Have a life outside of work.


by seagull_blade

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20代前半、女性ボーカルしか聴かなかった時期がある。へヴィメタルが衰退し始め、高校時代から続けていたロックバンドも一段落し、大学受験も終わってなんとなく気が抜けていた頃である。学生生活にあまり適応できず、日がな一日、本を読み、酒を飲み、音楽を聴いていた。今から見ればなんとも優雅な時期ではあった。その頃(1995年)日本ではUAが独特の声で『悲しみジョニー』を歌っていた。アメリカではアラニス・モリセット、シェリル・クロウ、そしてジョーン・オズボーンというパワーのある女性ボーカルがデビューした。アラニス・モリセットやシェリル・クロウはその後順調に売れていったが、ジョーン・オズボーンはレーベル移籍の問題などで今ひとつパッとしない。だが、筆者が最も気に入って聴いていたのはそのジョーン・オズボーンのデビューアルバム『Relish』である。UAも含めて4人に共通するのは低音と中音に張りがあり、色気と気だるさが入り混じるところだと筆者は思う。その頃のなんとなく憂鬱な気分に一番合っていたのが、この4人、とりわけジョーン・オズボーンだったのだろうと思う。a0012892_19315146.jpg

歌声を飲み物に例えると、ソフトドリンク系の歌声とアルコール系の歌声があるように思う。女性ボーカルに話を限れば、前者は高音に倍音が多く含まれ(殆どギターでいうピッキングハーモニクスのようだ)、中音域と低音域があまり豊かでない声である。聴いているとコーラやレモネードを飲んでいるようで、腹は膨れるけれど全く酔う事ができない。筆者にとって音楽はある程度酔わせてくれるものでなくてはならないので、どうも今ひとつ好きになれない。では後者のアルコール系はというと、高音域は多少の倍音が含まれるが、最も伸びやかなのは中音域で、低音にもある程度の潤いがある声である。筆者の感覚からすると、高音域の倍音が多く含まれていれば、華やかになり、ロングカクテルに例えることができる。また、高音域の倍音が少なく、どちらかといえば中音域から低音域が強い声なら、甘味が少なくアルコールの強いショートカクテルのようである。さらに低音域に潤いがあり、力強ければウイスキーのようなハードリカーに例えられるのではないだろうか。シェリル・クロウやアラニス・モリセットはロングからショートカクテルだが、ジョーン・オズボーンはウイスキーの声を持っている。

『St. Teresa』(セント・テレサ)は前述したデビューアルバム『Relish』の冒頭に収録されている曲である。夜の歌である。決して昼間に聴くような曲ではない。緊迫感のあるリズムへセクシーなベースが絡み、その上をジョーン・オズボーンのアルコール度数の高い声が流れる。本人がインタビューで語っているが「夜のニューヨークの街角にある恋の物語」である。とは言え、甘いだけの物語ではない。むしろ悲痛な物語である。「子持ち売人の女性に恋をする男の告白」という形で歌われる。インタビューで語られていた通り、本当に日常的な事なのだろう。日々を生きるためにドラッグと売春にまみれている女性を、主人公の男は「聖テレサ」と呼ぶ。そして、その女が立つ辻を「Corner St. Teresa」と名付け、男にとっては特別の場所になっている。そんな恋心を破滅的ドラッグに絡めてジョーン・オズボーンは歌い上げる。女性自身も中毒なのだろう「聖テレサ」は聖女であるが、ローマのサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会にあるベルニーニの「聖テレサの法悦」が知られているように、エクスタシーを連想させる聖女である。

きっと恋の行き先は苦しみが待っているだろう。決して幸福にはなれないだろう。それでもなお、愛しさを募らせるこの男の心情を歌うこの曲の方が、世の幸福な恋心を歌った曲よりも遥かに筆者は共感できる。どれほどの悪女であってもどんな悪所に身を沈めた女であっても、惚れてしまえば聖女に見える。

そういう物語を例のウイスキー・ボイスで歌い酔わせてくれるジョーン・オズボーンはもう少し評価されてもいいシンガーなのではと筆者は思っている。

Just what I been needin', feel it rise in me.
She said, "Every stone a story, like a rosary."
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by seagull_blade | 2004-07-23 10:37 | musique

居合うということ。

a0012892_13506.jpgCareerのカテゴリばかり記事が増えていくので、たまには別のものをということで久しぶりに居合のはなしを書いてみたい。(『流通業界とIT』シリーズを楽しみにされている読者諸兄姉には申し訳ありません。)居合を始めたのは昨年の11月でようやく半年になった。まだまだ初心者の域を抜け出ない。だが僭越ながら、少しずつ面白さが解ってきたような気がする。前にも記したが筆者が入門した流派は「水鴎流」である。日本には数多くの流派があり、華道や茶道のようにそれぞれに「宗家」がおり、水鴎流は15代勝瀬善光氏である。一度お目にかかったが元フジテレビアナウンサーの露木茂氏風で演武を見た後でなければ武術家という感じの方ではなかった。

