Have a life outside of work.


by seagull_blade

カテゴリ:swordplay( 14 )

稽古道具。

当然のことではあるが、居合稽古にも道具が必要である。とは言え、それほど値の張るものが必要なわけではない。勿論、凝りだせばきりがない世界なのだが、今回は居合稽古に使う刀の話をしたい。

先日の稽古で、筆者の刀が折れてしまった。丁度下から逆袈裟に斬り上げる技の最中に「カシャーン」という音とともに刀身が飛んでいった。筆者の刀は真剣ではなかったが、模擬刀といっても、要するに刃物の形をした金属なので、誰かに当たれば下手をすると死んでしまう。幸いにも誰もいない方向だったのでよかったが、誰かいたらと思うとぞっとする。
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ところで筆者は真剣を使っていない。理由は色々あるのだが、やはり筆者の腕では危険であるのと、それなりに高額(30万円~)なので、もう少し腕が上がってからと考えている。真剣でなければ何を使うかというと、模擬刀と呼ばれるものである。銃刀法では刀剣を所持するのに特別な資格は必要ないが、真剣の場合は登録証が必要となる。模擬刀については真剣ではないので登録証などは必要ない。また、正確な定義は把握していないが、一般的に言って、模擬刀は美術用と武道稽古用に大別できる。前者はお土産用や端午の節句の飾りなど純粋にディスプレイ用であり、後者は居合や物によっては剣道形の稽古に使われる。(勿論ディスプレイしても良い)また後者は居合刀(いあいとう)と呼ばれることが多い。居合刀の価格は大体20000円から、高いもので10万円強というところか。

どこが異なるかというと、まずは柄の素材である。美術用は柄の部分がプラスチックや樹脂製が多く、実際に振った際に発生する力に耐えられない。やってみたことは無いが、柄そのものが曲がったり、刀身が外れてしまうことがあるようだ。居合刀は、刀の価格によって色々あるが、柄は本物同様木製である。朴を使うことが多いようである。また、柄に巻く鮫皮も本物であることが多い。こちらはほぼ真剣同様に作成されているので、稽古に使用することができる。

次に刀身だが、これは美術用、居合刀ともに亜鉛合金である場合が殆どである。磁石が付く位の鉄を含むと銃刀法に引っかかるため、亜鉛合金のダイキャスト製が多い。ダイキャストとは鋳型のことである。筆者が子供の頃に遊んだ「超合金」の玩具は大体これで作られている。また居合刀は同じ亜鉛合金でも、より高温で処理でき、加工精度の上がる砂型を使用する場合が多い。この場合は多少硬度が上がるらしいが、居合刀は基本的に打ち合うようには出来ておらず、それをやれば当然、折れたり曲がったりする。(筆者の折れた居合刀でも打ち合ったり、何かを斬ったことは一度も無い)
特殊合金と表示されているケースも多いが基本的には亜鉛合金と考えて良いらしい。

拵(こしらえ:外装のこと)については完全に価格に依存する。というよりも居合刀の価格は殆ど、この拵で決まってしまう。高いものでは真剣に使用するものを使うが、廉価なものでは、見るからにチャチなものもあって、迷うところである。拵は大体、柄、柄巻き、目貫、鍔、切羽、はばき、鞘、金具などから構成されており、幾らでも凝ることが出来る。特に鍔や目貫(グリップを良くするための金具)についてはそれだけで独立した美術品が多く、専門のコレクターもいるくらいである。

筆者は居合刀をこれで合計二振り折っており、また今回のケースではたった半年間の稽古で折れてしまっていたので、何らかの対策を打たねばならない。武道具店に相談したところ、「折れた箇所を見ると捻りながら抜いているので、亜鉛合金ではきっとまた折れてしまう。より折れにくい真鍮削り出しが良いでしょう。」とのこと。真鍮削り出しの居合刀は剣道形など、多少の打ち合いにも耐えるものだそうである。もっとも、真鍮とて亜鉛と銅の合金ではあるのだが。

拵は無事だったので、刀身のみ新調することにした。ところで、真鍮の欠点は重いことである。筆者は大体鞘を払って900g~1000gのものを使っているのだが、真鍮刀身の刀を持たせてもらったところ、これがやたらと重い。1200gあるという。実際、100g、200gの差でも技に影響が出るほどに違う。少なくとも筆者は出来上がりが1100gを超えるような刀は手に余るので、どうにか1050g以下にしてもらうようにお願いした。刀身に樋(ひ)と呼ばれる溝を掘って軽くするなどこのあたりも色々な工夫がある。

「一から削りだすので、メッキはどうしますか?」ということだったので「長光」のメッキをお願いした。何の話かと言えば、刃紋についてである。日本刀の刃部には刃紋と呼ばれる模様がある。これは刀工が刀の製作の過程でつけるもので、真っ直ぐなものや波型のものなど、刀工やその流派、作成時期によって大体決まっている。有名なところでは「関の孫六‘三本杉’」などがある。真剣と異なり、模擬刀の刃紋はメッキで処理される。

なお、居合刀は曲がりはするが、そう簡単に折れるものではない。先生や先輩方に聞いてみても、一度も折ったことはないとのこと。やはり筆者の腕に問題があるらしい。精進しなければ。しばらくは刀の出来上がりを楽しみに、木刀を振ることにしている。

――
(筆者の居合刀の情報をご興味のある方のために)
刃長:二尺四寸(約74cm) 刃紋:長光写し 柄巻:黒綿片手巻き 鍔:二つ九曜象嵌
重量:1050g 鞘:黒石目 金具:柳 目貫:軍馬 
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by seagull_blade | 2006-07-26 11:06 | swordplay

古武術への誘い

当然のことではあるけれど、物事は知れば知るほど、安易に語ることが出来なくなる。深く知らなければ、偏見に基づいて断定的に語ることが出来る。それゆえに断定的かつ一方的に書かれた文章は、何らかの偏見や無知に基づいていると判断できる。知ることとはつまり、情報量の増加であって、多く情報を持っていると、ある事柄を肯定的に書こうとしてもすぐにその反証が思いついてしまう状態である。少なくとも誠実に文章を書こうとすれば。さて、長々と書いたが、最近このブログに居合の話をあまり書かなくなってしまった言い訳である。せっかく作ったカテゴリを放っておくのも勿体無いので、筆者にとっての「古武術を稽古することの意味」というか位置づけを書いてみたい。筆者は居合が大好きなので、この雑文を読んで、やってみたいと思っていただける方がいれば、望外の喜びである。
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筆者にとって古武術といえば水鴎流である。本邦には多くの武術の流派があるが、その中から縁あって水鴎流の門を叩かせていただいた。たった2年前のことではあるが。
事前の知識は一切なく、たまたまインターネットで見つけたというまったくの偶然である。袖触れ合うも他生の縁、ということでこの縁を大切にしたいと考えているし、水鴎流そのものや門下の方々の魅力もあって、ずっと水鴎流を稽古させていただくつもりである。勿論、様々な流派の方が自分の流派を大切にしていることと同じことであり、どの流派が優れているということではない。

