不適合を抱えた者がその不適合性に居直り、言葉遊びをしているようにしか見えなかったのだ。もっと有体に言えば、その生活が筆者には全く魅力的でなかった。(必ず筆者もそこに落ち込んでしまう恐怖もあった)不適合性のルサンチマン(怨念)は著者にも多くある。だが、それに居直る事はさっぱり美しくない。「哲学する」ならば、現代においては「バイト」でも「会社」でも「個人事業」でも何でもよいが、ともかく精一杯、思い通りにならない世俗と格闘する方が、より、「解る・気付く」ことが多いのではないかと考えた。当時はその考えも「自らへの言い訳」だと思っていたが、今、サラリーマンをしながら、さほど悪い選択ではなかったと考えている。

現在の関心事が、「恋愛」「仕事」「居合(趣味)」であると記した。自らがひどい俗物であることぐらいは了解しているが、学生時代から大して変わっていないあたり、苦笑せざるを得ない。だが、一つだけ前進したとすれば、現在の関心事を正直に書くことができるようになったことであろうか。かつてのカマトトな「似非インテリ学生」は「普通のサラリーマン」に成る事が出来たようである。このことは筆者にとって前進である。器用に「格好付け」自らに言い訳を繰り返すよりも、正直に関心事を追求することのほうが、難しいが何より美しい。葛藤は、今でも多く抱えているが、己の生活と格闘しながらの方が哲学することの知的快感を味わえるように思う。結果として、哲学科を選択した「タテマエ」がホンネに変わってきた。それは筆者にとって決して下らないことでは無くなった。

読者諸兄姉は如何だろうか?
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# by seagull_blade | 2004-08-22 16:22 | philosophism
前回の『小売とマキャベリズム4』のコメントにて鋭いご指摘を頂き、またそれに対するレスポンスにて本編で記事にするといいながら、果たせていない。そこで今回はこれまでの整理を含め、ITから少し離れ、「インターミッション」として、記していきたい。
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【Q:コメントでのご指摘(I-watcher様)】
>「マーケットイン」と「カスタマーイン」の違いって、商品を供する企業の、業態の違いだけですか?ユニクロのように、百貨店が「カスタマーイン」の実現を目指すことは、そもそも業態として可能なんでしょうか。或いは、例えば伊勢丹ならオリジナル衣料の「BPQC」は「カスタマーイン」って呼べるのかな…
【Answer】
結論から申上げて、「業態の違いだけではない」となります。「カスタマーイン」とは、大きな小売業のあり方としての「マーケットイン」を更に発展させた発想と考えています。まず、この「マーケットイン」から考察します。

「マーケットイン」とは市場(market)から必要なものが引き寄せられる(pull in)という発想であり、これはそれまでの「プロダクトアウト」の反意語として出てきた言葉です。第二次世界大戦後の市場、殊に日本やヨーロッパなど、国土が戦場と化し、あらゆる生活物資が失われた場所・時期での生産活動/小売業では、消費者側のニーズは明確(なにせ何もないのですから)でしたので、供給側はある程度「作れば売れる」という論理が働きます。1975年あたりからこの発想ではモノが徐々に売れなくなり、どうすれば売れるのかという反省がおき、その際にそれまでの発想を「プロダクトアウト」と呼んだと思われます。商品(product)を市場へ押し出す(push out)する発想というわけです。その際、恐らく同時に「マーケットイン」という言葉が生まれ、それ以降の小売における指針となった訳です。

「マーケットイン」は一言で言えば「売れるものを作って売る」となります。つまり小売主導です。当然のようですが、それまでは「作れば売れる」(供給主導)訳でしたので、あらゆる試行錯誤が80年代から90年代にかけて行われました。ファッションに話を限れば、80年代にはDCブランドと呼ばれる、日本のアパレルが育てたブランドブームが到来しました。これも、市場が何を求めているのかを追求した結果の一つだと思われます。(「ブランド」については別項でご紹介したいと考えています。)また、この時期「マーケティング」という言葉が、経営層の間でもてはやされ、「マーケティング万能」のようなことがささやかれていました。あたかもつい最近まであった「IT万能」神話のようですね。しかし、この「マーケットイン」もバブル経済崩壊後、徐々に通用しなくなります。確かに「売れるものを作る」事は小売の基本ではあるのですが、不況になり、バブル期の熱狂が醒めると、「マーケットイン」の発想も大雑把なマーケティングであったことに、小売側も強制的に気付かされることになります。要するに「売れるもの」を作っているはずが売れなくなってしまったのです。

しかし、バブル経済が崩壊し、不況々々と言われるようになっても、日本の個人資産の総額は1,400兆円(2001年日銀)と言われ、潜在的な購買力は世界2位と言われています(首位はアメリカ)。この眠れるGDPの三倍の金額である1,400兆円(何処にあるんでしょうね(^_^;)という購買力をどうしたら引き出すことができるのか。そのような反省から、「カスタマーイン」という発想が生み出されたと思われます。

「カスタマーイン」とは「個人の要望に沿って作って売る」と定義できます。大雑把に「世代/年収/性別」に消費者をカテゴライズし、それに基づいた商品企画を行うという「マーケットイン」的な方法をもう一歩すすめ、個人の要望に沿って「オンデマンド」で商品を売ることが模索され始めた訳です。しかし、考えてみるとこれは相当難しい要求であるように思えます。来店した顧客が発した「こんなものが欲しい」という要求に「その場で」答える訳ですから、それまでの商売のやり方(ビジネスモデル)では対応できないことは明白です。それに一つの答えを与えたのが『ユニクロ』のファーストリティリングでした。商品カテゴリを「ヤングカジュアル」(の中の廉価なモノ)という狭い場所に絞り、その中で、あらゆる商品を(例えば60色のフリース・ジャケット)揃え、顧客の要求にその場で答えるという「カスタマーイン」の一つの形を実現しました。

ではその他の業態で「カスタマーイン」を実現することは出来ないのでしょうか?

