Have a life outside of work.


by seagull_blade

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シャーロキアン。

a0012892_15326.jpg去年の年末、新潮文庫刊のシャーロック・ホームズシリーズを片端から読んでいた。シャーロック・ホームズはNHKのTVドラマでたまに観ていたが(先日、俳優の名が「ジェレミー・ブレット」であること、製作がグラナダTVであることを教えていただいた)、ミステリに余り興味が無かったからかさほど関心が無かったと思う。確か広川太一郎あたりのアテレコで犬のホームズアニメも放映していたのも手伝って勝手に「子供向け」と思っていた。(広川太一郎のアテレコは今思えばなかなかはまり役だったとは思うが)

社会人となってからミステリを読み始めた。阿刀田高・宮部みゆき・京極夏彦・大沢在昌からはじまって、高村薫・乃波アサ・森博嗣etc・・・。(まだまだ初心者)
さてお次はと本屋で物色し、以前から気になっていた「QED」シリーズを読んでみることに。著者は高田崇史(たかだたかし)。メジャーなのでご存知の向きには蛇足だが、博学強記の薬剤師が民俗学に絡んだ事件を解決していくというもので、京極夏彦の京極堂シリーズに微妙に近いが「QED」シリーズの方がより洒脱であると思う。

早速買い込んで当時出版されていたシリーズをあっという間に読破してしまった。その中で私が最も唸らせられたのは「QED-ベーカー街の問題」というシリーズ3冊目である。ネタ晴らしをしても仕方が無いので詳細は省略させていただくが、民俗学的なテーマの多いこのシリーズでシャーロック・ホームズを取り上げたこの巻は異彩を放っていた。この本を通して「シャーロキアン」なる言葉を知った不勉強な私だが、ともかくホームズ譚に触れてみるべく(そんな大げさなことではないのだが・・・)、新潮文庫でまず「緋色の研究」を購入してみた。実は中学生時分に購入したことがあると思うのだが、なんとなく読めずどこかに行ってしまった。なので余り期待せず読み始めたのだが、気が付いたら聖典(カノン)とシャーロキアンの間で言われているホームズ譚は一気に読み終えてしまった。だんだんと自分の中のホームズに形が出来上がり、感情を持つようになり読みながらホームズが登場すると一種安心感が出てくるようになる。本当に魅力的なキャラクターだ。

シャーロキアンとはシャーロックホームズ・ファン/マニアの総称で世界中にシャーロキアン・クラブがあるらしい。「QED」の受け売りだが、中でも「硬質のシャーロキアン」達はホームズを実在の人物同様に捉え研究しているとのこと。ホームズ譚はアガサ・クリスティが指摘している通り矛盾も多いのだが「硬質の」方たちは、「ワトソン博士の書き間違いだ」としたり、「何か隠された意味があるのではないか」と研究したりしている。

シャーロック・ホームズシリーズを読んで「シャーロキアン」達の気持ちが少しだけわかった。「QED-ベーカー街の問題」で主人公がフィクションを研究してどうするのかという問いに対して「シャーロキアン達は虹を追っているんだよ」と答えたセリフがとても洒落ていた。QEDとホームズは、私にとって幸福な読書の連鎖であった。
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by seagull_blade | 2004-05-31 15:04 | reading lamp

気楽に生きる権利。

a0012892_145015.gif新聞やWEBを読んだり、テレビやラジオを見聞きしていると、かつてどこかで読んだ「気楽に生きる権利」というのは我々日本人にはなじまないなと感じる。

「気楽に生きる権利」奇異な言葉だが、要するに、難しいことは偉い人や頭の良い人に任せておいて(権限を委任し)、大衆は気楽に生きていくことができる(権利を有する)ということ。とても無責任に感じるが、この言葉を初めて知った学生時代にはちょっとしたショックを受けた。