では、その水鴎流が筆者にとってどのような存在であるかということだが、まず、第一に日常を離れ、雑念を忘れることの出来る世界であり、時間である。こうかくととてもカッコ良さそうだが、要するに、仕事をはじめほかの事を一切考えない時間であり楽しみの場であり、すなわちストレス解消のできる趣味ということである。当然、それが競馬という人もいるだろうし、カラオケやダーツという人もいるだろう。居合が筆者の嗜好に合っていると思うところは、何しろ人殺しのための武器をあつかい、そのための技術であったものを学ぶのだから、否応も無く集中できてしまうことである。集中しなければ、大怪我をするかもしれないし、下手をすれば死に至ることもある。そのある種の緊張感は却って、日常の雑事を忘れさせ、ストレスを解消してくれるように筆者は思う。

第二に健康管理という面である。ダイエット効果とでも言おうか。筆者は何しろ、油断するとすぐに太る体質で、2年前までは20代後半のくせに毎年健康診断に引っかかるという体たらくであった。ダイエットをせねばという思いはいつもあったのだが、根が怠け者のせいで「痩せる!」という動機では継続して運動がなかなか出来なかった。居合を習い始めたそもそもの切欠というと、筆者の場合、何とダイエットである。高校時代に柔道部に所属していたこともあって、武道が好きであることは気付いていたのだが、社会人となると、そうそう怪我をするわけにもいかない。筆者はIT業界で生計を立てているので、突き指など以ての外である。そして考えた結果が居合であった。居合なら形稽古中心なので、そう怪我することもあるまいと考えたわけである。実際、居合は滅多に怪我をしない。(怪我をするときは取り返しのつかない大怪我であったりもするのだが・・・)2年後、体脂肪率は25%から17%以下となった。

第三に「古の残り香を感じる」という楽しみがある。実際に刀を帯刀し、稽古の相手や仮想敵(基本的には自分自身を想定する)と対峙し、刀を振るう時、かつての真剣勝負が垣間見られる気がする。この自分自身が、この刀を持って敵と戦うときどういう気持ちになるのか。それを想定するということも楽しみの内である。現実には無い、否、あってはならないシチュエーションに想像の世界ではあるが身を置いてみる。そうすると日常の雑事がつまらないことに思える「ことがある。」筆者のような若輩者ではそういう気がするに過ぎないけれども。

第四に立居振舞いや作法を覚える場ということが挙げられる。和服を着る機会のほとんどない現代においては、三つ指の突き方や正座からの立ち上がり方、袴のはき方や捌き方を覚える場所がほとんどない。「無用なものだ」と言ってしまえばそれまでだが、楽しみの幅が増えればそれだけ生活を楽しむことができるし、折角、日本で生活しているのなら、こうしたことに触れないのは勿体無いと思ったりもする。因みに、居合や古武術を稽古されている方には外国の方も多い。

最後に、こうした日常とは切り離された世界には、日常では知り合うことのない人々との出会いがある。ビジネスの世界の出会いもエキサイティングであったり、楽しく、今後の生活の糧となるものだが、非日常の世界の出会いは本当に、職業や利害関係とは縁のない人との出会いがある。これが最大の楽しみの一つであるのかもしれない。

仕事以外にこういう世界を自分の中に持っていると、何より、よりどころになるし、精神的にも肉体的にもバランスがとりやすいと筆者は考えている。仕事や雑事で行き詰ったときにも、静かに正座して帯刀するとき、別の世界に入ることが出来る。筆者にとって、水鴎流居合剣法を稽古するとはそういうことであると今は考えている。

もしも興味を持っていただけたら、是非、見学でも如何だろうか。

乱文乱筆平にご容赦。特に門下の諸先輩方、乞うご容赦、である・・・。
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by seagull_blade | 2005-11-24 00:49 | swordplay

山桜と上弦の月

敷島の大和心を人とはば朝日に匂ふ山桜花(本居宣長)
江戸後期の代表的知識人である本居宣長が、還暦の際に詠んだとされる句である。我々日本人にとって「花」といえば「桜」のことである。いつの頃からそうなったかは、筆者は寡聞にしてしらないが、江戸時代末期の品種改良によって生まれたソメイヨシノに限らず、平安の昔からの常識であったようである。
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さて、先日、私が稽古させて頂いている居合流派(水鴎流)の「合宿講習会」があった。異動となって無暗に忙しくなってきたが、そこはそれ、お客様との調整を済ませれば、割と自由にお休みの頂ける営業担当者である。喜び勇んで伊豆高原へお邪魔した。

稽古でご一緒させて頂いている方の車にて東名高速を名古屋方面へ移動する。すでに東京では桜は散ってしまっていたが、伊豆高原へ向かっているため、海抜が上がれば上がるほど、桜の花が残っていた。車中より花見をしながら、合宿所へ向かう。合宿所は山の中にあり、昼食を済ませた後、直ぐに講習会の開始と相成った。

集まった人数は凡そ70名。遠くはアメリカからも熱心に稽古されている方がいらっしゃり、筆者のいる東京組は「遠いなあ」という言葉を飲み込んだ。稽古場に出てみると、金髪碧眼の女性や、アラブ系と思われる、見上げるような大きな男性もいらっしゃる。年齢層もばらばらで、参加された最長老クラスの方は79歳、最年少は高校生位だろうか。居合を稽古させて頂いてから、本当に様々な出会いに恵まれている。性別、年齢は勿論、出身地も母国語も違う方々や、居合を通して以外に知合うべくも無い方々と共に汗を流すことができる。

宗家を始め、本部道場の方々の主催であったので、初めて間近で高段者や指導員の居合を拝見しつつ、ご指導いただいた。何しろ思い知ったのは「自分が如何に下手であるか」という事であった。忙しいとは言え、それなりに稽古しているつもりだったのだが、本部の方々は勿論、外国から講習会にいらしている方々の上手なこと。「あ、これはレベルが違う」そう考えて、偶々同室だった、ある最長老クラスの先生にひたすらついて稽古と指導をして頂いた。

「もっと胸を張れ!」「そうそう!」「どこを見ている!」「斬るべきところを斬れ!」「君のは野戦型だなあ。実戦ならそうなるかも知れないけれど、まず形を美しく出来なければ」
このような感じで、5時間ぶっ通しで稽古をつけていただく。我々は交代交代だが、指導して頂いている先生は70歳を超えていらっしゃる。しかし、厳しい表情のまま、疲れた表情一つせず、稽古をつけている。

既に周囲は夜となり、稽古場の側に咲く桜もひらひらと夜風に舞う。ふと我に立ち返って考える。空に月は無くとも70振りの刀が、あたかも細い上弦の三日月のように、綺羅綺羅と光っている。「あ、これはTB企画のネタだな」そう思って、暫時ぼおっとしていたのだが、急に背筋が寒くなった。

ここに参加している誰も気にしていないが、いくら広い稽古場とはいえ、70人以上の人間が刀を振り回しているのだ。そして筆者の刀は違うが、多くの人が真剣を使っているはずである。当然のことだが、刃に触れれば皮膚は裂け、血が迸る。刀勢があれば、腕ぐらい両断してしまう。そのことをみな当然として、受け止めている。