この2年ほど、百貨店紳士服がそれなりの伸びを見せていますが、この中のキーワードの一つとして「パターンメイド販売」という言葉があります。例えば、ワイシャツならば「生地(テキスタイル)」「カラー(襟)」「カフス(袖口)」「シャツの形」などを店頭で顧客に選ばせ、既成のワイシャツよりもほんの僅かな価格上乗せで、その顧客の要望にあったシャツを仕立てるというものです。納期も通常の袖直し程度の期間で仕上がります。この方法はかなり浸透し、紳士服売上増の一つの大きな要員となっています。これなどは、百貨店における「カスタマーイン」の一例と言えるでしょう。また、伊勢丹におけるBPQCは西武系の良品計画(無印良品)への対抗とも位置付けられますが、カテゴリを狭め、その範囲内で考えられるあらゆるものを用意しておくという点では「カスタマーイン」的と言いうると思いますが、どちらかといえばこれは「生活提案型」と呼ばれる手法に近いかも知れません。
このように、供給主導(プロダクトアウト)⇒小売主導(マーケットイン)⇒消費者主導(カスタマーイン)と小売のパワーバランスは変遷してきたと考えられます。
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# by seagull_blade | 2004-08-18 16:17 | career

『THE IDENTITY GAME』

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「全ての理屈は灰色さ。生命の黄金の輝きだけが緑なのだよ。」これはたびたび引用する悪魔メフィストフェレスの言葉である。ゲーテの『ファウスト』では、あらゆる学問を修め、それでも「何かを知りえた」気になることが出来ないファウスト博士にメフィストフェレスは冒頭の言葉を優しく投げかける。そう、恋や愛の中の陶酔を知っているか?肉の悦びを知っているのか?官能が学問なんぞで理解できるのかと。勿論、ファウスト博士は知らない。彼はそれまでの人生を学問に費やしたのだから。「全ての学問を修める」ような男が官能を追求している暇があるはずが無い。そして彼は官能の中に溺れてしまう。どのような本を読んだとしても、どのような師と対話しようとも、官能の何たるかなど知りえるはずもない。何も知らない男を染め上げるのは簡単なことだ。ファウスト博士はメフィストフェレスと『博士が満足したと言うか』という賭けをするのだが、当然、最初から勝ち目は無かったのだ。別にメフィストフェレスのような大悪魔でなくとも、極論すれば著者にだってこんな賭けには勝つことが出来そうである。

「本当の自分探し」少し前に流行った言葉だと思っていた。だが、今でも「自分らしい」「自分らしく」などという言い回しをよく見聞きすることから考えると、さほど一過性の流行ではないらしい。それはそうであろう。著者には「自分探し」がメフィストフェレスの言葉の変奏曲に思える。どこまでも自足しない自己肥大の欲望に対して「もっと肥大して良いのだよ。そうすれば更なる悦びが見出せるだろう。その悦びの中にいる君が本当の君なのさ。」しかし、誰にでも自戒はある。
「これ以上欲望を追求してはいけない。それは、どんなものかは解らないけれども一種の破滅への道である。だから、どこかで自足せねばならないのだ。」
「確かにそうだな。そんな難しい言い方をしなくても、そりゃ遊びすぎれば金も無くなるし、性欲が暴走すれば犯罪者になっちまうよ。でもさ、お前の周りを見てみろよ。楽しそうな奴は沢山いるじゃないか。」
「いや、彼等/彼女等は才能があるとか、運がよいとか何かしらの者に恵まれているんだよ。仕方がないじゃないか。」
「仕方が無い?それは逃げ口上だな。例えばテレビの中ではしゃぎ回って、しかもそれで金を稼いでいる連中を考えてみろよ。お前とあいつ等との間にどんな差があるっていうんだ? 顔? 今は多様性と個性の時代だよ。不細工であることを消費されている連中なんかいくらでもいるじゃないか。それでもお前さんよりは楽しく生きているだろうし、金も稼いでいるよ。実際、お笑いの連中に顔の良いのは少ないけれど、彼等は結構もてるよ。頭だって、お前さんの方が高学歴なんだし、難しい話だってできるじゃないか。」
「それなら、なぜ彼等・彼女等の方が楽しそうなんだ?差が無いというなら、おかしいじゃないか。やっぱり、それは何か特別な才能や運だと思うよ」
「…。あのねえ、俺は天才の話をしているんじゃないんだ。俺たち凡人の話をしているんだよ。奴等の方が上手くいっている理由?簡単じゃないか。自己実現だよ。自己実現。誰の中にでもある、可能性って奴さ。自分の中の可能性を否定したって始まらないじゃないか。奴等はお前さんよりほんの少し、それを伸ばしただけだよ。そう、もう少し『自分らしく』振舞っただけさ。」
「話がそれているよ。欲望の自足と『自分探し』に何の関係があるんだ?」
「だから駄目なんだよ。お前さんの言う自足を知るのは大事なことだが、今言った奴等は許されているじゃないか。金も稼いでいるじゃないか。あいつ等程度の『自分らしさ』が手に入れば、お前さんだって、稼ぎながら楽しく生きていくことができるのさ。」

こうして自戒は破られていく。単に「隣の芝生は青く見える」だけなのに。「本当の自分」という理想化された自分を探すことが、「自分らしさ」を生み出し、そうすれば楽しそうな他人と同じになれると思い込む。「地獄の入り口は何処にだってある」(メフィストフェレス)のに。それこそ、誰でも本能的にそれを避けて生活している。官能の悦びの傍らには、愛欲の地獄が控えているし、華やかな世界には必ずその華やかさ度合いにふさわしいネガの世界が待ち受けている。そして「自分探し」は何処にも存在しない「本当の自分」を探し回るという、無間地獄に陥るのだ。ひたすら「本当の自分」といいながら、それを仮託した他人を羨望しながら。

メフィストフェレスは嘲笑うだろう。「ははは。人間のなんと変わらないことよ。」と。

忘れてはいけない。メフィストフェレスは魅力的だが悪魔なのだ。自問自答の相手が、自らの心に創り出した悪魔でない保証は何処にも無い。そうしたものを相手にしたところで、目をふさがれるだけで、何も見えたりはしない。「自分探し」が無限的自己肥大の欲望の肯定としてしか使われない言葉だと気が付かない限り。そんなに簡単に「自分」というものが把握できるのならば、誰も本など書かないし、学問や宗教も成り立ち得ないだろう。