「剣術」は大和時代以前まで溯れるようだ。古くは「撃剣(げきけん)」とよばれていたらしい。だが居合術に限れば西暦1550年頃の林崎甚助源重信を祖とする。諸説あるようだが、まずは林崎公を居合の祖としても良いようだ。殺された父の敵討ちのため、如何にして相手よりも早く抜いて討ち果たすかを追求した結果「居合」が生まれたといわれている。当時は「抜刀術」と呼ばれた。こちらの方が解り易い。林崎公は無事に仇討ちを果たし、「林崎流」を創始した。(因みに「林崎流」は現存し、他の流派よりも長い太刀を使うことで知られている。通常よりも長い剣を鞘から引き出す技を「卍抜け」と称するらしい。)

林崎公を祖として「夢想直伝英信流」や「夢想神伝流」という流派が生まれる。この2つは現代の全日本剣道連盟(全剣連)へつながる大きな流派となった。とは言え、これ以上の流派についての考察は「剣豪 その流派と名刀」(牧 英彦著:光文社新書¥819)あたりを読んでいただくことにして、居合という言葉について少し掘り下げてみたい。

前述したが「居合」は「抜刀術」と呼ばれていた。読みはどちらも「いあい」であるらしいが(本当か?)「居合」という言葉は江戸時代に定着したようである。「居合」の方が解りにくい呼称であるように思えるのだが、これは「立合い」という言葉の対概念である。「立合い」という言葉は現在でも大相撲などで使われるが、辞書によると『立合い』は「相撲などで力士が仕切りの後に立ち上がること」となっている。剣術においてはお互いに剣を既に構えた状態で戦うケースを「立合い」と呼ぶ。一般に剣術と呼ばれるものはこちらを指しているようだ。これに対して「居合い」は「居合わせる」という言葉があるようにたまたま「居合わせて」しまった状態から戦うことである。つまり、抜き身の刀を持って歩くはずはなく、刀が鞘に収まっている状態からどのような姿勢であれ斬り付けること「居合」と呼ぶ。従って「居合」の形は普通に歩いている、或いは正座をしている状態から始まるものが殆どである。

ここからは素人の所感と憶測になってしまうのだが、水鴎流居合術は凡そ400年前に林崎流から分派した流派である。(剣術としては塚原卜伝の卜伝流の流れを汲むらしい)さて1500年代後半といえば室町時代の末期であり、戦国時代真っ只中である。水鴎流は居合だけではなく「剣術」「薙刀」「仗術」「相薙刀」「小具足(体術)」「脇差」「鎖鎌(併伝正木流)」等が伝えられており、静岡県下での総合武術の観を呈しているが、戦国時代に創始されたことを考えるとなるほどと頷ける。また、その特徴は「実戦的」と言われている。著者の感覚でも確かに実戦的である。筆者の通う場所へは他流派の方も出入りしていらっしゃるが、どう見ても水鴎流の方が合理的な動きをしているように思える。

ところで「実戦的」とはどういうことだろうか?例えば相手の脛を狙って斬り付ける(これを抜き付けと呼ぶ)ことが挙げられる。流派によっては「卑怯」ということで禁じ手としているところもあるようだが、水鴎流には形として存在している。しかも「相手の顔を見ながら」脛に抜き付けるのだ。また、剣道における「小手」もあるが、小手への抜きつけは可能であれば指を狙う。指を落としてしまえば戦うもヘッタクレも無くなってしまうからだ。更に正座からの居合(一般的にはお互い刀を腰に差したまま相座す事など無いので、修練用といわれている)にはこんな技もある。実際に刀を持ったもの同士が相座す(お互いに正座で対面する)場合、刀を腰から引き抜き、右手横に置く。こうすればいきなり左手で刀を抜くことは出来ないので、敵意の無いことを表明する意思表示となっている。しかし、水鴎流のある技では右側に置いた長刀を右手で掴み、そのまま柄で相手の顔を殴り(柄当てと呼ばれる)、左手で抜刀し相手の水月(みぞおち)を突く。

これらの技が一般にイメージされている武士道という名の倫理規範と結びつくだろうか?不意打ちやフェイントを多用したこれらの技が「卑怯」であることを最も嫌うとされる武士道と結びつくのか?