かつて、刀槍が実用品であったころ、その使い手たちは己の命が如何に儚く、脆弱なものであるかを良く知っていたであろう。武士であろうとなかろうと、死が身近にあるという状況で、己を例えるとすると、やはり桜に例えたかっただろうと思える。使い古された言葉だが「桜は美しく咲いて、直ぐに美しく散る。」そのギャップこそが、死を常に意識するものの共感を誘ったのではないだろうか。

ほんの少し、一人で或いは練習場で稽古することに慣れてきてしまっていた筆者だったが、この講習会合宿で、今一度緊張感を取り戻すことができた。
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vairousmoon様の「つきのくさぐさ」トラックバック企画参加の記事です。もう東京に桜は無いのですが、許していただけると幸いです。
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お月さまはいつでも空にいらっしゃいますが、
花は盛りのときがわずか。
雪・月・花と並び称される日本の美。
そのうちの2つを、春らしく味わおうではありませんか!

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by seagull_blade | 2005-04-26 18:58 | swordplay

伝えられてきたもの。

松の内も過ぎてしまったが、2005年最初のポストである。本年も変わらぬご愛読の程、お願いしたいと思う。年末年始は、筆者のいる流通関係業界では、年間で最もバタバタしている時期だったりする。筆者にとっては喜ばしいことに毎年恒例の百貨店「福袋」は素晴らしい売れ行きを示した。バタバタしているのも嬉しい悲鳴ということで自分を納得させて、今年も頑張ろうと思う次第。

昨日8日、初稽古に参加した。年始で仕事はしていたものの、稽古をすっかりサボっていたので、今日は階段の上り下りが苦痛なほど筋肉痛である。情けないことではあるが、また身体を作り直さなくてはならない。昨日の稽古はいつもの稽古場ではなく、筆者の先生の先生にあたる方のところまで出かけた。(仮にN先生とさせていただく)場所は横浜市鶴見区である。正月でもあり、練習の後に初詣に行く約束事もあったので、ウールで濃紺の長着に白い角帯、茶色い正絹の羽織という格好で稽古場へ。体育館の入り口がわからず、うろうろしていたら、「こっちこっち」と声が掛かった。見るとN先生が満面の笑みで入り口を指差している。N先生とは一昨年、日本武道館にて行われた古武道演武大会でちらっとお会いしただけだったのだが、筆者の顔を見るなり、「おお、お会いしたことがありますね」とにこやかに話し掛けて下さった。
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覚えていただけているとは思っていなかったので、とても嬉しい。こういう一寸した感動は、社会人となってから余り得ないものであるのでとても貴重である。実際、居合を始めてから、「利害関係の無い」方々を知古として得られる事が、身体を鍛えることや技術が上達することよりも、筆者にとってはなにより楽しいことである。私の直接師事している先生(40代)を始めN先生(60代?)や同門の方々(10代~70代)、若手俳優や女優の方々、勿論、流派を超えてお付き合いいただいている方々など、会社生活だけでは得られない性別、年代、業界を超えた交流はとても大事な財産である。

「いらっしゃい、着物で来るとは思わなかったよ」「刀が無ければ落語家に見える(笑)」「せめて若旦那と呼んでください(苦笑)」ご挨拶かたがた、N先生や門下の先輩方にご挨拶申し上げて、早速基本練習へ。こちらの練習場も小学校の体育館をお借りしている。冬の体育館は、思い出していただければよく解ると思うのだがやたらと寒い。ストレッチを確り行ってから少々キツイが400本程度の素振りを行う。流石にこれだけ行えば寒さなど殆ど感じなくなる。

練習参加者はN先生を含めて7名であった。こちらに初めて伺う筆者とベテランだが忙しくて久しぶりに参加されるという門下生の方をN先生に見ていただくグループと、それ以外のこちらの門下生のグループに分かれ、形稽古を始める。

いつもの稽古場には様々な流派の方がいらっしゃるので、細かいが基本的な作法(刀礼・血振り・納刀など)をあまりうるさく言われない。筆者の稽古不足や認識不足もあり、この辺りが雑だったらしく、「刀礼」から注意されつつも丁寧に教わった。特に「納刀」ではこんなやり取りがあった。「あれ?もう一度やってみてください」「はい」「君の納刀は誰におそわりましたか?」「おそらくKさん(筆者の師匠)だと思いますが」「いやそれはないね。もしかして無外流の人に教わらなかった?」「あ、そういえばそうかもしれません」「そうでしょう。」N先生はまたニッコリ笑って丁寧に実演しながら教えてくださる。筆者の作法はいくつかの流派が混ざった雑流であったらしい。「その納刀でもかまいませんが、折角こちらにいらしたのだから、覚えてください。」こう言われ、やってみるのだがこれが不慣れで不恰好である。「そうそう。今に慣れますよ。」「精進します。」

一人の先生にじっくり教わることは重要なことだが、別の方にご指導いただく事も重要である。いつも行っていることを別の角度から捉えることができる。これは芸事や武術・武道に限らず、仕事の上でも大切なことであろう。

さて、水鴎流は立技や組居合の充実している流派であるようだ(他の流派について余り知らないのでこう書かせていただく)。筆者が普段通う稽古場では立技と組居合を中心に練習している。その為、正座した状態からの技を筆者はあまり稽古していない。この「正座した状態からの居合」というのは、帯刀した状態で正座すると言うことが歴史的には無いとされ、(正座する場合は刀を自分の右側に置くことが礼儀である。)事実、旧帝国陸軍の流派である「戸山流」や明治期に創始された「警視庁流」は立技のみであり、実用一辺倒ならば、不要であるという議論もある。しかし、各流派に現代まで伝えられてきているものであるからには、意味や意義があるはずである。勿論、水鴎流にも基本的な動きのものから複雑な動きのものまで、多くの座り技がある。N先生に正座の仕方からご指導いただき、最も基本的とされる五本の技を学ぶ。

立居合とはかなり勝手が異なり、あまり稽古していない筆者には相当難しい。抜刀、抜き付け、納刀もさることながら、膝を曲げた状態での足捌きがこれほど難しいとは思わなかった。足の指を立てるタイミング、体重移動など、立技よりも失敗すると無様である。これほど難しい(筆者だけかもしれないが)ものが、理由無く400年以上伝えられる筈も無いと筆者は思う。古くから伝わるものは、なんであれ一見無意味と思えても重要な意味や意義があることが多いのではないだろうか。ともあれ、意義や意味など考えるのは、「100年早い」と怒られそうである。まずは日々精進である。昨日の稽古はとても短く感じる2時間であった。
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by seagull_blade | 2005-01-09 14:32 | swordplay

