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Have a life outside of work.


by seagull_blade

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月下独酌。(李白)

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花間一壺の酒
独り酌んで相親しむ無し
杯を挙げ明月を邀え
影に対して三人と成る
月 既に飲むを解せず
影 徒にわが身に随う
暫く月と影を伴い
行楽 須らく春に及ぶべし
我歌えば月徘徊し
我舞えば影繚乱す
醒時は同に交歓し
酔後はおのおの分散す
永く無情の遊を結び
遥かなる雲漢に相期す
(遥かは当用漢字になく変換できず)

唐代に「詩仙」と称えられた、李白の五言律詩「月下独酌」である。有名な詩であり、高校の漢文あたりでは習うことも多いので、ご存知の読者も多いだろう。唐の時代には綺羅星の如く(この熟語が本当にふさわしい意味で)漢詩の名手が多く生きていた。その中にあって「詩聖」杜甫と「詩仙」李白は図抜けた光を放っている。どちらが優れているかなどという問いは不遜であるし、そんな才能も筆者には無いのだが、どちらが好きかと問われれば、酒飲みの筆者はやはり「詩仙」李白である。李白の詩には酒とそれを取り巻くシチュエーションを巧みに切り取ったものが多い。説明的ではなく感覚的、社会的というよりもエロス的、アポロン的ではなくデュオニソス的である。李白がブログを書いたらさぞかし面白いだろう。夜毎に新作の律詩や絶句を更新したりして。李白のことであるから、モバイルPCをあちこちに持込んで、酒を飲みつつ、推敲など決してせず、才能の赴くままに詩を綴っていくのであろう。柔らかく、美しい彼の律詩や絶句は、綺羅星の中にあっては月のような存在感を放っている。筆者のお勧めは冒頭の「月下独酌」と「静夜思」である。「静夜思」を無粋な出張先のビジネスホテルでビールを飲みながら口ずさめば、ちょっと無粋さが和らぐ。お試しあれ。

静夜思 李白

牀前 月光を看る
疑 是 地上の霜かと
頭を擧(あ)げて山月を望み
頭を低(た)れて故郷を思う

それに比べて、杜甫の詩は着想が大きく、視野も広い。個人的というよりも社会的である。勿論、エロス的な心の動きを捉える事も巧みなのだが、詩仙「李白」に対してはそういう印象を受ける。日本人にも馴染みの深い「春望」はそうした杜甫のイメージが大きく出ている。(敢えて白文で)

春望 杜甫

國破山河在
城春草木深
感時花濺涙
恨別鳥驚心
烽火連三月
家書抵萬金
白頭掻更短
渾欲不勝簪

李白を月に例えたように、杜甫を星に例えるならば、冬の夜に一際、惑星のような光を放つ「天狼星(おおいぬ座・シリウス)」だろうか。鋭く、孤高で圧倒的である。

完全に主観そのものの駄文となってしまったが、この記事はvarious moon様のブログ「つきのくさぐさ」でのTB企画『Blue Moon祭』用に記したものである。お月見レポートという趣旨なのだが、台風のおかげで東京でも月を見上げることができなかった。その代わりといってはなんなのだが、好きな漢詩でもご紹介させていただこうとなった次第。
今夜(8/30)はご厚顔を拝すことができるだろうか。
乞うご容赦である。
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8月は、2001年12月以来の[month of the Blue Moon]
1ヶ月の間に2度満月を迎える月間です。
しかも、2度目の満月“Blue Moon”は、幸運を呼ぶお月さま!!
見届けたら幸せになれると言われるこの月を、みんなで見上げてみませんか?

今回のBlue Moonは、計算上満月になる瞬間が8/30の11:22と、昼間にあたります。
ですから、便宜的に、
*月の出18:05、月の入り3:37の、8/29~8/30にかけてのお月さま
*月の出18:37、月の入り4:45の、8/30~8/31にかけてのお月さま
の両方を、当企画におけるBlue Moonと定義します(時間は東京の時間です)。
この2日間のお月さまを見上げて、みなさまのお月見記録を送って下さい。

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by seagull_blade | 2004-08-30 13:26 | bizarro life

『表裏』。

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仕事をするにしても、女性を誘うにしても、何か物事を進める場合、大抵、考えられる事態を想定して準備(心の準備を含めて)をしておくものである。女性の場合は想像するしかないが、男性が女性を誘う場合、殆ど妄想のレベルまで色々考えたりするものだ。こう誘ったらどうかな。最初は断られるだろうからそのときはこう言おう…。プレゼントはどうしたものか。最初のデートでプレゼントはちょっと引いてしまうかも。いやいや物事初めが肝心だし、第一印象は良くしたい。受け取ってくれなかったらどうしようか…。そんなことを考えた事が無い男性は、よほどモテる自信家か、逆に拗ねてしまっているかだろう。