筆者の学生時代はバブル崩壊後数年で就職氷河期などと言われた頃であったためか、バブル期的な超お気楽学生は少なかった。とは言え大抵の学生は暇に任せてバイトやら色恋やらに熱中していたし、筆者もありがたいことにバンド・バイト・色恋に夢中であった。それでも、やはり青臭い学生であるから小難しい本を読んでは議論をしてみたり、悲惨なニュースを見ては不幸を一人で抱え込んだ気になっていたものだ。デキスギ君よろしく勉学に励んではいないが、まあそれなりに真面目に生きていた頃、「気楽に生きる権利」という言葉に出会ったのでショックを受けたのだろう。

最初は反感をおぼえたが、すぐにしたり顔で友人等に話してみたりしたと思う。「欧米では一部のエリートだけがノーブレス・オブリージュを果たして、多くの人には気楽に生きる権利があるんだよ」とかなんとか。大衆は別段文化的である必要もないし、自分の快楽を追い求めればそれでいいのだと。そしてエリート達は特権を付与する代わりに難しい事柄を解決する義務がある。だが筆者は微妙に違和感を感じていた。

その後、イギリスへ何度か旅行する機会があった。数あるヨーロッパ諸国でも最もクラス(日本語で「階級」とすると微妙に意味が違うと思う)が意識される国である。ロンドンのビュッフェ形式のパブで昼飯を食べていると、おかしなことに気が付いた。トレイに食事を載せて自席まで運ぶ。ここまでは誰もが同じなのだが、テーブル毎に全員トレイから、食器をテーブルに移して食事するグループとそのままトレイから食べるグループにきれいに分かれているのだ。そしてそれはそのまま彼等の身なりに反映していた。即ち、前者はスーツ或いはカジュアルであってもきちんとしているが、後者は何処となく汚らしく、英語の下手な筆者でも言葉遣いが荒い事ぐらいは解った。恐らく卑猥な話でもしているのだろう、下卑た笑いが聞こえ、すぐ隣のテーブルは明らかにランチを兼ねた会議をしている。「なるほど、これがCLASSというものか。確かにお互いが全く相容れない雰囲気だ。」筆者はそんな風に考えながら、トレイから食器を下ろして食べていた。我々日本人にはクラスなど何の関係もないが宿泊先が縁があってオックスフォード大学の客員教授寮だったのだ。もしここでトレイのまま食事をしたら、クラスが違うと思われ相手にされなくなる可能性もある。

「気楽に生きる権利」とは、かくも明確な区別を前提にしている概念なのだ。そこまで考えた時、筆者の違和感の正体がなんとなく解った。つまり、こうしたクラスを平然と受け入れる国柄であれば、「エリート」の概念に悪いニュアンスは含まれないであろう。だが、世間という一種の神格に縛られ、村八分という言葉を生み出してしまう我々には、実際には「気楽に生き」ているにもかかわらず、世間という和を乱さないようにする(世間という名の神の怒りをかわない)為に「エリート」と「大衆」という分け方を嫌う。エリートは即ち特権的でありマレビトであり、必要悪としてしか我々は認識できないのではないだろうか。もっと有体に言えば「出る杭は打たれる」国柄に「気楽に生きる権利」は生み出せないということである。少なくとも筆者はイギリス社会のクラスが強調される面には馴染めなかった。筆者がエリートでないということもあるだろうが、では日本の高級官僚達がクラス社会を歓迎するかといえばそうは思えない。自分たちが支配階級であることを巧みに隠しつつ維持していくほうを選ぶだろうと筆者には思える。