British Swordsman

先日の稽古に、ある門下生の英語の先生だという英国人の方が見学にいらっしゃった。見学だろうと、希望しない限り、稽古に参加させてしまうわが稽古場の師範は当然のようにその英国人にも参加していただいた。尤も彼も興味があるから見学にいらした訳で、喜んで参加していただいたように思う。190cmはあるかという長身、ブラウンとブロンドの入り混じる髪と髭はいかにも(我々のイメージする)英国的風貌である。年のころは20代後半から30代前半というところ。
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お互いに片言の日本語と英語にて自己紹介が終わり、まずは刀礼から。稽古の前に行う「刀礼(とうれい)」は居合や剣道に限らず、日本の武術・武道には付物の礼である。付物とは言え「礼」は非常に重要であるのだが。水鴎流の場合は、三つ指をついての刀礼と神前・上座への礼がある。稽古の前には三つ指をついた刀礼を行うのだが、まず、正座が非常に苦しいらしい。足がしびれるのは我々とて同じなのだが、彼は膝が辛いようである。前にこのブログへningyo-hime様から「日本人の膝と外国の人の膝は構造自体が違っている」という趣旨の新聞記事をお読みになった旨、コメントをお寄せいただいた。子供の頃からの習慣が違うからそんなこともあろうと考えていたのだが、目の当たりにすると「おお、本当なのだ」と妙に納得した。

仕方が無いので、神前への刀礼を覚えていただき、通常の刀礼の代わりとして稽古を開始した。当日は『組居合』の稽古を重点的に行った。従って、英国の方にも「組居合」を体験していただく事に。前にも記したが組居合とは「仕太刀(したち=勝方)」と「打刀(うちたち=負方)」に分かれ、定められた形を演武するものである。(組居合はブラスチック(塩ビ)製の鞘付き木刀を使用する。)筆者と稽古場の先生は早々に9本の形を終え、英国人とその英語の生徒である門下生の方に付きっきりで、四苦八苦しつつ教えた。

長身の彼が持つと常寸(2尺4寸/刃渡り74cm前後)の木刀がとても短く見える。ともかく一本目『水勢』からである。『水勢』という技は、打太刀が正面を斬り付けて来るのを半身になりつつ抜刀し、鎬(しのぎ)で受け流す。そして打太刀が体制を立て直す前に仕太刀は首に斬りつけるという動きである。こうして日本語の文章で表現するのも相当に難しいのに、これを英語交じりで説明するのだから大変である。
「One Two Three, Draw!」「No, Don’t move your right leg」「Slash his neck」…「そうそう」「そうではなくて受け流す!」「Please, Watch his legs and moving」

「So difficult…」と言いながら、運動神経は発達されているらしく、1時間ほどの稽古である程度見られる形になった。本職は翻訳家である稽古場の先生が「Good enough for the first time out(初めてにしては十分です)」と誉めると彼はニッコリとした。

稽古が一段落してから雑談。筆者との片言の英会話を拙い英文で記述すると、さっぱりわからない文章になってしまう恐れが大いにあるので、以下、苦笑いしながら大意(筆者の想定している会話かも)を記してみる。
「むずかしいですね フェンシングとは全然違う。」
「日本刀はSlash しますが、フェンシングソードは突き(tap)ですからね。」
「フェンシングソードは右腕だけを使うし、構えも一つです。なんと言ってももっと刀身がフレキシブルで軽いですよ。」
「なるほど。経験があるのですか?」
「少し。」
フェンシングは全く経験が無いのだが、その歴史について少し調べてみた。西洋の刀剣は古代から中世に掛けて、直刀の片手剣が大半を占め、斬撃にも刺突にも使用できるものであった。映画『グラディエーター』や『キング・アーサー』には、それぞれ古代ローマの刀剣である「グラディウス」や中世ヨーロッパの伝説的剣「エクスカリバー」などが登場していたので、ご覧になった方も多いだろう。銃器の使用が16世紀後半になり、その後平和な徳川時代が続いた本邦とは異なり、始終戦争をしていたヨーロッパでは、刀剣が戦争の主役で無くなる時代が早く、17世紀には、剣術は教養的、儀礼的意味が強まったらしい。この時点で、相手を叩き切るような重い刀剣は既に意味を為さなくなっていた。更に貴族(騎士)達の決闘の作法として細身の剣(レイピア)を使用した剣術が確立し、洗練・工夫されていく内に一つのスポーツとして確立していったようである。

稽古の後は久しぶりに、二人連れで自宅近くのバーへ。お喋りをしているとマスターから「何にします?」との声が。「飲んだことの無いやつがいいな。」「シングルモルトなら殆どこの棚のモノなら飲んだこと無いんじゃない?」
それならと、カウンター越しに目の前の棚を覗くと「Claymore」というラベルが見えた。Claymore(クレイモア)とはスコットランド地方で使用されていた180cmを超える大剣である。ラベルにはその剣がデザインされている。
「クレイモアってどんな感じの酒?」
「重厚だけど、ドライな味でスコッチらしいスコッチだよ。」
居合見学に来ていただいた英国人に敬意を(勝手に)表して飲んでみると、マスターの言う通りの味である。

不思議に英国に縁のある一日だった。居合の稽古を始めてから、意外な出会いが多くある。古えの武術も一つの立派な文化であることを再認識しながら、気分よく酔払った。
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by seagull_blade | 2004-12-04 14:58 | swordplay

真剣。(試斬体験記)

剣道や居合道という言葉は割と知られているが、「抜刀道」という言葉をご存知の方は少ないのではないだろうか。かく言う筆者もつい最近まで知らなかった。幕末以来、剣が実用性を失ってからも、古流の武術として、或いはスポーツとして剣術は発展してきた。しかし、学問においても顕著であるように、発展するということは細分化、専門化することと同義であるようで、剣術も細分化、専門化した。
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ご存知「剣道」は竹刀を持ち、防具を付け、打突(だとつ)し合うことでポイントを争うスポーツである。勿論、スポーツであるか武術であるか異論はあると思われるが、「殺し合い」の要素を排除して、誰でも参加しできる物であることを考えれば、スポーツとして定義されると思われる。またスポーツであるが故に、これほど普及したと考えられる。

では次に「居合道」だが、これは真剣もしくは居合刀(居合用の模造刀)を用いて、主に形を稽古するものである。古流と呼ばれる流派に例外はあるが、基本的には、敵がそこにいるものと仮定して空間を斬る「空間刀法」である。筆者が稽古している古流「水鴎流」は組居合や組太刀と呼ばれる、実際に相手を置いて稽古する形が多いが、それでも実際に敵を切断する訳ではない。(犯罪である)しかし、殺し合いの要素は多分に残っており、真剣や居合刀を使用することを考えると、居合道は武術とスポーツの間に位置するものであり、剣道よりは武術に近いものと考えられるのではないだろうか。

では、抜刀道はというと、これは「真剣」を用いて、実際に物体を斬る「真剣刀法」である。歴史的には一番新しく、戦前の帝国陸軍が軍刀の扱い方を召集されてきた兵士へ教えるために、古流剣術から考え出された7本の形の剣術である。陸軍戸山学校(現在の都営戸山住宅一帯)で、創出、教示されていた為に、「戸山流抜刀術」と呼ばれるものとなったとの事である。元々は単に「軍刀の操法」と呼ばれ、戸山流抜刀術を経て、「抜刀道」「居合抜刀道」「中村流」「戸山流」などに分かれ現在に至っている。