(西洋的)学問はかつてギリシアで始まった。「世界とは何か」「神とは何か」「自分とは何か」これらの事への飽くなき探求が現代の(科学や文学も含めて)学問を生み出した。そして「自分とは何か」という命題は未だに有効である。宗教もそれに答えようとしてきたし、現代思想は未だに悪戦苦闘している。生物学も「AGCTの塩基配列だ」等と嘯いてはいるものの、それだけでは全く説明になっていないことぐらいは自覚している。心理学は存在論との比較において「自分とは何か」という説明は出来ない。そう、これは本当に難問なのである。安易に答えを求めても無駄である。

Mephistopheles:ギリシア語。「愛してはいけない光」「光を愛さない者」の意。
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# by seagull_blade | 2004-08-12 15:27 | philosophism
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「人は自分の見たい現実しか見ることができない」(ユリウス・カエサル)そんなことはない。見たくない現実も沢山世の中にはあるし、実際、認識してしまうではないか。否、むしろそのような現実の方が多いではないか。高校時分にカエサル(だったと思うのだが)のアフォリズムを呼んだ時に心に浮んだのはそんな反駁だった。また、10代後半迄の年代というのは結構正義感がつよく「偽善的」な物を見つけては反駁したがる年頃である。しかし、同時に10代とは、もっとも自己欺瞞の能力が強く発揮される年頃のような気がする。

あの頃にこの「春にして君を離れ」を読んだとしたら、「馬鹿な女だ。一面哀れでもあるがね。」などと嘯きながら、すぐに忘れてしまったに違いない。だが大した事は無いがそれなりに経験をし、若造ながらも30歳に手が届くというところで、この本を読み終え、大げさに言えば一種異様な感覚にとらわれた。ラストシーンの主人公の心の動きがあまりにリアルで、感動とも異なる・・・感覚、そう少しゾッとしてしまった。

ダイジェストを書くほどの文才は無いので、「春にして君を離れ」の簡単な粗筋を紹介すると『第2次大戦前夜、中年から初老の女性がバグダッドから英国に戻る旅の途中、砂漠で立ち往生に会い、有り余る時間の中で始めて自分自身と向き合う。そこで一種の回心(コンバージョン)があり、如何に自らが独善的で押し付けがましく、周囲の人間の意志を押さえつけて生きてきたかということを悟る。そして故郷で夫に再会すると・・・。』というような物語である。主人公の女性は「自分の考えが(常識に照らして)正しく、それ故に他人もそう考えるだろう」と考えがちなタイプである。著者はアガサ・クリスティだが、ミステリィではない。

当然の事だが、私達は自分自身の身体から抜け出て物事を知覚したり、理解する事は絶対にできない。この主人公の女性がしたように自分自身と向き合うことですら「自分」という枠組み、言い換えれば「実存」の中での出来事である。従って、真の意味で客観的に自分を知覚する(形容矛盾だ)ことも当然できないのである。さらに、我々には強力な自己欺瞞の能力が備わっている。冒頭のカエサル(多分)の言葉は10代の私が反駁したような底の浅い言葉ではないと思う。「見たくない現実だって見えてしまうではないか。」そうではなくて、現実と向き合ったときに知らずしらずにしてしまう自己弁護や、心の底から相手によかれと思って成したことや発した言葉も実はオナニズムを無意識に隠すための自らへの言い訳に人は気がつかないということなのではないだろうか。

実際、気が付いていない、或いは、気付きえない自己欺瞞は脇へ置くにしても、「無意識もしくは理性的には気がついているのだが、情動はそのことに気づきたくない為に、全体としては気がついていない事に後から気がつく事」は誰にでも起こるのではないだろうか。例えば、「あの時確かに、正しいと思って事を為した。しかし、失敗(不利益)の兆候は気がついていた(はずだ)。」と自問することは誰にでもあると思う。己を偽ることに気付かないような自己欺瞞は凡そ一般的に「正しい事」に則って自らが動いていると考えている際に最も強力に作用する。なぜなら、私達は自ら信じる常識や「正しい事」に照らし合わせ、そのギャップから自分の立ち位置を決めているからである。

そしてもうひとつ。縦しんば己の醜さやくだらなさに気が付いて、それを改めようと決意したとしてもそれはものすごく困難なことである。この物語の登場人物の一人に「聖人にはできたようだ」とアガサ・クリスティが言わせているように、常人には困難なことなのだ。反省などというが「反省」は過去を振り返ってこれからを改めるという意味ならば、それほど簡単なことではあるまい。たとえ、自らがこれからは変わろう(!)と決意したとしても周囲は勿論変わらない。本人の意思と周囲は無関係に存在するからである。そして当然周囲が、変わろうと決めた本人を以前全く同様に扱う中で、それに流されず変わることができるのか。クリスティはそれができたら「聖人」だと言っている。私は恥ずかしながら、聖人にはなりえない。いつも、失敗や自己嫌悪に陥った時に、これからは変わらなくてはと考えるが、結局暫くすると、元通りの自分を発見してしまう。

「春にして君を離れ」の主人公は相当にカリカチュアされているが、実際に自分が生きている中で、家族を含めて、他人にどう受け取られ、どのように影響を与えているかはわからない。決してわかることはありえないのである。それが他人の意思やひいては人生に最悪の影響を与えているとしても。その程度のニヒリズムを持って生きざるを得ないことを自覚することができれば、主人公ももう少し他人に興味を持つことができたのかも知れない。

もしも、自分の妻なり恋人なりが「無邪気な独善性」を大いに発揮するタイプだとしたら、どうなのだろう。愛なり子供なり世間体が介在していたとしたら、私はきっと主人公の夫のように、皮肉を偶にに交えながらも、その女性の独善に付き合ってしまうだろう。それが結果としてその女性を絶対の孤独に突き落とすことだとしても。悲しいことだが、こういったことでの己の無力さはよく知っているつもりである。

追記:
ningyo-hime様のブログ「人魚亭:人魚姫の冒険」(右下の「エキサイトブログ」にリンクがあります。)の記事で『春にして君を離れ』を知りました。その記事の中でコメントのやり取りからこの記事を書かせていただきました。ningyo-hime様、如何でしょうか?
興味深い本をご紹介いただきましてありがとうございました。何故か同僚の間で回し読みされています。
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# by seagull_blade | 2004-08-06 21:47 | reading lamp