武道にもそんな想定は多い。勿論、デートではなく戦いだから、それほど楽しいものではないが。武道や武術を嗜まれた方には釈迦に説法だが、武道の技には多くの「返し技」がある。先日、アテネ五輪の柔道で、男子準決勝だったと思うのだが「内股空かし(うちまたすかし)」で一本勝ちした選手がいた。この技は「内股」の返し技で相手の「内股」仕掛けを利用して、足をはずし、自分の技に利用するものである。著者が弱小柔道部に所属していた高校時代、「内股」が得意技の先輩に対して、いつも「内股空かし」で対応して勝ってしまい嫌われていた。著者は決して強かった訳ではない。(公式戦は十数戦で2勝しかできなかった)ただ、その先輩が「内股」に入るタイミングが良く判ったため、返すことができただけである。この「内股空かし」も相手が「内股」を仕掛けてきたらどうするかという想定の中で生まれた技である。

「後の先」という言葉をご存知だろうか。この言葉は割と武道に限らず、スポーツでは使われる言葉である。今ではCounter Attack と英訳したほうが解りやすいかもしれない。「カウンター攻撃」ならば、サッカーでもバスケットでも多用する言葉であるし、実際、有効な攻撃方法だろう。サッカーを例に取れば敵が味方のコートに殺到している状態からボールを奪い、ロングパスと速攻で相手が防御する前に攻撃することなどである。これを日本語では「後の先」と呼ぶ。居合術を含むスポーツではない古武術にはそのような想定がずっと露骨かつ精緻に残っている。前回の稽古で学んだ新しい技はそうした返し技の一つであった。そのような返し技を居合では「影の形」若しくは「裏の形」と呼ぶ。

それは「後の先」の「後の先」を想定した技で、帯刀していた時代もそうそう使われた剣技ではないだろう。まず、表の技は『石火(せっか)』と呼ばれる。この技がそもそも返し技である。まず、両者帯刀、相対した状態で、相手が抜き付け(抜刀してそのまま)に右足若しくは右胴を斬り付けてくる。『石火』を仕掛ける側はそれを抜刀して体の右側にて片手で受ける。このとき切っ先は下を向いている。斬り付けられた右足はその際に引くのだが、大きく引かず、足をそろえる程度にする。相手は抜き付けを止められたので次の技に移行しようとする。そこを、仕掛け側は切っ先を相手に向け、刀の峰に左手を添え、左足で一歩踏み込み、相手のみぞおちから下腹部を突く。引き抜いて、血振、納刀。ここまでが『石火』である。要するに相手が右側に斬り付けてきた場合に止めて、突きを返す技であり、「後の先/カウンター攻撃」となっている。

だが、この技を更に返す「影の形(裏技)」も考えられている。それは『如電(にょでん)』という技であり、これが「後の先」の「後の先」となっている。『如電』は『石火』の返し技であるため、動きは『石火』側が突いて来るまでは同じとなる。抜き付けで相手の右足または右胴に切りつける。相手はそれを抜刀して受けとめ、下段の突きを放ってくる。(石火)この突きを体を左側に捻ってかわし、低い姿勢となっている相手の首筋(頚動脈)にやはり左手を剣の峰に添えて上から圧し切る。これで『如電』の完成となる。その後、血振、納刀。カウンターのカウンターである。

考えてみると、この『如電』という技は相手が『石火』またはそれに近い攻撃を繰り出してきた場合にしか使えない応用範囲の狭い形である。居合は表裏の技がセットになっていることが多く、限定的な場合を想定した返し技が目立つ。実際にこの技で切り殺された相手は少ないだろうと想像される所以である。しかし、この臆病なまでの状況設定、「相手がこう来たらこう返す、更にこう来たら、こう返す」という想定があったからこそ居合という武術が現在まで生き残っているのではないだろうか。

サッカーで「ファンタジスタ(fantasista)」という言葉を良く聞く。辞書を引くと「独創性あふれるプレーをする名選手/想像力に富んだ名選手」という意味である。名選手であるからには技術的、身体的に優れているのは勿論だが、彼等の素晴らしさはその素晴らしい「独創性/想像力」にある。彼等は誰も思いつかないような可能性を一瞬の判断で「想像」し実現してしまう。まさか!という位置から攻撃、防御し、ゲームの流れを変えてしまうことも多い。だが、普通の選手はこうは行かない。事前にあらゆるシチュエーションを想定し、訓練し、反射的に動けるようにしておく。その訓練だけが「ファンタジスタ」と呼ばれる選手たちに対抗する唯一の手段であろう。