先日、機会を得て「戸山流」の試斬会に参加させていただいた。水鴎流でも本部道場などの比較的大きい道場などでは、真剣での試斬を行っていると聞いたが、戸山流の抜刀道では流派を超えて真剣での試斬を教えている。真剣も貸し出していただけるとの事で、筆者が稽古させて頂いている練習場のメンバー一同、喜んで参加することに。とは言うものの、お借りした刀を曲げたり、刃毀れさせてしまっては一大事、まずは、いつもの練習場で居合刀を使って新聞紙を斬る練習をした。

居合刀はダイキャストなどの硬質合金を刀身に使用しており、刃付けが出来ないものである。刀身以外は可能な限り真剣と同様のつくりをしており、大根程度なら簡単に切れる。練習生の方のうちのお一人に、新聞紙を広げ、上の二隅を固定するように、丁度、陸上競技の高跳びで使用するような掛け台を作成していただき、交代で広げた新聞紙を斬る練習を行った。

面白いことに、刃のついていない居合刀でも、刀身と刀身の振る道筋が一致し、真直ぐ新聞紙に入ると(これを「刃筋が通る」という)、スパッと真っ二つになる。しかし、少しでも手元が狂うと新聞紙はグチャっと皺が寄り、破けてしまう。また、普段空間刀法で練習している筆者は、目の前の新聞紙を斬るということだけで力んでしまい、何度か床まで斬りつけてしまった。「本番でやるなよ~。自分を斬っても、床だけは切るな~。曲げたら弁償だぞ…。」師事している先生からそんな突っ込みが入り、確り止めることを意識して試斬会に臨むことに。

試斬会は区立中学校の「格技室」を借り切って行った。世田谷区内にあるその中学校は武道系のスポーツが強く、設備も充実している。試し斬りの目標とする、濡らした古畳表を巻いたものや台座を持込み、まずは戸山流の先生にご挨拶申上げて、いつもどおりの基本練習を行う。戸山流の先生は83歳というご高齢だが、とても丁寧で高圧的なところが全く無く、角帯の結び方から袴の穿き方、脇差の差す位置、大刀の差す位置、下げ緒の始末の仕方など、一つ一つ教えて下さった後、まずはお手本を見せていただく事になった。

直径15cm程度の畳表を台座に垂直に、丁度「⊥」という形に立て、背広にサンダル履きという姿のまま、刀を抜いて、先生は目標の前に立った。「まずは斬り込む位置を決め、五回、静かに素振りしてください。左右とも五回ずつ。誤って自分の足を斬らないように、右から斬り下ろすときは、左足を引いてください。左からも同様にしてください。」そのように説明されながら五回ずつ左右に素振りを繰返し、いきなり、気合を入れることもなく、右・左と上から5回連続で斬り下した。目標はバラバラになって、先生の足元へ転がった。それまでは83歳といえば、83歳に見える好々爺然とした先生が、29歳の筆者よりも高速で刀を振るった。

「では、やってみてください。」そういわれ、まずは筆者の先生が行った。流石に斬り損じることなく、試斬を終えたが、先ほどのお手本と比べると、斬られた目標がその場に落ちるのではなく、部屋の端のほうまで飛び、さらに回数も左右二回ずつ、四回しか斬れていない。筆者の番が廻ってきた。お借りした真剣を持ち、目標の前に立った。言われたとおり、左右5回ずつ素振りを行い、重さと斬り込む位置を確かめてから、「エイッ!」と気合を入れつつ、右袈裟に斬り下ろした。丁度目標の一番上を斬り付けたようで、掠めただけである。「力を抜け」といわれ、今度は左袈裟に斬り下ろした。これは上手くいき目標が45度の角度で斬り口を見せている。続いて左右から2回斬り下ろし、合計やはり4回。
上手く斬れた場合、直径が10cm程度の水を吸い込んだ畳表は、殆ど手ごたえもなく両断されている。斬ったこちらは「エッ?」という感じだ。もう少し、想像するような手ごたえがあるのかと思っていたが、良く斬れる包丁で大根を切ったほどの手ごたえもない。

「日本刀は斬れる魔物だ」と中村流の始祖、中村泰三郎先生は書かれていたが、まさに魔物である。よほど扱いに慎重を期さないと敵を斬る前に自分を斬ってしまう。目標の畳表を他の手段で切ろうとすれば、ノコギリが必要であろう。しかし、日本刀を正しく扱えば、苦も無く切れてしまう。この魔物を取扱うには取扱う者にもある程度の心得と、ある種の精神力が必要だろうと感じた。少なくとも、きちっとした自己管理ができないものは、こんなものを所有してはいけない。筆者も真剣が欲しく、試斬会で益々欲しくなるかと思ったが、「自己管理もろくに出来ない未熟者」、当面必要ないと考え直した。

真剣を持ち、扱うにはそれにふさわしい人間性が要求されると思い知らされた、良い経験であった。同時に日本語の語彙にある「真剣に」という言葉がどういうものかも少し理解できた気がする。
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by seagull_blade | 2004-11-07 14:32 | swordplay

源流。

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武御雷大神(タケミカヅチノオオカミ)・経津主大神(フツヌシノオオカミ)。日本神話に出てくるこの二柱を聞いた事がおありだろうか。筆者は『武御雷』はどこかで聞いた事があるが、『経津主』は知らなかった。千葉県や茨城県在住の方ならご存知かも知れない。この二柱はあちこちで分詞されているが、それぞれ「鹿島神宮」「香取神宮」の主祭神で、日本神話では武神として崇敬されている。「鹿島神宮」のタケミカズチ(武御雷大神・武甕槌大神とも)は出雲の国譲りの際に、大国主命の息子の一人である事代主を退け、もう一人の息子、武御名方神と戦いこれを従えた武神と言われている。武御名方との戦いは力比べであったとされ、この戦いが相撲の源流という説もあるらしい。「香取神宮」のフツヌシはやはり出雲国譲りの際にタケミカヅチに同行し、大国主以下を平らげた武神である。古事記ではタケミカズチとフツヌシは同一の神であるとされており、何れにせよ、出雲を平らげ葦原の中つ国を平定した武神である。

この二柱は現在では春日大社へ勧請され、全国の分社で祭られているが、源流はやはり茨城の鹿島神宮と千葉の香取神宮だそうである。そして、この二柱から日本の武術は生まれたという伝説がある。鹿島にせよ、香取にせよ、本邦古武術のルーツであるらしい。実際はともかくとして、そのように信じられてきた。