我々は話題となるあらゆる(社会)問題に関心を払い、一家言を持っていなくてはならないと考える傾向にあるようだ。それは恐らく我々の平均的なレベルを持上げる効果がある。だが、誰もが口出しするが故に、思い切ったことも出来ないし、「気楽に生きる権利」も生み出さない。どちらが良いも悪いも無いが、近頃肩に力の入りすぎた報道や評論が目立つ気がする。どうにかしてもう少し脱力できないだろうか。
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by seagull_blade | 2004-05-30 14:51 | philosophism
a0012892_135034.jpgよく本を一冊もってBARや居酒屋に足を運ぶ。読書のスペースとして酒場はそんなに悪くないと思う。私の場合は、「活字が読めなくなったら引き上げ時」で飲みながら読書している。そんな中で興味深い本などを紹介するカテゴリを、このページを読んでいただく読者諸兄姉へ多少の参考になれば、と考え「reading lamp」を追加した。
(一人称を「筆者」とすると混乱するので「reading lamp」では「私」とします。)

学生時代、評論めいたものは散々読み漁ったので最近はすっかり小説などが多かったのだが、このブログサービスで利用させて頂いているEXCITEジャパンの「週間エキサイト-エキニュー総研-」で小浜逸郎氏のインタビューが紹介されており、読んでみたいと考えていた。先日紀伊国屋書店で見つけたので早速購入し、居酒屋へ。

「誠実な男性論」というのが第一の感想。私は不勉強のため、ジェンダー系評論は正直「下らない」と一刀両断したくなる文章しか読んだことが無かった。だが小浜氏の論考は飛躍も無く、私の皺の少ない脳でも十分に分析やその伝えたいところを理解することが出来た。

フィリップ・マーロウではないが「男は強くなければ・やさしくなければ」という一種の呪縛に私は囚われている。かつて読んだジェンダー関連の書籍では「そのような呪縛は幻想だ!克服しなくてはならない。」という主張が大勢であった。

別段、私はマッチョ的な男性像を正としている訳ではない。しかし、ある程度の「男らしさ」や「大人としての振る舞い」は、世の中或いは女性から要請されていると思う。また、理由は判然としないが、男らしさを発揮することは「正しい」という感覚が私にはある。
そういったもやもやとした「不安」に小浜氏はそれなりの形を与えてくれる。

私が思う本書の白眉は、竹中英人氏の『男は虐げられている』を引用してそれに対する反駁、むしろ大人として諭す部分だ。竹中氏は20代らしいのだが、「恋愛は女性が男性から搾取するシステム」と主張している。私自身たいしてもてないし、振られてばかりだからこうした主張になるのはわからないではない。凡そ、20代での恋愛はバブル期に流行った「アッシー・メッシー」よろしくそのような形を取りがちだ。竹中氏の主張はそうした中から出てきた恨み辛みとも取れる。これに対して小浜氏は「そういう構造になっているからだとしか言いようがないのである。要するに、これはある程度まではしょうがないとあきらめるしかないのだ。」と回答している。そうした構造を男の側が支えている部分は決して小さいものではないし、それを忘れるわけには行かない。と、小浜氏は主張しておられる。

この書評めいたもので全てを引用するわけには行かないから、読んでいただくしかないのだが、小浜氏の回答は十分に誠実である。私もこの説明を読んで納得できた。小浜氏の主張は「父権主義・男根主義」というテーゼと「フェミニズム・ジェンダーフリー」というアンチテーゼに対して「ジンテーゼ」を与えようとする試みだと私は思う。そうすることでしかヒステリックに叫んだり、陰湿にいじけて見せたりする惨めな態度を改めることはできないのではないだろうか。我々「男」は。
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第1章 「男らしさ」は必要なくなったか
第2章 いつ「男」になるのか
第3章 男にとって恋とはなにか
第4章 「中年」と「父親」をどう乗り切るか
結論に代えて―体験的視点から
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by seagull_blade | 2004-05-27 13:51 | reading lamp
a0012892_175424.gif写真のベースはIbanez社製ATKというエレクトリック・ベース。筆者が主に弾いているベースである。といっても今ではすっかり手慰み用と化しているので、だいぶ拗ねているかもしれない。Ibanez社の楽器は10年程前、へヴィメタル全盛期に大ヒットし、多くのギター小僧が使用していた。金髪で皮ジャンのミュージシャンが弾いていたとんがったギターを覚えておいでの方もいらっしゃるだろう。ATKシリーズは同社の製品の中では目立って方向の異なる楽器である。¥50,000-程度の楽器としては十分な音を出せ、見た目も保守的な外見をしている。もっとも筆者の腕では高級な楽器を弾いたところで変わらないが。モコモコとした音を作っても芯が残る音になるあたりとても気に入っている。