居合術の始祖達は所謂、人口に膾炙した剣豪は少ない。勿論、人並み以上に優れた剣士であったのだろうが、この臆病さ、この精緻さはむしろ、自らの想像力の限界を知る人にこそできるものではあるまいか。抜刀して立ち会ったら決して敵わぬ天才的な剣豪を相手に、如何にして生き残るか。それを懸命に考えたその努力の集大成がこの「居合術」となったのではないだろうか。この「後の先」の「後の先」の技を学びながら、先人たちを「偉大な凡人」として想像してみた。あたかもモテ無い男が、モテる男に及ばずながらも努力するように。
さて、筆者も努力してみよう。…と。
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by seagull_blade | 2004-08-24 19:11 | swordplay
2004年4月からこのブログ『仕事以外』をスタートして4ヶ月。延べ4500ヒットを頂いた。統一性もなく(しかもマニアック)、更新頻度もさほどではなく、何より拙い文章をお読み頂き、存じ上げている方々、見ず知らずの方々より多くのコメント/トラックバックを頂いたことは正しく望外の喜びであり、筆者にとって新鮮な驚きでもあった。なんだか閉鎖が近いような挨拶文となったが勿論、今後も当ブログを続けて行くので、読者諸兄姉には変わらぬ(On-OFF line問わず)お付き合いをお願いしたい。
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このあたりで改めて筆者の自己紹介を兼ねて、『仕事以外』の(そのつもりは無かったのだが)メインカテゴリの一つとなった『Philosophism』に記事を追加したい。『仕事以外』というタイトルは哲学者 木田元(きだ げん:現 中央大学名誉教授)の著作である『哲学以外』のパロディである。木田元はフッサールやメルロ=ポンティなどの翻訳・研究をとおして「現象学」を紹介、研究した碩学である。筆者は学生時代、わりとミーハー的に講義に顔を出させて頂いたのだが、レベルというか敷居が高くて、殆どついて行けなかった。(ドイツ語・フランス語が読めることが前提…)だが、印象的だったのは「教える者と教わる者の区別を明確にする」人であったことである。自分はコーヒーを片手にタバコなども教室でふかしながら(チョーク入れが灰皿代り)、学生には喫煙は当然、一切の飲食や私語を禁じ、おしゃべりすれば教室から叩き出された。だが、物分りの良い文学部の教授の中で、所謂、怒り屋では決してないが、その一貫した態度が筆者には気持ちの良いものだった。筆者(70年代生まれ)の記憶では、小中学校の教師たちは、結構、殴ることも多かったし、(筆者も「こまっしゃくれたガキ」だった所為か、「勉強ができる方の生徒」の中では割と殴られた)権威然としていることが当然だったと思うのだが、高校時代から急に、生徒の友人となるようなスタンスを取りたがる教師が増え、気持ちの悪さを感じていたように思う。大学も同様であったので、木田教授は新鮮であると同時に懐かしい安心感がその講義にはあった。木田教授の著作は興味深いものが多いが、何分、哲学書や解説書のような専門書が多く(哲学者なのだからあたりまえなのだが)、当時唯一楽しめた著作がエッセイ『哲学以外』であった。そのひそみに習って当ブログのタイトルも『仕事以外』とさせていただいた。またカテゴリ名の『Philosophism』は「似非哲学」のことである。

月並みだが、学生時代、それほど熱心な学生ではなく、主な関心事は「恋愛」と「バイト」と「バンド」であった。今でも「バイト」の部分が「仕事」に、「バンド」の部分が「居合」に入替っただけで、さほど進歩していないように思う。むしろ、酒量は増えたし、後退している部分も多い。ではなぜ哲学という「形而上」の問題を多く扱うようなものに関心を抱き、挙句「文学部哲学科」などという学部に入学したのか。40パーセントが「哲学を学ぶことで自らの考える基準を作りたい」(これがタテマエ)であり、60パーセントが「哲学という『高尚』な学問をアクセサリとして使おう」(これがホンネ)だったと思う。西洋哲学は主として形而上のものを扱う為、難解で高尚である(小難しい)と一般に思われているし、多くの場合当たっている。それゆえに「哲学科」という響きで「インテリ」ぶることが出来ると考えた訳である。著者の頭の程度が知れる話だが、その程度の下らない理由であった。

とは言え、それなりに他人の思考の跡をトレースする訓練(これが哲学科の演習科目の90%)では、さまざまなことを学んだように思う。ソクラテス的問い、イデア論、アリストテレス、懐疑主義、方法的懐疑、方法的独我、古典論理学、現代論理学、マッハ、マキアヴェッリ、ニーチェetc etc…。本当に齧っただけではあるが、哲学科で学んだことが視野を強制的に広げてくれたことは間違いない。だが、「哲学し」てはいなかった。哲学はそれ自体、「考えること」そのものとも解釈できる。この解釈もまた哲学することができるのだが、ともかく学生時代は西洋哲学・思想史を撫でただけで終わった。修士も頭をよぎったのだが、筆者から見ると(今でもそう思っているが)、大学院に残り、思索を続けていく人の多くが、(大変失礼ながら)思索に耽るというよりも思索に淫していると思えてならなかった。言い換えれば、社会的不適合を抱えた者がその不適合性に居直り、言葉遊びをしているようにしか見えなかったのだ。もっと有体に言えば、その生活が筆者には全く魅力的でなかった。(必ず筆者もそこに落ち込んでしまう恐怖もあった)不適合性のルサンチマン(怨念)は著者にも多くある。だが、それに居直る事はさっぱり美しくない。「哲学する」ならば、現代においては「バイト」でも「会社」でも「個人事業」でも何でもよいが、ともかく精一杯、思い通りにならない世俗と格闘する方が、より、「解る・気付く」ことが多いのではないかと考えた。当時はその考えも「自らへの言い訳」だと思っていたが、今、サラリーマンをしながら、さほど悪い選択ではなかったと考えている。