古武術はこの二柱の神術から生まれ、日本武尊、時代は下って、源義家(八幡太郎)・為朝(鎮西八郎)・義経(九郎判官)を経て鹿島の神人(じにん:神社の下級職)へと伝えられたという。源義家は「鷲のすむ山には,なべての鳥はすむものか。同じき源氏と申せども,八幡太郎はおそろしや」といわれ、石清水八幡宮で元服、前九年の役・後三年の役の動乱で勇名を馳せた伝説的武人である。為朝はその義家の八男であり、保元の乱では崇徳上皇に従って戦った弓の名手。彼の弓は滝沢馬琴の「椿説弓張月」という伝奇物に、殆どミサイルのような描写をされるものである。弓を射れば、敵艦が真っ二つというのだから、山田風太郎も真っ青である。義経は勿論、本邦の代表的悲劇人であり、歴史的にも戦争には非常に強い武将である。能にも描写されているが、幼少時、牛若丸として鞍馬山の大天狗に武術を仕込まれたという。(ちなみに現在でも鞍馬流という剣術は残っている。警察逮捕術は鞍馬楊心流から生まれたものであるらしい)この鎌倉源氏たちから、鹿島の神人へ伝わり、シントウ系(神道・新刀・新当)の流派が生まれたと伝えられている。天真正伝香取神道流や鹿島神道流がそれであり、一刀流や筆者の習う水鴎流もこの系譜の中にある。

日本の古武術は、ごくごく大雑把に、かつ誤解を恐れずに言うと、「神道系」と「禅宗系」に分けられるという。ここまで記してきたのは勿論「神道系」の流れである。

上泉信綱(新陰流)を境に、本邦剣術の三源流と呼ばれる「新当流」「陰流」「念流」が生まれている。陰流は念流の流れを汲むらしい。この念流が禅宗系の祖と呼ばれるものである。流祖は念阿弥慈音(ねんあみじおん)という。新田義貞の臣、相馬四郎左衛門忠重が敵に謀殺された時、難を避けて藤沢の遊行上人に預けられて念阿弥(浄土系)として育った相馬四郎忠重の子が、長ずるに及んで鞍馬山などで兵法修業に励み、還俗して相馬四郎義元と名乗り父の仇を討った。のち再び仏門に入り(ただし今度は禅宗)、念大和尚と名乗った。この寺が、鎌倉寿福寺であり、中条流の祖、中条兵庫助に刀槍術を教えたとされている。寿福寺は臨済宗の寺であるので、禅宗系の剣術の祖と見られている。実際には殆ど伝説であるだろう。

なお、神道系の剣術がタケミカズチまで溯るに対して、この禅宗系の剣術は摩利支天に溯るらしい。摩利支天はインドの風または炎の女神で、マリシあるいはマリーシュと呼ばれる三面六臂の神である。念阿弥慈音はこの神に祈り修行することによって「念流」の開祖となったという。摩利支天は、日本に置いてはインド武術の祖と信じられていたようである。

これらは勿論、ある種の神話である。歴史的事実も勿論あるだろう。しかし、タケミカヅチや摩利支天、鹿島の神人達、鞍馬山の天狗や鬼一法眼等は、何がしかの事実はあるだろうが、それら事実を反映した伝説だろう。ただ筆者は居合や武術一つとっても、これほど豊潤な伝説や歴史があることを少しだけ紹介したかっただけである。自分が刀を振るう時、神々を思い、先人を思うことはそう悪くはあるまいと思う。

また、彼等に思いを馳せて旅をしたり、近所の神社仏閣を散歩する時にも、少し異なった思いで行くことができるかもしれない。筆者の場合、子供の頃から八幡宮が側に在った。引っ越した現在でもやはり別の八幡宮がある。八幡宮もまた、調べてみると応神天皇を祭神とする武神を祭る神社である。筆者の遊び場だった八幡宮は、土俵があり、奉納相撲が行われていた。幼い頃には何とも思わなかったが、この八幡宮も先ほどの八幡太郎義家が後三年の役の戦勝記念に立てたものだそうである。すると奉納相撲もタケミカヅチとタケミナカタの神事を彷彿とさせる。現在の住まいの側にある八幡宮は鎌倉初代征夷大将軍源頼朝が奥州征伐の戦勝を祈念して立てたものだそうである。

読者諸兄姉の近くにきっとある神社仏閣にも、この雑文に登場した神々や剣豪や偉人が居られるかも知れない。もしもご存知なければ、一寸だけ足を止めて由緒書を一読される事をお勧めしたい。筆者もつい最近、始めたことなので偉そうなことは言えないが、こうしたことはもっと、多くの人に楽しまれても良い事ではないだろうか。
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by seagull_blade | 2004-10-11 17:13 | swordplay
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現在行われている居合は大きく、「制定居合」と「古流」と呼ばれるものに分けられる。「制定居合」、正式には「全日本剣道連盟居合」であり、昭和44年に制定され、現在では12本の形をもつ居合形であるようである。古流とは読んで字の如く、古くから伝わる居合術であり、所謂、「何々流」のように表される古武道、兵法の一部である。筆者が稽古させて頂いている水鴎流も勿論「古流」である。古流は歴史の長い分、技法も多岐に渡っており、はっきり言えば煩瑣となっているため、古流の良いところを取り入れて、制定されたのが「制定居合」である。大学の居合道部などで行われている居合は基本的に制定居合であり、合理的かつ基本的な動きを覚えられるようである。筆者も是非制定居合を稽古してみたいのだが、水鴎流という「古流」から入ってしまったので、なかなか機会を得ることが出来ない。古流も制定居合で確りと基本的な動きを覚えてからの方が、より上達が早いと言われている。

古流の武術技法には様々な名称がつけられている。無論、そうではない古流もあるが、水鴎流の名称も一見しただけではどんな技であるのか解らない名称が多い。この点、制定居合はやはり現代のものらしく、合理的な名称がつけられている。全日本剣道連盟によると

〔正座の部〕一本目:前 二本目:後 三本目:受流
〔居合膝の部〕四本目:柄当
〔立居合の部〕五本目:袈裟切 六本目:諸手突 七本目:三方切
八本目:顔面当 九本目:添手突 十本目:四方切
十一本目:総切 十二本目:抜打

となっており、どのような技であるかは朧気ながら想像できる。ところが、古流、例えば水鴎流の組居合の場合、

水勢 明月 乱雲 風勢 千鳥 山陰 大陰剣 大雄剣 大極剣

であり、一読したところで、どのような技法なのか全くわからない。これらの名称は「見立て」であることが多いように筆者には思える。また、今でこそ実用性の殆ど無い居合であるが、成立した時代は正に生死の問題であった筈で、一読してわかられては困ると言うこともあったであろう。とは言うものの、なかなかに風流な名称が多い。これ以外にも多くの技があるが、二三の例外を除いてこのような名称がつけられている。

水鴎流の場合、WEB上で公開されている137の技法の内、最も多く使われている文字は「月」と「風」の8、ついで水の6であった。「明月」「月影」「蓮月」「風勢」「浦風」etc…。「鳥」という文字も4つ、流石に武術であるから「花」は少ないがやはり一つあった。組み合わせれば「花鳥風月」。辞書を引けば「自然の美しいさま」とある。この辺りに、日本人はやはり自然の風物や季節の移ろいに規定されているのと同時に、武術のような野蛮なものにまで、このような文字を与えてしまうその感性が、日本人としてとても好もしい。