踊るアホウ。


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『^ハァ エラヤッチャ エラヤッチャ ヨーイヨイヨイ 踊るアホウに観るアホウ 同じアホなら踊らにゃソンソン』
先日、某商店街主催の阿波踊りパレードに参加してきた。以前にも書いたが筆者は商店街にある個人商店の息子であるので、子供時分から学生までずっと参加していたのだが、社会人となってからは時間が取れず、一度も参加していなかった。先月の人事異動後、忙しくなりつつも、深夜までの作業が大幅に減った為、今年は参加することに。

筆者は東京在住なのだが、どう言う訳か東京では徳島の阿波踊りがかなり盛んである。阿波踊りのグループは「連(れん)」という単位で呼称される。筆者の参加している「連」も既に30年以上の歴史があり、東京では最大の阿波踊り「高円寺」では昭和32年から毎年開催しており、今年で47年続いている。(高円寺商店街のHPによれば、阿佐ヶ谷の「七夕祭り」に対抗して「阿波踊り」を始めたとのこと。どちらにせよ節操はないが…) 現在では東京都内ではおよそ40箇所で阿波踊りが行われている。

地元商店街の活性化とお客様とのコミュニケーションを目的としているお祭りであるので、あくまでも主役は子供である。3歳から中学生くらいまでの子供たちが総勢70名くらいわらわらと踊っている。5歳くらいの子供が一所懸命に踊る姿は可愛いものだ。我が子の晴姿(と言うほどのことも無いが)を観に来ている親御さん達もご満悦のようであった。この親御さん達が商店街のお客様であるのは勿論である。

今回、筆者はお囃子として参加した。パートは大太鼓である。阿波踊りで使用される楽器は、一般的にリードの「鉦(かね:グリップのついた皿状のもの)」、メロディの「篠笛(しのぶえ)」、スネアにあたる「締太鼓(しめだいこ:つづみを横にしたような太鼓)」、バスドラムあるいはベースにあたる「大太鼓(おおど/おおだいこ:直径が1メーター程度の大太鼓)」の4つである。(これらに三味線を加えて5つという連も多い)基本リズムは符点の入った2拍子で極めて単純なので、どの楽器もさほど難しくはない。筆者は篠笛を除いてどのパートでもある程度できるので、参加する場合は、足りないパートを補うケースが多い。

6年ぶりに参加すると、商店街の世代交代がかなり進んでいることが目に付いた。大体、筆者の父の世代(昭和15年生~25年生あたり)が中心となって、祭りを進行していたが、今はすっかり我々のようなその息子世代が中心である。20代後半から30代前半のメンバーが中心となって、連を取り纏めている。また、技術もだいぶ向上しており、お囃子についても「正調」と呼ばれる基本のリズムだけでなく、かなり複雑なビートを刻んでいて、久しぶりに参加した筆者は着いて行く事がなかなか難しいほどだった。例えば、符点なしの6連符があったり、また「輪踊り」と呼ばれる一ヶ所に留まって見せる踊りもダンスの要素を取り入れた難しいものとなっていた。

「かなり練習したのだろうな。」と思いながら、なんとなく、筆者は違和感を持っていた。勿論6年もサボっていたので何等発言権はないのだが、この複雑なリズムや踊りがなんとも「しゃらくさい」ものに感じられた。3時間の熱狂の後、派手な着流し姿のまま入ったバーでハイボールを飲みながら考えてみた。(マスターが友人だとこういう時に助かる。普通は汗だくの着流し野郎が入ってきたら良い顔をされないだろうが、歓迎してくれた。ビールの無い店なので、冷たいものが欲しいときはいつもハイボールである。)

結果、違和感の正体は次の2つだと結論づけた。一つは「商店街の祭り」としてのものだ。前述したが、地元商店街の活性化とお客様とのコミュニケーションをこの祭りは目的としている。その為には「子供たちが楽しく踊ることができる」ことと「飛び入りも自由にできる」ことがポイントとなるように思う。その為には、あまりに難しいリズムでは踊りにくいだろう。実際、筆者が子供の頃は割と「飛び入り参加」が必ず5人や10人はいたが、今回は一人もいなかった。また、かつては、輪踊りもあくまで子供がメインで簡単な「決め」だけで、ある程度練習すれば誰でも楽しめるものだったと思う。勿論、大人による、一寸凝った演出もあったが、それはおまけであった。だが、今は逆転している。大人の輪踊りをメインとして子供たちの踊りが「前座扱い」に筆者には見えた。

もう一つは神事としての「祭り」である。確かにそもそも東京で阿波踊りというのがおかしな話だが、しかし徳島県では江戸時代(室町時代という説もある)より長く続いた祭りである。阿波踊りは盆踊りの系列にある祭り或いは行事であって、「踊り念仏」や「風流踊り」に連なる。盆踊りの意味は色々な説があるが、何れ宗教的な物とは切り離せないものであり、現代では徳島の伝統芸能である。祭りは何れの国であろうと、娯楽であると同時に「神事」という側面を持っている。娯楽であるからにはどんどん時代と共に変化していく部分もあるが、変化してはいけない部分もあるように思う。例えば、ある商店街の例だが、神輿を担ぐ祭りで、面倒だからと神社への宮入・宮出を省略したものがあるそうだ。しかし、それでは一体参加者は何を担いでいると言うのだろう?ただの化粧箱ではないか。
変拍子の阿波踊りも同じような違和感がある。
宗教的な熱狂や憂さ晴らしを表現するのに、6連符や変拍子は似つかわしくない。少なくとも地元の商店街では。そんなことを書いているほうがしゃらくさいかもしれないが…。