現在の関心事が、「恋愛」「仕事」「居合(趣味)」であると記した。自らがひどい俗物であることぐらいは了解しているが、学生時代から大して変わっていないあたり、苦笑せざるを得ない。だが、一つだけ前進したとすれば、現在の関心事を正直に書くことができるようになったことであろうか。かつてのカマトトな「似非インテリ学生」は「普通のサラリーマン」に成る事が出来たようである。このことは筆者にとって前進である。器用に「格好付け」自らに言い訳を繰り返すよりも、正直に関心事を追求することのほうが、難しいが何より美しい。葛藤は、今でも多く抱えているが、己の生活と格闘しながらの方が哲学することの知的快感を味わえるように思う。結果として、哲学科を選択した「タテマエ」がホンネに変わってきた。それは筆者にとって決して下らないことでは無くなった。

読者諸兄姉は如何だろうか?
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by seagull_blade | 2004-08-22 16:22 | philosophism
前回の『小売とマキャベリズム4』のコメントにて鋭いご指摘を頂き、またそれに対するレスポンスにて本編で記事にするといいながら、果たせていない。そこで今回はこれまでの整理を含め、ITから少し離れ、「インターミッション」として、記していきたい。
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【Q:コメントでのご指摘(I-watcher様)】
>「マーケットイン」と「カスタマーイン」の違いって、商品を供する企業の、業態の違いだけですか?ユニクロのように、百貨店が「カスタマーイン」の実現を目指すことは、そもそも業態として可能なんでしょうか。或いは、例えば伊勢丹ならオリジナル衣料の「BPQC」は「カスタマーイン」って呼べるのかな…
【Answer】
結論から申上げて、「業態の違いだけではない」となります。「カスタマーイン」とは、大きな小売業のあり方としての「マーケットイン」を更に発展させた発想と考えています。まず、この「マーケットイン」から考察します。

「マーケットイン」とは市場(market)から必要なものが引き寄せられる(pull in)という発想であり、これはそれまでの「プロダクトアウト」の反意語として出てきた言葉です。第二次世界大戦後の市場、殊に日本やヨーロッパなど、国土が戦場と化し、あらゆる生活物資が失われた場所・時期での生産活動/小売業では、消費者側のニーズは明確(なにせ何もないのですから)でしたので、供給側はある程度「作れば売れる」という論理が働きます。1975年あたりからこの発想ではモノが徐々に売れなくなり、どうすれば売れるのかという反省がおき、その際にそれまでの発想を「プロダクトアウト」と呼んだと思われます。商品(product)を市場へ押し出す(push out)する発想というわけです。その際、恐らく同時に「マーケットイン」という言葉が生まれ、それ以降の小売における指針となった訳です。

「マーケットイン」は一言で言えば「売れるものを作って売る」となります。つまり小売主導です。当然のようですが、それまでは「作れば売れる」(供給主導)訳でしたので、あらゆる試行錯誤が80年代から90年代にかけて行われました。ファッションに話を限れば、80年代にはDCブランドと呼ばれる、日本のアパレルが育てたブランドブームが到来しました。これも、市場が何を求めているのかを追求した結果の一つだと思われます。(「ブランド」については別項でご紹介したいと考えています。)また、この時期「マーケティング」という言葉が、経営層の間でもてはやされ、「マーケティング万能」のようなことがささやかれていました。あたかもつい最近まであった「IT万能」神話のようですね。しかし、この「マーケットイン」もバブル経済崩壊後、徐々に通用しなくなります。確かに「売れるものを作る」事は小売の基本ではあるのですが、不況になり、バブル期の熱狂が醒めると、「マーケットイン」の発想も大雑把なマーケティングであったことに、小売側も強制的に気付かされることになります。要するに「売れるもの」を作っているはずが売れなくなってしまったのです。

しかし、バブル経済が崩壊し、不況々々と言われるようになっても、日本の個人資産の総額は1,400兆円(2001年日銀)と言われ、潜在的な購買力は世界2位と言われています(首位はアメリカ)。この眠れるGDPの三倍の金額である1,400兆円(何処にあるんでしょうね(^_^;)という購買力をどうしたら引き出すことができるのか。そのような反省から、「カスタマーイン」という発想が生み出されたと思われます。