筆者がベースを弾き始めて11年。歴だけは随分と長い。高校の学園祭を皮切りにライブもそれなりに行った。Guns'N Roses・Motley Crue・BonJovi・QUEEN・MrBIG・EXTREAM、あるいはMadonnaやらNoDoubt、果てはスピッツや椎名林檎・BONNIEPINK迄。こうしてみると本当に何でも屋的に曲を弾いてきたようだ。今の(サラリーマンとしての)仕事振りと変わらないような気がする。

この先ミュージシャンとして生きる気は更々無いので、別にかまわないのだがベースを手にとって最初の1年間だけ進歩して、初心者を抜け出した。だがそれ以降、一向に上達しない。(このあたりも社会人としての成長のようだ)とりあえず弾ける。だがこの先になかなか到達できない。今でこそさっぱりだが、学生時代はそれなりに練習したような気がするのだが。10年間、まさに十年一日の如くである。

だが最近はこの「ちょっと弾ける」という状態でよいのではないかと思い始めている。何もプロとして生きるわけではない。ただほんの少し余技として楽器を弾く。すると少しだけ弾かない人よりも音楽を楽しむことが出来る。プロのミュージシャンの凄さも少しわかる。ベーシストだけではない。ピアニストやヴァイオリニストも楽器を弾かない人より少しだけ尊敬することが出来る。正確なリズム、間違うことの無いメロディ。それを実現するために相当の苦労が必要なこと。それを少しだけ知ることが出来る。

筆者の全く上達しない10年間もこう考えると多少は意味が見出せる・・・ような気がする。
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by seagull_blade | 2004-05-24 17:55 | bassplay