とは言え、久しぶりに「観るアホウ」から「踊るアホウ」へ。「同じアホなら踊らにゃソンソン」
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# by seagull_blade | 2004-08-04 11:59 | bizarro life
20代前半、女性ボーカルしか聴かなかった時期がある。へヴィメタルが衰退し始め、高校時代から続けていたロックバンドも一段落し、大学受験も終わってなんとなく気が抜けていた頃である。学生生活にあまり適応できず、日がな一日、本を読み、酒を飲み、音楽を聴いていた。今から見ればなんとも優雅な時期ではあった。その頃(1995年)日本ではUAが独特の声で『悲しみジョニー』を歌っていた。アメリカではアラニス・モリセット、シェリル・クロウ、そしてジョーン・オズボーンというパワーのある女性ボーカルがデビューした。アラニス・モリセットやシェリル・クロウはその後順調に売れていったが、ジョーン・オズボーンはレーベル移籍の問題などで今ひとつパッとしない。だが、筆者が最も気に入って聴いていたのはそのジョーン・オズボーンのデビューアルバム『Relish』である。UAも含めて4人に共通するのは低音と中音に張りがあり、色気と気だるさが入り混じるところだと筆者は思う。その頃のなんとなく憂鬱な気分に一番合っていたのが、この4人、とりわけジョーン・オズボーンだったのだろうと思う。a0012892_19315146.jpg

歌声を飲み物に例えると、ソフトドリンク系の歌声とアルコール系の歌声があるように思う。女性ボーカルに話を限れば、前者は高音に倍音が多く含まれ(殆どギターでいうピッキングハーモニクスのようだ)、中音域と低音域があまり豊かでない声である。聴いているとコーラやレモネードを飲んでいるようで、腹は膨れるけれど全く酔う事ができない。筆者にとって音楽はある程度酔わせてくれるものでなくてはならないので、どうも今ひとつ好きになれない。では後者のアルコール系はというと、高音域は多少の倍音が含まれるが、最も伸びやかなのは中音域で、低音にもある程度の潤いがある声である。筆者の感覚からすると、高音域の倍音が多く含まれていれば、華やかになり、ロングカクテルに例えることができる。また、高音域の倍音が少なく、どちらかといえば中音域から低音域が強い声なら、甘味が少なくアルコールの強いショートカクテルのようである。さらに低音域に潤いがあり、力強ければウイスキーのようなハードリカーに例えられるのではないだろうか。シェリル・クロウやアラニス・モリセットはロングからショートカクテルだが、ジョーン・オズボーンはウイスキーの声を持っている。

『St. Teresa』(セント・テレサ)は前述したデビューアルバム『Relish』の冒頭に収録されている曲である。夜の歌である。決して昼間に聴くような曲ではない。緊迫感のあるリズムへセクシーなベースが絡み、その上をジョーン・オズボーンのアルコール度数の高い声が流れる。本人がインタビューで語っているが「夜のニューヨークの街角にある恋の物語」である。とは言え、甘いだけの物語ではない。むしろ悲痛な物語である。「子持ち売人の女性に恋をする男の告白」という形で歌われる。インタビューで語られていた通り、本当に日常的な事なのだろう。日々を生きるためにドラッグと売春にまみれている女性を、主人公の男は「聖テレサ」と呼ぶ。そして、その女が立つ辻を「Corner St. Teresa」と名付け、男にとっては特別の場所になっている。そんな恋心を破滅的ドラッグに絡めてジョーン・オズボーンは歌い上げる。女性自身も中毒なのだろう「聖テレサ」は聖女であるが、ローマのサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会にあるベルニーニの「聖テレサの法悦」が知られているように、エクスタシーを連想させる聖女である。

きっと恋の行き先は苦しみが待っているだろう。決して幸福にはなれないだろう。それでもなお、愛しさを募らせるこの男の心情を歌うこの曲の方が、世の幸福な恋心を歌った曲よりも遥かに筆者は共感できる。どれほどの悪女であってもどんな悪所に身を沈めた女であっても、惚れてしまえば聖女に見える。

そういう物語を例のウイスキー・ボイスで歌い酔わせてくれるジョーン・オズボーンはもう少し評価されてもいいシンガーなのではと筆者は思っている。

Just what I been needin', feel it rise in me.
She said, "Every stone a story, like a rosary."
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# by seagull_blade | 2004-07-23 10:37 | musique

居合うということ。

a0012892_13506.jpgCareerのカテゴリばかり記事が増えていくので、たまには別のものをということで久しぶりに居合のはなしを書いてみたい。(『流通業界とIT』シリーズを楽しみにされている読者諸兄姉には申し訳ありません。)居合を始めたのは昨年の11月でようやく半年になった。まだまだ初心者の域を抜け出ない。だが僭越ながら、少しずつ面白さが解ってきたような気がする。前にも記したが筆者が入門した流派は「水鴎流」である。日本には数多くの流派があり、華道や茶道のようにそれぞれに「宗家」がおり、水鴎流は15代勝瀬善光氏である。一度お目にかかったが元フジテレビアナウンサーの露木茂氏風で演武を見た後でなければ武術家という感じの方ではなかった。

「剣術」は大和時代以前まで溯れるようだ。古くは「撃剣(げきけん)」とよばれていたらしい。だが居合術に限れば西暦1550年頃の林崎甚助源重信を祖とする。諸説あるようだが、まずは林崎公を居合の祖としても良いようだ。殺された父の敵討ちのため、如何にして相手よりも早く抜いて討ち果たすかを追求した結果「居合」が生まれたといわれている。当時は「抜刀術」と呼ばれた。こちらの方が解り易い。林崎公は無事に仇討ちを果たし、「林崎流」を創始した。(因みに「林崎流」は現存し、他の流派よりも長い太刀を使うことで知られている。通常よりも長い剣を鞘から引き出す技を「卍抜け」と称するらしい。)

林崎公を祖として「夢想直伝英信流」や「夢想神伝流」という流派が生まれる。この2つは現代の全日本剣道連盟(全剣連)へつながる大きな流派となった。とは言え、これ以上の流派についての考察は「剣豪 その流派と名刀」(牧 英彦著:光文社新書¥819)あたりを読んでいただくことにして、居合という言葉について少し掘り下げてみたい。

前述したが「居合」は「抜刀術」と呼ばれていた。読みはどちらも「いあい」であるらしいが(本当か?)「居合」という言葉は江戸時代に定着したようである。「居合」の方が解りにくい呼称であるように思えるのだが、これは「立合い」という言葉の対概念である。「立合い」という言葉は現在でも大相撲などで使われるが、辞書によると『立合い』は「相撲などで力士が仕切りの後に立ち上がること」となっている。剣術においてはお互いに剣を既に構えた状態で戦うケースを「立合い」と呼ぶ。一般に剣術と呼ばれるものはこちらを指しているようだ。これに対して「居合い」は「居合わせる」という言葉があるようにたまたま「居合わせて」しまった状態から戦うことである。つまり、抜き身の刀を持って歩くはずはなく、刀が鞘に収まっている状態からどのような姿勢であれ斬り付けること「居合」と呼ぶ。従って「居合」の形は普通に歩いている、或いは正座をしている状態から始まるものが殆どである。