「カスタマーイン」とは「個人の要望に沿って作って売る」と定義できます。大雑把に「世代/年収/性別」に消費者をカテゴライズし、それに基づいた商品企画を行うという「マーケットイン」的な方法をもう一歩すすめ、個人の要望に沿って「オンデマンド」で商品を売ることが模索され始めた訳です。しかし、考えてみるとこれは相当難しい要求であるように思えます。来店した顧客が発した「こんなものが欲しい」という要求に「その場で」答える訳ですから、それまでの商売のやり方(ビジネスモデル)では対応できないことは明白です。それに一つの答えを与えたのが『ユニクロ』のファーストリティリングでした。商品カテゴリを「ヤングカジュアル」(の中の廉価なモノ)という狭い場所に絞り、その中で、あらゆる商品を(例えば60色のフリース・ジャケット)揃え、顧客の要求にその場で答えるという「カスタマーイン」の一つの形を実現しました。

ではその他の業態で「カスタマーイン」を実現することは出来ないのでしょうか?

この2年ほど、百貨店紳士服がそれなりの伸びを見せていますが、この中のキーワードの一つとして「パターンメイド販売」という言葉があります。例えば、ワイシャツならば「生地(テキスタイル)」「カラー(襟)」「カフス(袖口)」「シャツの形」などを店頭で顧客に選ばせ、既成のワイシャツよりもほんの僅かな価格上乗せで、その顧客の要望にあったシャツを仕立てるというものです。納期も通常の袖直し程度の期間で仕上がります。この方法はかなり浸透し、紳士服売上増の一つの大きな要員となっています。これなどは、百貨店における「カスタマーイン」の一例と言えるでしょう。また、伊勢丹におけるBPQCは西武系の良品計画(無印良品)への対抗とも位置付けられますが、カテゴリを狭め、その範囲内で考えられるあらゆるものを用意しておくという点では「カスタマーイン」的と言いうると思いますが、どちらかといえばこれは「生活提案型」と呼ばれる手法に近いかも知れません。
このように、供給主導(プロダクトアウト)⇒小売主導(マーケットイン)⇒消費者主導(カスタマーイン)と小売のパワーバランスは変遷してきたと考えられます。
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by seagull_blade | 2004-08-18 16:17 | career

『THE IDENTITY GAME』

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「全ての理屈は灰色さ。生命の黄金の輝きだけが緑なのだよ。」これはたびたび引用する悪魔メフィストフェレスの言葉である。ゲーテの『ファウスト』では、あらゆる学問を修め、それでも「何かを知りえた」気になることが出来ないファウスト博士にメフィストフェレスは冒頭の言葉を優しく投げかける。そう、恋や愛の中の陶酔を知っているか?肉の悦びを知っているのか?官能が学問なんぞで理解できるのかと。勿論、ファウスト博士は知らない。彼はそれまでの人生を学問に費やしたのだから。「全ての学問を修める」ような男が官能を追求している暇があるはずが無い。そして彼は官能の中に溺れてしまう。どのような本を読んだとしても、どのような師と対話しようとも、官能の何たるかなど知りえるはずもない。何も知らない男を染め上げるのは簡単なことだ。ファウスト博士はメフィストフェレスと『博士が満足したと言うか』という賭けをするのだが、当然、最初から勝ち目は無かったのだ。別にメフィストフェレスのような大悪魔でなくとも、極論すれば著者にだってこんな賭けには勝つことが出来そうである。

「本当の自分探し」少し前に流行った言葉だと思っていた。だが、今でも「自分らしい」「自分らしく」などという言い回しをよく見聞きすることから考えると、さほど一過性の流行ではないらしい。それはそうであろう。著者には「自分探し」がメフィストフェレスの言葉の変奏曲に思える。どこまでも自足しない自己肥大の欲望に対して「もっと肥大して良いのだよ。そうすれば更なる悦びが見出せるだろう。その悦びの中にいる君が本当の君なのさ。」しかし、誰にでも自戒はある。
「これ以上欲望を追求してはいけない。それは、どんなものかは解らないけれども一種の破滅への道である。だから、どこかで自足せねばならないのだ。」
「確かにそうだな。そんな難しい言い方をしなくても、そりゃ遊びすぎれば金も無くなるし、性欲が暴走すれば犯罪者になっちまうよ。でもさ、お前の周りを見てみろよ。楽しそうな奴は沢山いるじゃないか。」
「いや、彼等/彼女等は才能があるとか、運がよいとか何かしらの者に恵まれているんだよ。仕方がないじゃないか。」
「仕方が無い?それは逃げ口上だな。例えばテレビの中ではしゃぎ回って、しかもそれで金を稼いでいる連中を考えてみろよ。お前とあいつ等との間にどんな差があるっていうんだ? 顔? 今は多様性と個性の時代だよ。不細工であることを消費されている連中なんかいくらでもいるじゃないか。それでもお前さんよりは楽しく生きているだろうし、金も稼いでいるよ。実際、お笑いの連中に顔の良いのは少ないけれど、彼等は結構もてるよ。頭だって、お前さんの方が高学歴なんだし、難しい話だってできるじゃないか。」
「それなら、なぜ彼等・彼女等の方が楽しそうなんだ?差が無いというなら、おかしいじゃないか。やっぱり、それは何か特別な才能や運だと思うよ」
「…。あのねえ、俺は天才の話をしているんじゃないんだ。俺たち凡人の話をしているんだよ。奴等の方が上手くいっている理由?簡単じゃないか。自己実現だよ。自己実現。誰の中にでもある、可能性って奴さ。自分の中の可能性を否定したって始まらないじゃないか。奴等はお前さんよりほんの少し、それを伸ばしただけだよ。そう、もう少し『自分らしく』振舞っただけさ。」
「話がそれているよ。欲望の自足と『自分探し』に何の関係があるんだ?」
「だから駄目なんだよ。お前さんの言う自足を知るのは大事なことだが、今言った奴等は許されているじゃないか。金も稼いでいるじゃないか。あいつ等程度の『自分らしさ』が手に入れば、お前さんだって、稼ぎながら楽しく生きていくことができるのさ。」