西洋剣術/武術は全く解らないが、技法に風流なものを見立てるという感性は恐らくないのではないか。(大いに偏見です。フェンシングなど稽古されている方がいらっしゃればご指摘ください。)西洋や中東アジア、インド、中国などの武器にはその形状が似ていることから、堰月刀(えんげっとう)やシャムシール(ライオンの尾)などの呼び名はあるが、「見立て」という発想は見られないように思う。

筆者が最も行い易い技法として、組居合の「明月」がある。この技は打太刀(うちたち:やられ役)が仕太刀(したち:仕留め役)の首に横一文字に抜き付ける。仕太刀は右足を一歩引くと同時に刃先を上に右側へ抜刀してこれを受け、受けられた打太刀が上段に振りかぶった左手に斬りつけるという動きをする。「明月」という名は仕太刀が相手の刀を受けた際の形を恐らく半月に準えているとの事である。身体を半身にし、緩やかな曲線を持つ刀を右側に受ける姿は、成る程、月に例えるのも解らないではない。こじつけの感もあるが、こうしたこじつけを含めた見立てが何となくしっくり来るのは、日本という風土の中で生まれ、日本語というウエットな言語を操るせいであろうか。

先ほど紹介した組居合の名称である、「水勢」「明月」「乱雲」「風勢」を英訳するとその辺り良く解るのではあるまいか。水勢ならば「the flow of water」、明月は「bright moon」、乱雲は「nimbus」(調べて初めて気が付いたが、ハリー・ポッターの箒はここからとっているようだ)、風勢は「gale」とでも訳せばよいだろうか。ただ「gale」では強風や疾風のことで、ニュアンスが異なってしまう。ただ、英訳されたこれらの言葉を並べてみても武術の技法だとは誰も思わないだろう。不思議なことに日本語でかかれていると、武術の技法といわれても、筆者には全く違和感がない。

日本の文化が極めて優れているとか、他の文化よりもレベルが高いとか、そういう言説には汲みしたくない。或いは、極めて劣るとか、野蛮だとか言う事も無い。文化は優劣で論じるものではないからである。しかし、こうしたことに気が付くと、なかなか日本の文化も悪くないし、素敵な感性をもつ文化だと筆者は思えるのである。
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by seagull_blade | 2004-09-21 21:21 | swordplay

装束。

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居合の話をよく書いているが、装束について書いていないことに気が付いた。日本の武術や華道を習うことの大きな魅力の一つに和装で行うことがあると思う。和服を一度も着た事が無いという方も、特に男性には多いだろう。筆者の周りには「七五三」以来着た事がないというタイプが多い。近年、浴衣ブームであり、ユニクロでも4000円程度で浴衣を売っていたので、浴衣ならという方は割といらっしゃるかもしれない。とは言え、そもそも何処へ和装で行くのか、その必要も機会も普通に生活していると殆ど無いから、和服を着ないという方が多いのではあるまいか。

柔道なら柔道着、空手なら空手着、剣道なら剣道着と防具をそれぞれ着る。では居合にも居合着という物があるのかということだが、これがちゃんとある。防具を付けずに行う居合は、薄手の剣道着のような上着と、長い柔道帯のような居合帯、頻繁に立ったり座ったりするために、通常よりも少し厚手の居合袴がそれぞれ用意されている。これらは一そろい大体20000円程度で武道具屋に置いてあるのだが、実はこれは練習着であって、勿論、普通の和服でも良いし、正式には紋付袴である。実際、古武道大会等などに出場され、演武を行う方の多くは紋付袴姿であることが多い。ただ、着物は高価であることが多いし、練習は割と汗をかいてしまうことを考えると、居合着を着る方が合理的であると思う。居合着は大抵、化繊なので洗濯機でざぶざぶ洗える。

女性もこの格好で行う。居合はやはり男装でなくては帯の位置、着物の形状などから抜刀することが出来ない。しかし、女性の男装袴姿というのもなかなか格好いい。居合着の色は黒・白・紺ぐらいしかないし、袴に至っては黒・紺だけだが、このシンプルさが着る者を「凛」と見せてくれる。

女性の着物で行う武術を探しているならば、薙刀(なぎなた)がある。薙刀は江戸時代、どう言う訳か武門の女性の武器とされてきた。女性の着物特有の振袖を利用した技や、大きくステップを踏めないことを逆用した技など、これも相当に高度な武術である。薙刀は長柄(1.5~2m程度)の先に刀をくくりつけた武器であり、武器として考えた場合、強力なものである。とくに切断の力は刀の比ではない。てこの原理が働いて、柄の先の刀身は刀よりも遥かに高速で振られる。女性の力であろうと、刃がぶれることなく真直ぐ入れば、腕ぐらい骨ごと切断してしまうだろう。勿論、薙刀は男性も行う。江戸時代以前には槍とは用途の違う長柄の武器として実戦に使用された。鎌倉、室町前期の鉄砲伝来以前には主力武器の一つであったようだ。筆者の習っている水鴎流にも薙刀はある。(筆者は握ったことも無いが)男性女性の区別はない。

閑話休題。居合の装束の話である。筆者の場合、男性用の肌襦袢の上に黒の居合着、一般的な角帯に黒袴である。足元は素足。冬場などは冷たいので足袋を履いた方が良いかも知れない。この辺りは古流であれば流派によると思われる。また、筆者は夏場、汗対策に手ぬぐいを頭に被っている。少し大ぶりの手ぬぐいを呉服屋で数枚購入して使いまわしである。最後に、真剣もしくは居合刀を差す。差す位置は左腰、角帯が三重に巻かれている所を外側2枚と内側1枚の間に刃を上にして差す。鎧を前提とした「太刀(たち)」は刃を下にするが、通常は刃を上に、栗形(くりがた)という下げ緒止めを常に左にする。まずはこれで準備完了。

和装の敬遠される点として、帯の巻き方があるかもしれない。男性の帯は女性のそれに比べれば遥かに簡単だが、慣れるまでは一寸面倒なのは確かである。結び方はそう多くは無い。筆者の場合は一番基本的な「貝ノ口」という結び方である。袴下であれば本来「一文字」なのだが、どうも上手くいかない(練習中)。また、浪人結び(片ばさみ)というものもあるが、これは着流し(袴なし)なら良いが、袴を穿くと背中の結び目が真平らになるので、しっくりしない。(このあたりは「男のきもの大全」がとても詳しい)筆者はスーツから居合着に着替えるのに5分程度。やってみれば難しいことは特にない感じである。

もう一つ面倒なのが、袴の始末である。要するにどうやって畳むのかだが、手順としては、まず、丁寧に広げ、襞を揃え、裏返し、中心線を揃えて三つ折にし、二組の紐をクロスさせて形を整えるのだが、この辺りとても面倒である。とは言うものの、紐はともかく襞は丁寧にそろえないと、どんどん崩れていってしまうので、これだけはやらなくてはならない。着流しは今でも割と見るのに、結婚式くらいしか袴姿をみないのはこの辺りに原因があるような気がしてならない。