女優と俳優と電通マン。

a0012892_141815.jpg先日、釜飯屋で女優・俳優×2と食事をしていた。なぜ一介のサラリーマン(SE)である筆者がそんなメンバーで食事をしていたのか。
居合術には剣術も含まれる。「ラストサムライ」や「たそがれ清兵衛」以降、所謂チャンバラではなく、ある程度まっとうな剣術が注目されるようになった。同じ予定調和でもチャンバラと剣術ではかなり迫力が違ってくる。本来舞台で行われたチャンバラでは現代のリアルな映画にそぐわなくなってきているのであろう。尤も、筆者はリアルであればよいと思っているわけではないが。そんなわけで、居合術に付随した剣術はリアルな殺陣として、それなりに認知されてきているらしく筆者の属するところにも若手の俳優や女優が出入りしている。稽古のあとで俳優Iくんに誘われ食事に行った。
許可を取ったわけではないので名前は記さない。以下、釜飯屋での会話。
俳優I:「かわいいでしょ。いま一押しの子ですよ。」
筆者:「俺に売り込んでどうする。大体、マネージャじゃなくてI君も俳優じゃない?」
俳優I:「いやいや、俺何でもやるっすから」
筆者:「大体先輩然としているけど、どっちが年上なの?」
女優T:「23歳です。」
俳優I:「同い年ですよ~」
俳優T:「・・・俺も同い年だよ」(本当は32)
筆者:「・・・それなら俺も同い年だ。」(本当は29)
俳優T:「この話題はやめよう。大体Iは26だろ。」
俳優A:「いや25っす」
筆者:「かわんねえよ。Tさんは出身どこなの?」
女優T:「東京です。自由が丘」
筆者:「へえ。」
筆者の正面に座ったTさんはとても目の大きい美人。ここまでまじまじと女優の顔を見たことは無かったが、なるほど女優というのは美しいものだなと実感した。売り方にもよるだろうが、商売道具となる顔とはこういうものなのだ。だが、正直目の大きさにちょっと圧倒される。ブラウン管を通すと別に気にならないのだが、目の当たりにすると大きな瞳が少し異様なくらいだ。だが、まだ有名とは言えない彼女は偶々美しく産まれついただけである。今後どうなるかは彼女次第なのだろう。
俳優Iの携帯電話へ引っ切り無しに着信がある。
俳優I:「(着信音♪)お疲れさまっす!(・・・席を立ち外へ)」
俳優I:「(戻ってきて)○○さんからだよ。すぐ切れた。」
俳優I:「(着信音♪)お疲れさまっす!(・・・席を立ち外へ)」
俳優I:「(戻ってきて)やっぱり切れる。電波悪いのかな」
俳優T:「良いから飯食えよ。」
だがその後もなんどか電話があり、Iくんは折り返しのコールを入れるのだが結局つながらない。だがIくんは「もういいっすよ」とか言いながら物凄く電話を気にしている。
女優T:「気にしすぎだよ。○○さんはもう電話したことすらわすれてるって。」
俳優I:「そうだよな。うん。そうだ。」
しかし、食べながら何度も電話している。一寸この世界の大変さを垣間見る思いだ。Iくんはさっきの電話が何か自分への仕事につながるかもしれないという思いでいっぱいなのだ。或いは俳優や女優にとって重要なポストにいる○○さんの機嫌を気にしているのかもしれない。筆者がここまで電話を気にするのは付き合っている女性との別れ際くらいだ。こうしたIくんをみていると「月収10万っすよ。きついですよ。」と笑う彼をとても応援したくなる。彼とていくつかの映画に出演し、今後もあるそれなりに知られた番組の出演予定が決まっているのだ。それにしてこの扱いとは。フリーで食べていくのはとんでもないことだなとサラリーマンの筆者はぼんやり考えていた。
彼等はセリフ合わせのため台本を覚えるということで一滴もアルコールを口にしなかったので、彼等と別れ、筆者は別の店へ飲みに行くことにした。前にも記したSURというバーである。

「ギムレットにはまだ早すぎるね。」フィリップ・マーロウは言った。レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ(THE LONG GOODBYE)』の一節だ。「ジンとローズのライムジュースを半々に。」などとは筆者は思わないが、いろいろな物語がこびりついたギムレットは筆者がわりと注文するカクテルである。ドライ・ジン3/4にライムジュース1/4を加え、氷とともにシェイクする。アルコールはきついがマティーニほどではない。少しづつ酔っ払うには最適なカクテルだと思う。台風の日だったので空いているかと思いきや店は満席。バーテンもマスターも大忙しだ。読みさしの本を読み耽っていると、流石にみな帰りは早く、マスターに声をかけられたとき、客は筆者と若いサラリーマン風の男性だけになっていた。
「それなんです?」「ああ、実は日本刀です」「え?!」「居合を習っているんですよ」「見せてもらっていいですか?」「もちろん。どうぞ。」
ここでもう一人の男性が話しに割り込んできた。「あ、私剣道やっていたんですよ。私にも見せてもらっていいですか?」
その後、若い女性には珍しく司馬遼太郎ファンというバーテンを巻き込んで延々と居合談義。その中で冒頭に記したような「師範が殺陣も指導するから俳優や女優も出入りする」という話が出た。男性が「何処の事務所なんです?その方達。」と訊いてきたので「○○○(事務所名)ですよ」と答えると彼は知っていた。筆者は別に芸能界に詳しいわけではないが、普通は事務所の名前なんて知らないだろうと思い、なぜ知っているのか訊ねてみると「電通関係なんですよ」とのお答え。なるほど、それならば知っていてもおかしくは無い。「居合を是非やってみたい!」と言い出し、バーテンに「動機が不純なんじゃないの?」と突っ込まれていたが、筆者に名刺をくれた。(翌日、師範のメールアドレスを案内した)
女優と俳優と電通マン。筆者とは縁もゆかりも無い人々と食事したり、酒を飲んだり。なかなか味な一日だった。結局筆者はギムレットに飲まれ一人閉店まで。翌日も仕事なのに。「やれやれ、ギムレットには早すぎるね。俺も。」