ここからは素人の所感と憶測になってしまうのだが、水鴎流居合術は凡そ400年前に林崎流から分派した流派である。(剣術としては塚原卜伝の卜伝流の流れを汲むらしい)さて1500年代後半といえば室町時代の末期であり、戦国時代真っ只中である。水鴎流は居合だけではなく「剣術」「薙刀」「仗術」「相薙刀」「小具足(体術)」「脇差」「鎖鎌(併伝正木流)」等が伝えられており、静岡県下での総合武術の観を呈しているが、戦国時代に創始されたことを考えるとなるほどと頷ける。また、その特徴は「実戦的」と言われている。著者の感覚でも確かに実戦的である。筆者の通う場所へは他流派の方も出入りしていらっしゃるが、どう見ても水鴎流の方が合理的な動きをしているように思える。

ところで「実戦的」とはどういうことだろうか?例えば相手の脛を狙って斬り付ける(これを抜き付けと呼ぶ)ことが挙げられる。流派によっては「卑怯」ということで禁じ手としているところもあるようだが、水鴎流には形として存在している。しかも「相手の顔を見ながら」脛に抜き付けるのだ。また、剣道における「小手」もあるが、小手への抜きつけは可能であれば指を狙う。指を落としてしまえば戦うもヘッタクレも無くなってしまうからだ。更に正座からの居合(一般的にはお互い刀を腰に差したまま相座す事など無いので、修練用といわれている)にはこんな技もある。実際に刀を持ったもの同士が相座す(お互いに正座で対面する)場合、刀を腰から引き抜き、右手横に置く。こうすればいきなり左手で刀を抜くことは出来ないので、敵意の無いことを表明する意思表示となっている。しかし、水鴎流のある技では右側に置いた長刀を右手で掴み、そのまま柄で相手の顔を殴り(柄当てと呼ばれる)、左手で抜刀し相手の水月(みぞおち)を突く。

これらの技が一般にイメージされている武士道という名の倫理規範と結びつくだろうか?不意打ちやフェイントを多用したこれらの技が「卑怯」であることを最も嫌うとされる武士道と結びつくのか?

「ラストサムライ」や「たそがれ清兵衛」で、忘れられていた「武士道」という美意識が何かブームのようになっている。また、かつての日本人が「武士道」という規範で動いていたかのような言われ方がなされている。自国の歴史や伝統に誇りを持つことは大変良いことだと思うが、本当に「武士道」が日本人の規範だったのだろうか?もっと言えば、侍の倫理基準であったのだろうか?そうではなくて、やはり明治時代にキリスト教文化をもつ国々と交流を持ったなかで、一つの方便として今言われている所謂「武士道」が流布されたのではあるまいか。「葉隠」に代表される美学としての武士道は筆者も決して嫌いではない。だが、美学とは一種のダンディズムであって一般的になることはありえないと考える。ダンディズムは他者と異なる美意識を持ち、体現すべく努力するということだと考えるからだ。それを一般化して語りたがる「サムライ・ブーム」はあまり好きになれない。

「抜かば斬れ 抜かずば斬るな この刀」居合の心得として引合いにだされるこの句は美学でありこそすれ、決して一般的な倫理規範ではありえないと筆者には思える。必殺(必ず殺す)の技を学びつつ、決してそれを使わない。戦国時代の殺し合いの中で生まれたこれらの技から学ぶことは「克己の美学」を学ぶことに他ならない。一種の自己陶酔ではあるが、この自己陶酔を集団陶酔にしたがる、馬鹿者が減ることを祈るばかりである。

文章にするとどうしても大げさになってしまうが、筆者が居合を学ぶなかで感じた違和感である。とは言え「居合」は年齢にあまり関係なく、まして性別には全く関係無く、始めることの出来る武術である。筆者は東京在住だが教えている道場は沢山ある。もし興味をもたれたら、一度見学に行って雰囲気を確かめてから始めてみてはいかがだろうか?
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# by seagull_blade | 2004-07-18 13:51 | swordplay
a0012892_13458.jpg前回からだいぶ間が空いてしまったが、ようやく再開できる状況となったのでシリーズを再開させていただくことにする。

さて、前回まで凡そ小売、ことに百貨店における顧客情報の活用について紹介してきたが今回からは『プロダクトアウト』『マーケットイン』『カスタマーイン』『売上仕入』をキーワードにどちらかといえばマーチャンダイジング(MD)側から小売業について紹介したい。

よく言われていることだが、戦後から今までの流通・小売のあり方として「供給側主導から小売主導へ」と変化している。言い換えるとメーカーが「何を売りたいか」ではなく、消費者が「何を買いたいか」に市場動向が依存するようにシフトしてきたということである。供給側(サプライヤー)主導を一般に『プロダクトアウト』と呼び、小売主導のことを『マーケットイン』と呼ぶ。

まず、ざっと戦後の動向を整理すると、1960年代から70年代半ばまでが『プロダクトアウト』の時代であり、市場に供給されるモノは生産者が決定していた。要するに高度経済成長期においてはマーケットのニーズやウォンツが明確であり、消費者は「欧米並みの豊かな生活」を目指していた為、生産者側は「供給量・スピード・確かな品質」という項目に全力を注いできた。「三種の神器」という言葉に象徴されるようにユーザの嗜好は同じベクトルを示していた。

70年代後半から80年・90年代の20年強が狂乱のバブル時代である。このあたりから消費者の志向は多様化してくる。現在に比べればまだベクトルの方向性は同じではあるものの、流行に敏感な世代から「他人とは一寸違う」ことを求め始め、日本のアパレルメーカが育てたDCブランドが幅を利かせてくる。この時代の初期からプロダクトアウトの発想では商品の売上は先細りとなり、マーケティングという言葉が頭をもたげてくる。そして90年のバブル崩壊とともに供給主導も崩壊する。要するに作れば売れる時代は終わってしまったのである。

