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by seagull_blade

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古武術への誘い

当然のことではあるけれど、物事は知れば知るほど、安易に語ることが出来なくなる。深く知らなければ、偏見に基づいて断定的に語ることが出来る。それゆえに断定的かつ一方的に書かれた文章は、何らかの偏見や無知に基づいていると判断できる。知ることとはつまり、情報量の増加であって、多く情報を持っていると、ある事柄を肯定的に書こうとしてもすぐにその反証が思いついてしまう状態である。少なくとも誠実に文章を書こうとすれば。さて、長々と書いたが、最近このブログに居合の話をあまり書かなくなってしまった言い訳である。せっかく作ったカテゴリを放っておくのも勿体無いので、筆者にとっての「古武術を稽古することの意味」というか位置づけを書いてみたい。筆者は居合が大好きなので、この雑文を読んで、やってみたいと思っていただける方がいれば、望外の喜びである。
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筆者にとって古武術といえば水鴎流である。本邦には多くの武術の流派があるが、その中から縁あって水鴎流の門を叩かせていただいた。たった2年前のことではあるが。
事前の知識は一切なく、たまたまインターネットで見つけたというまったくの偶然である。袖触れ合うも他生の縁、ということでこの縁を大切にしたいと考えているし、水鴎流そのものや門下の方々の魅力もあって、ずっと水鴎流を稽古させていただくつもりである。勿論、様々な流派の方が自分の流派を大切にしていることと同じことであり、どの流派が優れているということではない。

では、その水鴎流が筆者にとってどのような存在であるかということだが、まず、第一に日常を離れ、雑念を忘れることの出来る世界であり、時間である。こうかくととてもカッコ良さそうだが、要するに、仕事をはじめほかの事を一切考えない時間であり楽しみの場であり、すなわちストレス解消のできる趣味ということである。当然、それが競馬という人もいるだろうし、カラオケやダーツという人もいるだろう。居合が筆者の嗜好に合っていると思うところは、何しろ人殺しのための武器をあつかい、そのための技術であったものを学ぶのだから、否応も無く集中できてしまうことである。集中しなければ、大怪我をするかもしれないし、下手をすれば死に至ることもある。そのある種の緊張感は却って、日常の雑事を忘れさせ、ストレスを解消してくれるように筆者は思う。

第二に健康管理という面である。ダイエット効果とでも言おうか。筆者は何しろ、油断するとすぐに太る体質で、2年前までは20代後半のくせに毎年健康診断に引っかかるという体たらくであった。ダイエットをせねばという思いはいつもあったのだが、根が怠け者のせいで「痩せる!」という動機では継続して運動がなかなか出来なかった。居合を習い始めたそもそもの切欠というと、筆者の場合、何とダイエットである。高校時代に柔道部に所属していたこともあって、武道が好きであることは気付いていたのだが、社会人となると、そうそう怪我をするわけにもいかない。筆者はIT業界で生計を立てているので、突き指など以ての外である。そして考えた結果が居合であった。居合なら形稽古中心なので、そう怪我することもあるまいと考えたわけである。実際、居合は滅多に怪我をしない。(怪我をするときは取り返しのつかない大怪我であったりもするのだが・・・)2年後、体脂肪率は25%から17%以下となった。

第三に「古の残り香を感じる」という楽しみがある。実際に刀を帯刀し、稽古の相手や仮想敵(基本的には自分自身を想定する)と対峙し、刀を振るう時、かつての真剣勝負が垣間見られる気がする。この自分自身が、この刀を持って敵と戦うときどういう気持ちになるのか。それを想定するということも楽しみの内である。現実には無い、否、あってはならないシチュエーションに想像の世界ではあるが身を置いてみる。そうすると日常の雑事がつまらないことに思える「ことがある。」筆者のような若輩者ではそういう気がするに過ぎないけれども。

第四に立居振舞いや作法を覚える場ということが挙げられる。和服を着る機会のほとんどない現代においては、三つ指の突き方や正座からの立ち上がり方、袴のはき方や捌き方を覚える場所がほとんどない。「無用なものだ」と言ってしまえばそれまでだが、楽しみの幅が増えればそれだけ生活を楽しむことができるし、折角、日本で生活しているのなら、こうしたことに触れないのは勿体無いと思ったりもする。因みに、居合や古武術を稽古されている方には外国の方も多い。

最後に、こうした日常とは切り離された世界には、日常では知り合うことのない人々との出会いがある。ビジネスの世界の出会いもエキサイティングであったり、楽しく、今後の生活の糧となるものだが、非日常の世界の出会いは本当に、職業や利害関係とは縁のない人との出会いがある。これが最大の楽しみの一つであるのかもしれない。

仕事以外にこういう世界を自分の中に持っていると、何より、よりどころになるし、精神的にも肉体的にもバランスがとりやすいと筆者は考えている。仕事や雑事で行き詰ったときにも、静かに正座して帯刀するとき、別の世界に入ることが出来る。筆者にとって、水鴎流居合剣法を稽古するとはそういうことであると今は考えている。