こうして自戒は破られていく。単に「隣の芝生は青く見える」だけなのに。「本当の自分」という理想化された自分を探すことが、「自分らしさ」を生み出し、そうすれば楽しそうな他人と同じになれると思い込む。「地獄の入り口は何処にだってある」(メフィストフェレス)のに。それこそ、誰でも本能的にそれを避けて生活している。官能の悦びの傍らには、愛欲の地獄が控えているし、華やかな世界には必ずその華やかさ度合いにふさわしいネガの世界が待ち受けている。そして「自分探し」は何処にも存在しない「本当の自分」を探し回るという、無間地獄に陥るのだ。ひたすら「本当の自分」といいながら、それを仮託した他人を羨望しながら。

メフィストフェレスは嘲笑うだろう。「ははは。人間のなんと変わらないことよ。」と。

忘れてはいけない。メフィストフェレスは魅力的だが悪魔なのだ。自問自答の相手が、自らの心に創り出した悪魔でない保証は何処にも無い。そうしたものを相手にしたところで、目をふさがれるだけで、何も見えたりはしない。「自分探し」が無限的自己肥大の欲望の肯定としてしか使われない言葉だと気が付かない限り。そんなに簡単に「自分」というものが把握できるのならば、誰も本など書かないし、学問や宗教も成り立ち得ないだろう。

(西洋的)学問はかつてギリシアで始まった。「世界とは何か」「神とは何か」「自分とは何か」これらの事への飽くなき探求が現代の(科学や文学も含めて)学問を生み出した。そして「自分とは何か」という命題は未だに有効である。宗教もそれに答えようとしてきたし、現代思想は未だに悪戦苦闘している。生物学も「AGCTの塩基配列だ」等と嘯いてはいるものの、それだけでは全く説明になっていないことぐらいは自覚している。心理学は存在論との比較において「自分とは何か」という説明は出来ない。そう、これは本当に難問なのである。安易に答えを求めても無駄である。

Mephistopheles:ギリシア語。「愛してはいけない光」「光を愛さない者」の意。
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by seagull_blade | 2004-08-12 15:27 | philosophism
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「人は自分の見たい現実しか見ることができない」(ユリウス・カエサル)そんなことはない。見たくない現実も沢山世の中にはあるし、実際、認識してしまうではないか。否、むしろそのような現実の方が多いではないか。高校時分にカエサル(だったと思うのだが)のアフォリズムを呼んだ時に心に浮んだのはそんな反駁だった。また、10代後半迄の年代というのは結構正義感がつよく「偽善的」な物を見つけては反駁したがる年頃である。しかし、同時に10代とは、もっとも自己欺瞞の能力が強く発揮される年頃のような気がする。

あの頃にこの「春にして君を離れ」を読んだとしたら、「馬鹿な女だ。一面哀れでもあるがね。」などと嘯きながら、すぐに忘れてしまったに違いない。だが大した事は無いがそれなりに経験をし、若造ながらも30歳に手が届くというところで、この本を読み終え、大げさに言えば一種異様な感覚にとらわれた。ラストシーンの主人公の心の動きがあまりにリアルで、感動とも異なる・・・感覚、そう少しゾッとしてしまった。

ダイジェストを書くほどの文才は無いので、「春にして君を離れ」の簡単な粗筋を紹介すると『第2次大戦前夜、中年から初老の女性がバグダッドから英国に戻る旅の途中、砂漠で立ち往生に会い、有り余る時間の中で始めて自分自身と向き合う。そこで一種の回心(コンバージョン)があり、如何に自らが独善的で押し付けがましく、周囲の人間の意志を押さえつけて生きてきたかということを悟る。そして故郷で夫に再会すると・・・。』というような物語である。主人公の女性は「自分の考えが(常識に照らして)正しく、それ故に他人もそう考えるだろう」と考えがちなタイプである。著者はアガサ・クリスティだが、ミステリィではない。