90年代の「平成不況」時代、デフレデフレと騒がれ、モノが売れない時代と言われ始めた。ようやくマーケット主体の売り方が模索され始める。マーケティング万能的な言い方がなされ、IT(情報システム)もマーチャンダイジング主体のものへと変化してきた。例えば、伊勢丹では「新MDシステム」が93年から稼動を始めている。しかし、買い控え時代は続き、マーケティングをもう一歩深い物にする試みが為され始め、さらに生産から販売までの流れをもう一度見直す取り組みとして「SCM(サプライチェーンマネジメント)」の実現が模索され始めた。この「供給鎖の回転速度」が向上すればマーケットの変動により素早く対処できるという思惑が働いたわけである。

90年代後半から2001年に掛けて、『マーケットイン』の流れの中で「カテゴリーキラー」と呼ばれる企業が台頭してきた。その代表格はなんと言ってもユニクロ(ファーストリテイリング)である。ヤングカジュアルに事業カテゴリを絞り、企画・デザイン・生産・物流・販売の一気通貫の仕組みを作り上げ、強烈なスピードで成長した。SCMどころか、全てを自前でこなすことで、市場の雰囲気が形成されるより更に早く消費者の志向をすぐに商品へ反映してしまうという、このことのもたらす流通業界へのインパクトは大きく、やり方によっては、決してモノが売れないわけではないということを証明した形になった。このような市場動向を超えて個人動向を商品に素早く反映させることを『カスタマーイン』と呼ぶ。

さて、次回はこうした時代背景の中で専門店・百貨店がどのような対応をしてきたのかを具体的に紹介してみたい。
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# by seagull_blade | 2004-07-12 13:46 | career

『男の買物』

a0012892_111016.jpg女性の目から見ると我々男性の買物は非常に不可解であるようだ。勿論、女性の買物だって男から見れば不可解ではあるのだが、概ね女性は買物が好きであるし、モノの売り手だって女性客を想定していることが多いだろうと思う。特に専業主婦ともなれば、買物をする事も楽しみであると同時に、家族の健康管理と家計を同時に考えなくてはいけない立派な仕事であろう。(筆者は独身だが…)

新宿東口から新宿通りと靖国通りの間にある細い道を通って伊勢丹メンズ館にいたる道を「男の買物」という視点で散歩すると意外と面白い。(東京近郊在住以外の方には解りにくくなります。申し訳ありません。)JR新宿駅中央東口の改札を出る。すると目の前にフレッシュジュースや少し前に話題となったメロンパンを置いている店がある。男性客など殆ど見ない。そのまま新宿三丁目方面の地上出口へ向かう。その途中にCDや雑貨を扱う、洒落た店が最近開店したがこれもまた男性客は若い「ファッショナブル」な少数だけだ。階段を上り地上出口を抜けると「メガネスーパー」がある。ここは男性客も多い。しかしメガネスーパーで実用的なメガネやコンタクトを購入することは女性からみて「不可解」ということはないだろう。(筆者は眼が未だに良いので、あまりよく解らない)

雑居ビルを通り過ぎ右手に「コムサデモード」一色のFIVE FOXビルがある。ここも女性客が中心で、男性客もセカンドラインの常識的な金額のものが中心なので普段使いの衣類を買うくらいだろう。(筆者は身体のラインとコムサのラインが合わないので基本的に購入しない)更に行くと「さくらや東口駅前館」「ヨドバシカメラ東口駅前店」が並んでいる。同業他社の店舗が携帯電話顧客の獲得合戦を繰り広げている。このあたりから「男の買物」の雰囲気が漂ってくるが、所詮は家電量販店。「新規・機種変今ならお徳ですよ~!」という声を尻目に新宿通りを横断する。

「みずほ銀行」の横を左に折れると右手に「バーニーズ・ニューヨーク」が見えてくる。男の買物がファッションへ執着を見せるとこの店は外せない。女性客が中心だが、紳士服もそれなりに充実している。若く姿の良いドアボーイに入り口を開けて迎えられ、店内を散策。さて、「バーニーズ・ニューヨーク」知っている方には無用の説明だが、一言でいえば「とんでもなく高い!。」20万から下のスーツは無いのではあるまいか。在ったとしてもそれを買うならバーニーズである必要はない。歌舞伎町のホストでも相当稼がないとここでは買えないだろうな等と思いながら、結構、サラリーマン風の男性客が購入しているのを見かける。センスはさすがに良いがネクタイも靴も高額なので冷やかしながら何も購入しない。ファッションマニアの男性なら100万~200万ぐらい30分で使い切るだろう。(筆者は女性へのプレゼント用でスカーフしか買ったことが無い…)
伊勢丹メンズ館へ向かうならバーニーズの角をすぐ左折なのだが、不可解な「男の買物」に含まれるだろう店が10m先に見えるので曲がらずに一寸だけ直進。すると「クロサワ楽器」がある。筆者はエレキベースを弾くのでついつい地下のベースフロアへ。8畳程度の店内にベースが常時60本程度並んでいる。プロでもなくアマチュアとしても下手な部類に入る筆者だが、既にベースは3本・ギターなら10本程度家にある。この上、何が必要なのだろう。冷静に考えるとそうなのだが、「良い楽器が20万くらいなら買ってしまおうかな」という悪魔のささやきが常に聞こえている。大して稼いでいる訳ではないので20万の何も生産しない出費は大打撃である。しかし「Fender Jazz Bass」や「Precision Bass」の魅力は海より深い。

サイレンの歌声のような楽器の魅力を振り切って店を出たら、先ほどのバーニーズ横を東へあるく。すると「さくらやパソコン館」がある。パソコンが家電となり不可解というほどでは無くなったが、やはりここも「男の買物」という点では一見の価値があるだろう。特に3階(だったと思う)のPC部品コーナーはマニアックな男を結構見かける。ある時、見たことのあるオヤジがパソコンのカバー(筐体という)を見ながらぶつぶつ言っていた。「美しい」とか「これは造りが良くないな」…よく見ると筆者の上司だった。怖いので声もかけずそそくさと店を出る。パソコンを自作するのが趣味なのだろうが、筐体の美しさ(スタイリッシュということではない)までこだわりを持つのは男性特有の心理である気がする。