出会いとはおかしな物である。
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by seagull_blade | 2004-05-23 14:19 | bizarro life
a0012892_1745.jpg語り尽くされた感のあるSTINGの「Englishman In New York」。筆者のもつiPodではかなりヘビーローテーションで再生されている。これほど知られている楽曲で何度聴いたか解らないが筆者の中では陳腐化しない。JAZZの雰囲気満点だがビートは裏打ちでミドルテンポ。内容はご存知の通りイギリス人がアメリカを皮肉るという物だ。たくさんのパロディが作られた曲でもありShine headの「Jamaican in New York」あたりは結構ヒットした。当てこすりの当てこすりというパロディが作られてしまうあたりが何とも「イギリス人」なところの一つではあるまいか。

「A gentleman will walk but never run」という一節が出てくる。お気に入りの一節だ。「紳士(たるもの)は歩きこそすれ決して走らない」とでも訳せばよいのだろう。原意は「実力主義・市場経済」という名の「無秩序な弱肉強食社会」であるアメリカへの皮肉である。何処へ行ってもそう簡単に郷に従うことを良しとしない英国人の気概がこの一節を書かせたのではないか。

イギリスへはどうした訳か縁があって何度か足を運んだことがある。また何故か知り合いも少しいる。彼等の特徴は何処へ行ってもスタイルを変えないということだ。

いつも勝手に連想するのだが、何かの本で読んだ幕末から昭和初期にかけて生きた女性へのインタビューの中で「それは立派なものでしたよ。常に背筋を伸ばして、決して走ったりせず堂々としてました。」と侍がどんなものであったかを答えていたことを思い出す。

悔しいがヨーロッパに現在でもかなわないと考えてしまうのがこの点だ。ブリティッシュ・ジェントルマンがイギリスの一つの理想形であり、イギリスでなくとも、あの陽気なイタリアにさえ「ジェントルウォーミニ」という言葉があり、今でも決して悪いニュアンスの言葉ではない。言わば、自らを理性で規制することで誇りを維持している人々がおり、また彼・彼女等が一定の尊敬を集めていることだ。日本において「エリート」は侮蔑の意味を含んでいるが、ヨーロッパにおいては悪い意味はないように。

最近、この曲の皮肉の対象が日本も含んでいる気がしてならない。
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by seagull_blade | 2004-05-20 17:05 | musique

部下。

a0012892_1331.jpgサラリーマン歴6年。まだまだ若造であるが、それでも学生時代や新入社員時に比べると新鮮な経験をすることが減ってきた。ある程度の経験を積んできたと言うことではあろうが、たまには新しい経験をしたいと思うことが多い。

今のところ、筆者は流通系IT業界のSI(システムインテグレータ)企業で新卒から働いてきたが、OJT(On the Job Training)のトレーナーも含めて、部下あるいは自分の下がついたことはなかった。この2年はプロジェクトリーダーという立場で仕事をしてきたが、プロジェクトメンバーは常に外注先という状態であった。学生時代を思い返してみても、長期(2年半)で通っていた飲食店のアルバイトも「トレーナー」になることはなかった。同じ時期にバイトを始めた仲間がトレーナーとなっても筆者はならなかった。当時の責任者に「なぜトレーナーにしないのか」と尋ねたところ、「お前が教えるとお前の言うことしか聴かないバイトが出来上がりそうだから」と答えられた。社会人になってからも、外注(協力会社)とともに仕事をする部署へ配属され、呼称だけは「プロジェクトメンバー(PT)」⇒「プロジェクトリーダー(PL)」となったが、PLとなってからも社内では一人チームと呼ばれていた。お陰で一人で何でもこなさざるを得ず、成長させてもらったとは思うが、「人を育てる」(不遜かつ大仰で好きな言葉ではないが)経験だけはなかった。