当然の事だが、私達は自分自身の身体から抜け出て物事を知覚したり、理解する事は絶対にできない。この主人公の女性がしたように自分自身と向き合うことですら「自分」という枠組み、言い換えれば「実存」の中での出来事である。従って、真の意味で客観的に自分を知覚する(形容矛盾だ)ことも当然できないのである。さらに、我々には強力な自己欺瞞の能力が備わっている。冒頭のカエサル(多分)の言葉は10代の私が反駁したような底の浅い言葉ではないと思う。「見たくない現実だって見えてしまうではないか。」そうではなくて、現実と向き合ったときに知らずしらずにしてしまう自己弁護や、心の底から相手によかれと思って成したことや発した言葉も実はオナニズムを無意識に隠すための自らへの言い訳に人は気がつかないということなのではないだろうか。

実際、気が付いていない、或いは、気付きえない自己欺瞞は脇へ置くにしても、「無意識もしくは理性的には気がついているのだが、情動はそのことに気づきたくない為に、全体としては気がついていない事に後から気がつく事」は誰にでも起こるのではないだろうか。例えば、「あの時確かに、正しいと思って事を為した。しかし、失敗(不利益)の兆候は気がついていた(はずだ)。」と自問することは誰にでもあると思う。己を偽ることに気付かないような自己欺瞞は凡そ一般的に「正しい事」に則って自らが動いていると考えている際に最も強力に作用する。なぜなら、私達は自ら信じる常識や「正しい事」に照らし合わせ、そのギャップから自分の立ち位置を決めているからである。

そしてもうひとつ。縦しんば己の醜さやくだらなさに気が付いて、それを改めようと決意したとしてもそれはものすごく困難なことである。この物語の登場人物の一人に「聖人にはできたようだ」とアガサ・クリスティが言わせているように、常人には困難なことなのだ。反省などというが「反省」は過去を振り返ってこれからを改めるという意味ならば、それほど簡単なことではあるまい。たとえ、自らがこれからは変わろう(!)と決意したとしても周囲は勿論変わらない。本人の意思と周囲は無関係に存在するからである。そして当然周囲が、変わろうと決めた本人を以前全く同様に扱う中で、それに流されず変わることができるのか。クリスティはそれができたら「聖人」だと言っている。私は恥ずかしながら、聖人にはなりえない。いつも、失敗や自己嫌悪に陥った時に、これからは変わらなくてはと考えるが、結局暫くすると、元通りの自分を発見してしまう。

「春にして君を離れ」の主人公は相当にカリカチュアされているが、実際に自分が生きている中で、家族を含めて、他人にどう受け取られ、どのように影響を与えているかはわからない。決してわかることはありえないのである。それが他人の意思やひいては人生に最悪の影響を与えているとしても。その程度のニヒリズムを持って生きざるを得ないことを自覚することができれば、主人公ももう少し他人に興味を持つことができたのかも知れない。

もしも、自分の妻なり恋人なりが「無邪気な独善性」を大いに発揮するタイプだとしたら、どうなのだろう。愛なり子供なり世間体が介在していたとしたら、私はきっと主人公の夫のように、皮肉を偶にに交えながらも、その女性の独善に付き合ってしまうだろう。それが結果としてその女性を絶対の孤独に突き落とすことだとしても。悲しいことだが、こういったことでの己の無力さはよく知っているつもりである。

追記:
ningyo-hime様のブログ「人魚亭:人魚姫の冒険」(右下の「エキサイトブログ」にリンクがあります。)の記事で『春にして君を離れ』を知りました。その記事の中でコメントのやり取りからこの記事を書かせていただきました。ningyo-hime様、如何でしょうか?
興味深い本をご紹介いただきましてありがとうございました。何故か同僚の間で回し読みされています。
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by seagull_blade | 2004-08-06 21:47 | reading lamp

踊るアホウ。


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『^ハァ エラヤッチャ エラヤッチャ ヨーイヨイヨイ 踊るアホウに観るアホウ 同じアホなら踊らにゃソンソン』
先日、某商店街主催の阿波踊りパレードに参加してきた。以前にも書いたが筆者は商店街にある個人商店の息子であるので、子供時分から学生までずっと参加していたのだが、社会人となってからは時間が取れず、一度も参加していなかった。先月の人事異動後、忙しくなりつつも、深夜までの作業が大幅に減った為、今年は参加することに。

筆者は東京在住なのだが、どう言う訳か東京では徳島の阿波踊りがかなり盛んである。阿波踊りのグループは「連(れん)」という単位で呼称される。筆者の参加している「連」も既に30年以上の歴史があり、東京では最大の阿波踊り「高円寺」では昭和32年から毎年開催しており、今年で47年続いている。(高円寺商店街のHPによれば、阿佐ヶ谷の「七夕祭り」に対抗して「阿波踊り」を始めたとのこと。どちらにせよ節操はないが…) 現在では東京都内ではおよそ40箇所で阿波踊りが行われている。