もしも興味を持っていただけたら、是非、見学でも如何だろうか。

乱文乱筆平にご容赦。特に門下の諸先輩方、乞うご容赦、である・・・。
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by seagull_blade | 2005-11-24 00:49 | swordplay
前にも記したが、学生時代まで私はかなり西欧に傾倒していた。中学の頃、ちょっと大人びた友人に進められて、河出文庫の澁澤龍彦著作を一読した。澁澤栄一に連なる彼の著作は良い意味で生活感が一切排除され、優美なデカダンスに満ちた世界に魅了され、結局、高校、大学と「西欧世界への憧れ」が、私にとってのひとつのテーマとなっていた。
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その結果、日本史というものの知識がほとんどなく、社会人となってからの、なんとなくではあるものの読書テーマが「日本史」ということになってきた。居合を勉強させてもらい始めてから、ますます日本の伝統、思想というものに興味をもつようになり、その伝統の親たる日本史についての知識の空白を埋めようとしている。大袈裟に言えば、自分がここにいる根拠を何とは無しに探しているのかもしれない。勿論、単なる楽しみとしてであるが。

そんな訳でまだまだ大して読んではいないのだが、いくつか強烈な印象を受けた著作がある。その中で、ミステリを読んでいるかのような興奮と著者の強い思いがダイレクトに文章に叩き付けられ、私の目を離させないというものが、この『隠された十字架』であった。『隠された十字架』は昭和47年(1972年)に初版が刊行されている。その直後から賛否両論を巻き起こしたというこの本を一読すれば、なるほど論争を起さずにはいかないということがすぐに納得できる。

さて、この『隠された十字架』はサブタイトルが「法隆寺論」となっているとおり、法隆寺についての仮説である。著者の梅原猛氏は哲学者であり、歴史学については、やや門外漢なのだが、それゆえにこそ大胆な仮説が立てられるという態度である。すなわち、細分化、専門化する現代の学問はそれゆえに、より深化するが、それぞれの学問が有機的なつながりを得にくいという欠点をもつ。

著者の梅原氏は「細分化されたそれぞれの学問」を問題点として明確に掲げ、意識的に綜合する作業をこの著作の中で行っている。また、デカルトの「方法的懐疑」を法隆寺に持ち込み、それまでの常識から疑ってかかるという驚くべき作業を行っている。

この本は、三部に分かれている。そしてあたかもミステリ小説のような手法をとっている。目次を見ればある程度の流れが理解していただけるだろう。第一部は「謎の提起」、第二部は「解決への手がかり」、そして第三部は「真実の開示」である。勿論、全ては梅原氏の仮説であるに過ぎないが、思っても見ない法隆寺の別の側面が見えてくる。

法隆寺といえば、私の世代の定番として修学旅行でみた記憶ぐらいしかない。また、ぼんやりと「聖徳太子」が建立した寺で、世界最古の木造建築物である五重塔があるというような知識しかない。梅原氏はまず、法隆寺に関する謎を七不思議になぞらえて「法隆寺の七つの謎」というものを第一部で提起する。それはよく知られたなぞもあれば、そうでもない謎もある。以下に列挙してみよう。

1.『日本書紀』に関する疑問。法隆寺建立が国家規模の事業であり、法隆寺以外の寺院建立が全て記載されているにもかかわらず、法隆寺だけが正史である『日本書紀』に一言も書かれていない。それはなぜか。
2.『法隆寺資材帳』という各寺院に時の国家権力が提出させた財産目録に関する疑問。何よりも正確を期して書かねば、責任を問われる書物に法隆寺の設立についてきわめて曖昧にしか書かれていない。それはなぜか。
3.法隆寺の中門にかんする疑問。門の真ん中に柱が立っている。不便極まりない作りにしたのは何のためか。
4.金堂には普通は一寺院に一体の本尊が三体もいる。またそれぞれの本尊や内部の装飾の様式の時代形式がバラバラである。それはなぜか。
5.塔の礎石から火葬骨が出てきた。これは誰の骨か。また資材帳に書かれた塔の高さと実際の高さがあまりに違うがそれはなぜか。
6.フェノロサによって開陳された、有名な救世観音がある。1000年以上もの間、厳重に秘仏とされてきたが、それはなぜか。
7.法隆寺の祭りといえば聖霊会であるが、その際に「太子2歳像」や「7歳像」「16歳像」も合わせて祭られる。また舎利も舎利殿から取り出して祭られるが、それはなぜか。

梅原氏はこれらの謎を提唱し、これまでの学説や当時の政治状況を手がかりに説得力のある仮説を提示してゆく。知的興奮という言葉を実感できるという稀有な例である。梅原氏はその仮説の結論として法隆寺とは聖徳太子一族の霊を慰める鎮魂の寺であり、聖徳太子自身は怨霊であることを証明してゆく。

私は太子が怨霊である、またその可能性があるということは知らなかったし、またその説明の過程で明らかにされてゆく、藤原鎌足の権謀術数、藤原不比等の天才的な政治手腕はすさまじい。私が何よりも印象に残ったことは、昔の人々は我々と変わらない、否、それ以上に高いレベルにあるかもしれないということである。この知らず知らずに身についてしまった、「歴史は進歩する」という思い込みを打ち破ってくれる。

今は喜寿を越えられている梅原氏だが、四十代に書かれたこの著作は熱気を持って己の説を証明しようと書かれている。その情熱の一端に触れてみるのは如何だろうか?
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by seagull_blade | 2005-11-13 20:53 | reading lamp