現在(2004年5月)行っているプロジェクトが佳境に入り、現在のメンバーだけでは物理的に足りないことが容易予想できたので、見積もり段階から居もしない「メンバー2名分」を予算内に入れつつ、「人よこせ運動」を社内の各方面に行っていたところ、昨年の11月に一人(こちらは中途入社のベテランSE)追加され、今月(2004年5月)に初の部下を頂いた。部下といってもプロジェクトメンバーなのだが、筆者の下であることは間違いない。

部下を持ったことのない筆者にとって初めての経験である。もっとも新入社員では無いので一から教える必要は無いのだがそれでも現在のプロジェクト状況の説明や役割の決定、賞与考課目標の相談などすべきことは多い。しかし、ある意味で停滞していた筆者の状況を打開する物として負担よりも「期待」や「張合い」の方が大きいように思う。

だが、何分初体験なので立ち位置が難しい。筆者はもともと半営業のSEなので人と会う・話すということに対しては苦手意識はない。むしろ好きなほうなのだが、いかんせん社内の部下に対してどう振舞うべきか、どのようにして使いつつ持てる能力を引き出すか、はたまた、そんなことを考えすぎて「保護者」になっても仕方が無いし・・・という煩悶の日々である。外注先のメンバーなら「金の切れ目が縁の切れ目」でドライに対応可能なのだが。こうなるとバイト時代の責任者の言葉が思い出されて、微妙に自信が持てないものである。。

部下に対する立ち位置。どなたかコツがあったらご教示いただきたい。経験を積むしかないのであろうが。

(「流通とIT」を読まれたい方、申し訳ございません。もう少々お待ちください。)
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by seagull_blade | 2004-05-14 13:04 | career

ビリヤード事始。

a0012892_204447.jpg折角、作っておきながら全く投稿していないカテゴリがあるのはいい加減みっともないと考え始め、ビリヤードについて少し書いてみたい。因みに「Aristocrat of Sports」(スポーツの貴族)というのがビリヤードの英訳で最初にヒットした。貴族がはじめたからなのか、語源は少し調べてみたが、よくわからない。

一番最初の記事「20の質問」で趣味にビリヤードと記載したが、はっきり素人である。というより下手である。ビギナーである。ではなぜ趣味に記載したのかといえば、これも記事にしたが、六本木で友人とプレイした際に腕の違いを見せつけられ非常に悔しかったからである。

敗れた挙句に明け方までその友人をコーチとして付き合わせた著者は、まずWEBで参考になりそうなページを探してみることにした。同好会等かなりあったが、「PAOさんの『Billiard Paostyle』」
http://www.paostyle.tv/billiard/index.html
を発見し、とりあえず読み進めてみる。これがなんともわかり易く、ソフトな語り口でありながらストイックに練習している事が伝わってくるWEBページ。なにしろ毎日の練習記録を載せている。ここまではなかなか出来るものではない。

筆者はかなり影響されやすいタイプである。このときも、「ひとつB級になったる!」とすぐに影響されてしまった。挙句の果てに丁度このブログを開設するタイミングだったので、「初志貫徹!!カテゴリに入れて記録を残す!」と考えてしまい、さっぱり記事の投稿がないカテゴリとなってしまった。

さて、完全に読者諸兄姉には「面白くない」カテゴリとなってしまう可能性の高い「Aristocrat of Sports」だが、筆者としても友人に勝利するまでは練習するつもりなので稀に記事を見かけた際には「どれどれ多少は上手くなったのか?」と軽く読み飛ばしていただきたいと願う次第。

まずはマイキューでも買おうかなあ…
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by seagull_blade | 2004-05-07 20:45 | aristocrat of sports