地元商店街の活性化とお客様とのコミュニケーションを目的としているお祭りであるので、あくまでも主役は子供である。3歳から中学生くらいまでの子供たちが総勢70名くらいわらわらと踊っている。5歳くらいの子供が一所懸命に踊る姿は可愛いものだ。我が子の晴姿(と言うほどのことも無いが)を観に来ている親御さん達もご満悦のようであった。この親御さん達が商店街のお客様であるのは勿論である。

今回、筆者はお囃子として参加した。パートは大太鼓である。阿波踊りで使用される楽器は、一般的にリードの「鉦(かね:グリップのついた皿状のもの)」、メロディの「篠笛(しのぶえ)」、スネアにあたる「締太鼓(しめだいこ:つづみを横にしたような太鼓)」、バスドラムあるいはベースにあたる「大太鼓(おおど/おおだいこ:直径が1メーター程度の大太鼓)」の4つである。(これらに三味線を加えて5つという連も多い)基本リズムは符点の入った2拍子で極めて単純なので、どの楽器もさほど難しくはない。筆者は篠笛を除いてどのパートでもある程度できるので、参加する場合は、足りないパートを補うケースが多い。

6年ぶりに参加すると、商店街の世代交代がかなり進んでいることが目に付いた。大体、筆者の父の世代(昭和15年生~25年生あたり)が中心となって、祭りを進行していたが、今はすっかり我々のようなその息子世代が中心である。20代後半から30代前半のメンバーが中心となって、連を取り纏めている。また、技術もだいぶ向上しており、お囃子についても「正調」と呼ばれる基本のリズムだけでなく、かなり複雑なビートを刻んでいて、久しぶりに参加した筆者は着いて行く事がなかなか難しいほどだった。例えば、符点なしの6連符があったり、また「輪踊り」と呼ばれる一ヶ所に留まって見せる踊りもダンスの要素を取り入れた難しいものとなっていた。

「かなり練習したのだろうな。」と思いながら、なんとなく、筆者は違和感を持っていた。勿論6年もサボっていたので何等発言権はないのだが、この複雑なリズムや踊りがなんとも「しゃらくさい」ものに感じられた。3時間の熱狂の後、派手な着流し姿のまま入ったバーでハイボールを飲みながら考えてみた。(マスターが友人だとこういう時に助かる。普通は汗だくの着流し野郎が入ってきたら良い顔をされないだろうが、歓迎してくれた。ビールの無い店なので、冷たいものが欲しいときはいつもハイボールである。)

結果、違和感の正体は次の2つだと結論づけた。一つは「商店街の祭り」としてのものだ。前述したが、地元商店街の活性化とお客様とのコミュニケーションをこの祭りは目的としている。その為には「子供たちが楽しく踊ることができる」ことと「飛び入りも自由にできる」ことがポイントとなるように思う。その為には、あまりに難しいリズムでは踊りにくいだろう。実際、筆者が子供の頃は割と「飛び入り参加」が必ず5人や10人はいたが、今回は一人もいなかった。また、かつては、輪踊りもあくまで子供がメインで簡単な「決め」だけで、ある程度練習すれば誰でも楽しめるものだったと思う。勿論、大人による、一寸凝った演出もあったが、それはおまけであった。だが、今は逆転している。大人の輪踊りをメインとして子供たちの踊りが「前座扱い」に筆者には見えた。

もう一つは神事としての「祭り」である。確かにそもそも東京で阿波踊りというのがおかしな話だが、しかし徳島県では江戸時代(室町時代という説もある)より長く続いた祭りである。阿波踊りは盆踊りの系列にある祭り或いは行事であって、「踊り念仏」や「風流踊り」に連なる。盆踊りの意味は色々な説があるが、何れ宗教的な物とは切り離せないものであり、現代では徳島の伝統芸能である。祭りは何れの国であろうと、娯楽であると同時に「神事」という側面を持っている。娯楽であるからにはどんどん時代と共に変化していく部分もあるが、変化してはいけない部分もあるように思う。例えば、ある商店街の例だが、神輿を担ぐ祭りで、面倒だからと神社への宮入・宮出を省略したものがあるそうだ。しかし、それでは一体参加者は何を担いでいると言うのだろう?ただの化粧箱ではないか。
変拍子の阿波踊りも同じような違和感がある。
宗教的な熱狂や憂さ晴らしを表現するのに、6連符や変拍子は似つかわしくない。少なくとも地元の商店街では。そんなことを書いているほうがしゃらくさいかもしれないが…。

とは言え、久しぶりに「観るアホウ」から「踊るアホウ」へ。「同じアホなら踊らにゃソンソン」
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by seagull_blade | 2004-08-04 11:59 | bizarro life