さて、下着はどうすべきかという疑問もあるのだが、筆者の場合は洋装のままである。褌というのが本当なのだろうが、トイレも面倒なので袴の下は普通にスポーツ用のトランクスやブリーフである。よほど和装に慣れていない限り、越中褌(えっちゅうふん)ということはなかなか無いように思う。女性にも聞いてみたが、やはり下着は洋装のままであるようだ。居合着では前がはだけることもまず無いので、「さらし」を巻く必要もない。

居合着なり、和装をして刀を差すと、なかなか引き締まった気分になる。居合の練習そのものは動きやすい格好に帯さえあれば出来るのだが、やはり袴を穿くと、雰囲気からして違ってくる。居合という武術は最早実用の物ではない(当然)ので雰囲気というのも大事な魅力の要素であろう。こういうところで和装にだんだんと慣れ親しむのも筆者の楽しみの一つである。和装をしてみたい方、居合も含めて古武術などやられてみては、如何だろうか。
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by seagull_blade | 2004-09-14 11:01 | swordplay

『表裏』。

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仕事をするにしても、女性を誘うにしても、何か物事を進める場合、大抵、考えられる事態を想定して準備(心の準備を含めて)をしておくものである。女性の場合は想像するしかないが、男性が女性を誘う場合、殆ど妄想のレベルまで色々考えたりするものだ。こう誘ったらどうかな。最初は断られるだろうからそのときはこう言おう…。プレゼントはどうしたものか。最初のデートでプレゼントはちょっと引いてしまうかも。いやいや物事初めが肝心だし、第一印象は良くしたい。受け取ってくれなかったらどうしようか…。そんなことを考えた事が無い男性は、よほどモテる自信家か、逆に拗ねてしまっているかだろう。

武道にもそんな想定は多い。勿論、デートではなく戦いだから、それほど楽しいものではないが。武道や武術を嗜まれた方には釈迦に説法だが、武道の技には多くの「返し技」がある。先日、アテネ五輪の柔道で、男子準決勝だったと思うのだが「内股空かし(うちまたすかし)」で一本勝ちした選手がいた。この技は「内股」の返し技で相手の「内股」仕掛けを利用して、足をはずし、自分の技に利用するものである。著者が弱小柔道部に所属していた高校時代、「内股」が得意技の先輩に対して、いつも「内股空かし」で対応して勝ってしまい嫌われていた。著者は決して強かった訳ではない。(公式戦は十数戦で2勝しかできなかった)ただ、その先輩が「内股」に入るタイミングが良く判ったため、返すことができただけである。この「内股空かし」も相手が「内股」を仕掛けてきたらどうするかという想定の中で生まれた技である。

「後の先」という言葉をご存知だろうか。この言葉は割と武道に限らず、スポーツでは使われる言葉である。今ではCounter Attack と英訳したほうが解りやすいかもしれない。「カウンター攻撃」ならば、サッカーでもバスケットでも多用する言葉であるし、実際、有効な攻撃方法だろう。サッカーを例に取れば敵が味方のコートに殺到している状態からボールを奪い、ロングパスと速攻で相手が防御する前に攻撃することなどである。これを日本語では「後の先」と呼ぶ。居合術を含むスポーツではない古武術にはそのような想定がずっと露骨かつ精緻に残っている。前回の稽古で学んだ新しい技はそうした返し技の一つであった。そのような返し技を居合では「影の形」若しくは「裏の形」と呼ぶ。

それは「後の先」の「後の先」を想定した技で、帯刀していた時代もそうそう使われた剣技ではないだろう。まず、表の技は『石火(せっか)』と呼ばれる。この技がそもそも返し技である。まず、両者帯刀、相対した状態で、相手が抜き付け(抜刀してそのまま)に右足若しくは右胴を斬り付けてくる。『石火』を仕掛ける側はそれを抜刀して体の右側にて片手で受ける。このとき切っ先は下を向いている。斬り付けられた右足はその際に引くのだが、大きく引かず、足をそろえる程度にする。相手は抜き付けを止められたので次の技に移行しようとする。そこを、仕掛け側は切っ先を相手に向け、刀の峰に左手を添え、左足で一歩踏み込み、相手のみぞおちから下腹部を突く。引き抜いて、血振、納刀。ここまでが『石火』である。要するに相手が右側に斬り付けてきた場合に止めて、突きを返す技であり、「後の先/カウンター攻撃」となっている。

だが、この技を更に返す「影の形(裏技)」も考えられている。それは『如電(にょでん)』という技であり、これが「後の先」の「後の先」となっている。『如電』は『石火』の返し技であるため、動きは『石火』側が突いて来るまでは同じとなる。抜き付けで相手の右足または右胴に切りつける。相手はそれを抜刀して受けとめ、下段の突きを放ってくる。(石火)この突きを体を左側に捻ってかわし、低い姿勢となっている相手の首筋(頚動脈)にやはり左手を剣の峰に添えて上から圧し切る。これで『如電』の完成となる。その後、血振、納刀。カウンターのカウンターである。

考えてみると、この『如電』という技は相手が『石火』またはそれに近い攻撃を繰り出してきた場合にしか使えない応用範囲の狭い形である。居合は表裏の技がセットになっていることが多く、限定的な場合を想定した返し技が目立つ。実際にこの技で切り殺された相手は少ないだろうと想像される所以である。しかし、この臆病なまでの状況設定、「相手がこう来たらこう返す、更にこう来たら、こう返す」という想定があったからこそ居合という武術が現在まで生き残っているのではないだろうか。

サッカーで「ファンタジスタ(fantasista)」という言葉を良く聞く。辞書を引くと「独創性あふれるプレーをする名選手/想像力に富んだ名選手」という意味である。名選手であるからには技術的、身体的に優れているのは勿論だが、彼等の素晴らしさはその素晴らしい「独創性/想像力」にある。彼等は誰も思いつかないような可能性を一瞬の判断で「想像」し実現してしまう。まさか!という位置から攻撃、防御し、ゲームの流れを変えてしまうことも多い。だが、普通の選手はこうは行かない。事前にあらゆるシチュエーションを想定し、訓練し、反射的に動けるようにしておく。その訓練だけが「ファンタジスタ」と呼ばれる選手たちに対抗する唯一の手段であろう。

居合術の始祖達は所謂、人口に膾炙した剣豪は少ない。勿論、人並み以上に優れた剣士であったのだろうが、この臆病さ、この精緻さはむしろ、自らの想像力の限界を知る人にこそできるものではあるまいか。抜刀して立ち会ったら決して敵わぬ天才的な剣豪を相手に、如何にして生き残るか。それを懸命に考えたその努力の集大成がこの「居合術」となったのではないだろうか。この「後の先」の「後の先」の技を学びながら、先人たちを「偉大な凡人」として想像してみた。あたかもモテ無い男が、モテる男に及ばずながらも努力するように。
さて、筆者も努力してみよう。…と。
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by seagull_blade | 2004-08-24 19:11 | swordplay