幻想と妄想

a0012892_155240.jpg中東への関心が非常に高まっている昨今、百花繚乱というか百家鳴動の様相でインターネットも含めたメディアは情報を提供し、評論を展開している。どのような形であれ、他国に関心を持ち、考えることは有益なことであろう。以下の文章もどうかそのように捉えていただき、不遜かも知れないが、読者諸兄姉の考えるヒントとなれば望外の喜びである。

話が半世紀以上前に飛ぶのだが、旧日本軍、とりわけ帝国陸軍における問題について少し書いてみようかと思う。さて、太平洋戦争緒戦から中盤にかけての1942年1月、旧日本軍帝国陸軍はフィリピンへ侵攻した。当時、マスメディアは所謂戦意高揚記事を書き連ね、日本国民も「八紘一宇」「東亜解放」という旗印を半ば本気で信じていた時代である。ご存知の方には蛇足であるが「八紘一宇」とは世界は一つ、取分けアジアは一つであり、日本はその盟主であるという考え方であり、「東亜解放」とは米英独仏に代表される列強に植民地支配された東アジアを開放し、白人支配を脱すという考え方である。勿論、その先に「大東亜共栄圏」という一種のブロック経済圏を確立し、その盟主の座に日本が座るというねらいがあった。

フィリピンへの侵攻も本音は石油・ボーキサイトなどの資源確保にあったものの以上のような建前で実行されたものであった。このような所謂「解放者」という自己規定の元、フィリピンや東南アジア諸国を一時的にせよ支配下においた帝国陸軍軍人はどうやらこのように考えていたようである。『我々は白人の圧政からアジア人を解放する解放者である。従って、彼等(フィリピン人)を含めた東南アジア人は我々を歓迎するはずである』と。

勿論、現実はそんな歓迎は受けなかった。まず、大体において日本人は統治すべき対象の国についてどれほどの知識があったのだろう。例えば、フィリピンの公用語は英語だが、一般的にはタガログ語である。またフィリピンの旧宗主国は反宗教改革の最右翼スペインであり宗教は強烈なカソリックである。だが当時の陸軍はこれらのことを考えなかった。果たして、タガログ語を話せるスタッフはどれほどいたのか?恐らく殆ど居なかったのではあるまいか。統治・占領にせよ援助・支援にせよ、人間関係にせよ、相手についてなにも知らないまま係わり合いを持ったところでなすべきことが上手くいくということは殆ど無い。しかし、帝国陸軍はフィリピン人や東南アジア人を「アジア人」という何処にも存在しない幻想でくくり、(人種的・地域的に存在する)アジア人とはこういうものだという「思い込み」で「知っている」と自己規定してしまった。その結果はというと、自分たち(日本人)が思っている「アジア人」の幻想との差違を相手(フィリピン人)に発見すると、「所詮、ピリ公(フィリピン人の蔑称)なんざアジア人じゃねえ」などと彼等を「劣れるアジア人」あるいは「日本人になる前段階のアジア人」と規定してしまい、全てが空回りしている状況の原因をつかむことは出来なかった。当然、フィリピン人は「アジア人」などではなく「フィリピン人」であり、日本人の幻想の中にいる「アジア人」など何処にも存在しなかったのだが。

筆者は中東について殆ど語ることはできない。学生時代に中東の思想史やアラビア語を学んだことは学んだが、中東を旅したことも無いし、イスラム教徒の友人がいる訳でもない。それは「知っている」というレベルではあるまい。知らないことは知らないと言い切らない限り、旧帝国陸軍が陥った「知っていると自己規定する」妄想にはまってしまう。「半世紀前の日本人は愚かだった」などということは出来ない。これも同じ妄想にはまり込んでしまう。

日本人である筆者、否、余人は知らず、筆者はついつい相手も自分と同じように感じ、考えるという傾向がある。各種メディアにおける中東の報道もなんとなく同じ欠点を持っているように筆者には思える。「知っていると自己規定する」妄想こそ、まさに「いつか来た道」ではないかと思えてならない。タカ派もハト派も例外なく。
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by seagull_blade | 2004-05-03 15:53 | philosophism