「ラストサムライ」や「たそがれ清兵衛」で、忘れられていた「武士道」という美意識が何かブームのようになっている。また、かつての日本人が「武士道」という規範で動いていたかのような言われ方がなされている。自国の歴史や伝統に誇りを持つことは大変良いことだと思うが、本当に「武士道」が日本人の規範だったのだろうか?もっと言えば、侍の倫理基準であったのだろうか?そうではなくて、やはり明治時代にキリスト教文化をもつ国々と交流を持ったなかで、一つの方便として今言われている所謂「武士道」が流布されたのではあるまいか。「葉隠」に代表される美学としての武士道は筆者も決して嫌いではない。だが、美学とは一種のダンディズムであって一般的になることはありえないと考える。ダンディズムは他者と異なる美意識を持ち、体現すべく努力するということだと考えるからだ。それを一般化して語りたがる「サムライ・ブーム」はあまり好きになれない。

「抜かば斬れ 抜かずば斬るな この刀」居合の心得として引合いにだされるこの句は美学でありこそすれ、決して一般的な倫理規範ではありえないと筆者には思える。必殺(必ず殺す)の技を学びつつ、決してそれを使わない。戦国時代の殺し合いの中で生まれたこれらの技から学ぶことは「克己の美学」を学ぶことに他ならない。一種の自己陶酔ではあるが、この自己陶酔を集団陶酔にしたがる、馬鹿者が減ることを祈るばかりである。

文章にするとどうしても大げさになってしまうが、筆者が居合を学ぶなかで感じた違和感である。とは言え「居合」は年齢にあまり関係なく、まして性別には全く関係無く、始めることの出来る武術である。筆者は東京在住だが教えている道場は沢山ある。もし興味をもたれたら、一度見学に行って雰囲気を確かめてから始めてみてはいかがだろうか?
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by seagull_blade | 2004-07-18 13:51 | swordplay
a0012892_13458.jpg前回からだいぶ間が空いてしまったが、ようやく再開できる状況となったのでシリーズを再開させていただくことにする。

さて、前回まで凡そ小売、ことに百貨店における顧客情報の活用について紹介してきたが今回からは『プロダクトアウト』『マーケットイン』『カスタマーイン』『売上仕入』をキーワードにどちらかといえばマーチャンダイジング(MD)側から小売業について紹介したい。

よく言われていることだが、戦後から今までの流通・小売のあり方として「供給側主導から小売主導へ」と変化している。言い換えるとメーカーが「何を売りたいか」ではなく、消費者が「何を買いたいか」に市場動向が依存するようにシフトしてきたということである。供給側(サプライヤー)主導を一般に『プロダクトアウト』と呼び、小売主導のことを『マーケットイン』と呼ぶ。

まず、ざっと戦後の動向を整理すると、1960年代から70年代半ばまでが『プロダクトアウト』の時代であり、市場に供給されるモノは生産者が決定していた。要するに高度経済成長期においてはマーケットのニーズやウォンツが明確であり、消費者は「欧米並みの豊かな生活」を目指していた為、生産者側は「供給量・スピード・確かな品質」という項目に全力を注いできた。「三種の神器」という言葉に象徴されるようにユーザの嗜好は同じベクトルを示していた。

70年代後半から80年・90年代の20年強が狂乱のバブル時代である。このあたりから消費者の志向は多様化してくる。現在に比べればまだベクトルの方向性は同じではあるものの、流行に敏感な世代から「他人とは一寸違う」ことを求め始め、日本のアパレルメーカが育てたDCブランドが幅を利かせてくる。この時代の初期からプロダクトアウトの発想では商品の売上は先細りとなり、マーケティングという言葉が頭をもたげてくる。そして90年のバブル崩壊とともに供給主導も崩壊する。要するに作れば売れる時代は終わってしまったのである。

90年代の「平成不況」時代、デフレデフレと騒がれ、モノが売れない時代と言われ始めた。ようやくマーケット主体の売り方が模索され始める。マーケティング万能的な言い方がなされ、IT(情報システム)もマーチャンダイジング主体のものへと変化してきた。例えば、伊勢丹では「新MDシステム」が93年から稼動を始めている。しかし、買い控え時代は続き、マーケティングをもう一歩深い物にする試みが為され始め、さらに生産から販売までの流れをもう一度見直す取り組みとして「SCM(サプライチェーンマネジメント)」の実現が模索され始めた。この「供給鎖の回転速度」が向上すればマーケットの変動により素早く対処できるという思惑が働いたわけである。

90年代後半から2001年に掛けて、『マーケットイン』の流れの中で「カテゴリーキラー」と呼ばれる企業が台頭してきた。その代表格はなんと言ってもユニクロ(ファーストリテイリング)である。ヤングカジュアルに事業カテゴリを絞り、企画・デザイン・生産・物流・販売の一気通貫の仕組みを作り上げ、強烈なスピードで成長した。SCMどころか、全てを自前でこなすことで、市場の雰囲気が形成されるより更に早く消費者の志向をすぐに商品へ反映してしまうという、このことのもたらす流通業界へのインパクトは大きく、やり方によっては、決してモノが売れないわけではないということを証明した形になった。このような市場動向を超えて個人動向を商品に素早く反映させることを『カスタマーイン』と呼ぶ。

さて、次回はこうした時代背景の中で専門店・百貨店がどのような対応をしてきたのかを具体的に紹介してみたい。
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by seagull_blade | 2004-07-12 13:46 | career