さくらやパソコン館を出てアドホックビルと紀伊国屋ビルの間を抜ける。すると女性の考える「男の不可解な買物」でも最も不可解な玩具が大量に置いてある「さくらやホビー館」が右手に構えている。店の前には新しいゲームのデモバージョンが設置され、試用できるので結構人が集まっている。流石にサラリーマン風の男は見かけないが、やはり男性ばかりだ。2階・3階はそれぞれプラモデルとモデルガン・鉄道模型のコーナーとなっており、ここにはいい年をしてスーツをきた男たちが主な客層である。実際、モデルガン/エアソフトガンは2万円前後が主流なので子供が小遣いからひねり出すにはちょっと高額すぎる。とはいいながら、筆者も一時ハマっていた。
2階にはロリコンフィギュア(平気で7・8万!)も置いてあり、一種秋葉原めいた空気が流れる。理解に苦しむが、オタク論は別に置いておくとして、これもやはり男性特有の買物なのであろう。

更に奥へ進むとゴールの「伊勢丹 メンズ館」が鎮座している。2003年9月にリニューアルされ、売上を前年比20%以上の増加させている店舗である。かつては巨大な紳士服売場の雰囲気だったが、現在では前述のバーニーズ・ニューヨークのようだ。だが、ファッショナブル・ピープルだけでなく、徐々に「普通の」男性客も多くなってきている。スーツと楽器とモデルガン…男性の買物は何処までも妄想的である…。
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# by seagull_blade | 2004-06-21 11:08 | bizarro life
a0012892_115619.jpg前回は顧客・購買情報収集の入り口としてのPOSシステムについて紹介した。情報分析を切り口とするのは今回で終わりとしたいので、もう少しお付き合い願いたい。

さて、大きな意味での消費者とは何であろうか。定義してみると「対価を支払い、最終的に商品を使用する、若しくはサービスを受ける個人/法人」となるだろう。小売業においては「商品を購入して使用する個人/法人」である。小売業態はコンビニ・スーパー・百貨店など様々あるが、どの業態であれ利益を上げる為には「顧客を創り出す」ということが至上命題となる。消費者と顧客は似ているが異なる概念である。英訳するとわかりやすいかもしれない。消費者は「customer / user」となる。端的に買う人・使う人というニュアンスだ。では顧客はというと「account / client」である。こちらは依頼者とも訳せ、より売り手に何かを期待しているというニュアンスが込められている。言い換えると消費者は「一見さん」を多く含むが、顧客は「リピーター」ということになる。当然、売り手にとっては多くのリピーターを抱えるほうが一見さんよりも確実に売上を見込むことが出来る。小売企業が割引優待やポイントバックをしてまで顧客情報を収集し分析する目的は「消費者から顧客へと変換する或いは抽出する」為であると言える。

では具体的にどのような分析を行うのであろうか。ある程度の規模をもった小売企業では情報分析を「販売促進業務」の一環と位置付けている。(勿論その上位には「経営戦略」がある)販売促進活動は「ダイレクトメール」「広告・折込チラシ」「TV・ラジオCF」「サンクスレター」等が上げられるが、例えば「ダイレクトメール」を闇雲に送りつけても一定以上の効果(訴求率と呼ぶ)を期待することはできない。セールなどの催事を行う際、告知用DMを出した場合、一般的にDMの訴求率は3-6%程度である。要するに100人に出した場合は3-6人程度しか来場しないという計算になる。しかしこの数字は顧客情報を分析しターゲットを絞った結果であり、無作為に出した場合は一人もこないということは容易に予測できてしまう。

まず、DMの場合、顧客情報の内、購買履歴に着目する。購買履歴を分析する手法としては「購買分析」「買い回り分析」「クロス分析」などが上げられる。このうち購買分析については第1回で取り上げたRFM分析なので割愛させていただき、「買い回り分析」「クロス分析」に要点を絞って紹介する。

「買い回り分析」は読んで字の如く、ある特定の買い手が商品をどのように比較しながら買物するかを分析する手法である。例えば「自分の洋服を購入した既婚女性がついでに配偶者の紳士用品を買っていくことが多い」という仮説を立てる。そこで、情報分析システムを利用して、「あるブランドの婦人服を買った人でその日の内に紳士靴下を購入した人数を抽出するという分析」を行い、仮説が正しいかを検証する。仮に仮説が正しいとすると買い手が女性であっても「紳士用品のセール」告知DMを出すということも考えられる。或いは「特選婦人服+紳士用品」というようなDMをデザインするという方法も取ることが出来る。こうすることで、そのDMや広告媒体の訴求率(訴求力)をより高くしていく手法が「買い回り分析」である。

「クロス分析」はエクセルのようなマトリックスをイメージすると解り易い。縦軸と横軸を取り、それがクロスするデータを抽出するやり方である。例えば2004年5月中にある百貨店のAブランド婦人服を購入した人の年代はどうなっているのかを分析するには、まずある百貨店の2004年5月の購買情報を抜き出す。このデータから縦軸をAブランドの商品、横軸を年齢(例えば5歳毎のピッチ)で抽出する。すると5月におけるAブランドの商品・購買年齢層相関図ができあがる。この集合をさらに「住所」を使用した「商圏分析(どの地域に購買層が多いか)」などにかけるなどして、最も効果が上がるようにDMや折込チラシ広告を実施する。

情報分析システムは購買者を一般客から最重要顧客までを階層分けし、それぞれの潜在的欲求を仮説を元に分析し、予想するために考え出されたものである。その仮説に従ってあらゆる広告が考えられ、作られている。
「軍の指揮官にとって、最も重要な資質はなにかと問われれば、想像力である、と答えよう。この資質の重要性は、なにも軍の指揮官にかぎらない。いかなる職業でも、想像力なしにその道で大成することは不可能だからである 『マキアベリ:戦略論』」
マキアベリのこの指摘は小売業にとっても真理であろうと思う。特に販売促進取分け潜在顧客の顕在化という作業においては最も重要なポイントであろう。

次回の「小売とマキャベリズム」は顧客情報から離れ、別の切り口で展開しようと考えています。よろしくお付き合いください。
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# by seagull_blade | 2004-06-15 11:57 | career