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by seagull_blade

Biz Trip to Dalian

大連という名前は旧帝国陸軍が付けたということだ。日本語では「だいれん」と発音するが、英語表記ではDalian、中国語では「ターリェン」と発音する。この街は、2006年の今、空前の好景気である。高層ビルは雨後の筍の如く次々と立ち並び、自動車も日本車やドイツ車をはじめ、かなりの高級車が周囲を睥睨しつつ走っている。百貨店には高級ブランドが媚態を見せつつ並び、人々は周囲を気にすることも無く、ひたすらそれぞれの人生を行き急いでいるようだ。60年前に、この街から多くの日本人が引き上げた際、日本人は多くのインフラをそのまま残していった。中国共産党の政策はそれをうまく活かしきれていなかったが、鄧小平の時代に起きた資本主義への実質的な転換は、この街が持つ潜在力を引き出したらしい。
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成田から2時間半のフライトで到着する好立地条件と、好景気とは言え、先進国との間にある10倍以上の経済格差が、大連を外資系企業の下請け工場として発展させ始めた。筆者はその一つである企業の一員として、此処に出張に来ている。今は街の中心にある五つ星ホテル、「スイスホテル大連(大連瑞士酒店:Swisssotel Dalian)」の26階でこれを書いているという次第。

現在のプロジェクトは大連にある自社の開発部隊を、日本側が利用する際に発生する、あらゆる問題を、ガイドラインの形でまとめ、お互いの仕事をよりスムーズにするというものである。システム構築におけるフェーズ「企画⇒見積⇒設計⇒開発⇒テスト⇒リリース⇒保守」の内、実際にプログラムを組む「開発」作業を大連で行うというビジネスモデルを既に運用しているのだが、このような方法を「off shore delivery」「オフショア開発」という。

システム開発業界は、パッケージシステムでない、いわゆるカスタム開発を行う場合、「人月(にんげつ)」という単位で単価を計算する。つまり「一人が一ヶ月働くと幾らかかる」というものをベースコストとするわけである。通常日本のSI企業(システムインテグレータ)では、「1人月=100万円」程度が相場であろうか。勿論、参画メンバーのランクなどによって異なるが、大体この程度だと思って良い。規模やピンからキリまであるが、例えば100人月の仕事であれば「100万円×100=1億円」という見積となる。SI企業としては価格競争力をつけるために、同じ人月がかかるのであれば、より単価の安い場所で作れば、人月は同じでも価格が下がるところから、単価の安い途上国を使うことを考える。同じ100人月でも単価が「1人月=10万円」であれば価格は一挙に十分の一になるというわけだ。

しかし、物事はそれほど単純ではない。実際に海外での作業を行うためには国内では発生しない、もろもろのコストが発生する。その大きなものはコミュニケーションそのもののコストである。例えば、日本語⇒中国語⇒中国語⇒日本語という伝言ゲームをするためには、通訳のコストと時間的なコストが発生する。これが実際馬鹿に出来ない。単なる翻訳の問題だけではなく、相互の常識も異なる世界と仕事をするためには、それぞれが暗黙の前提にしている事柄を逐一お互いに伝え、更に妥協点を見出さなくてはならない。これらの妥協点を見出すというのが現在のプロジェクトの趣旨である。

大連に来て実際に人とコミュニケーションを取ってみると、彼我の間のさまざまな相違点に気が付く。その中で筆者が一番感じるのは人との距離のとり方の違いである。というよりも、大連の人々は「人と距離をとって接する」ということをしない。親愛の情を示すやり方は色々あるだろうが、彼らは直接、こちらの懐に入ろうとする。裏返せば、相手を非難する場合でも直接的だ。おかしいと思えば、はっきりと「Your opinion is wrong.」と言い切る。初対面の相手に我々はなかなかこのように言えないだろう。婉曲表現という言葉とは無縁の世界である。

よく言われることだが、日本人は暗黙の前提が非常に多い国民である。それは成熟した常識があるということなのだが、海外ではそれがマイナスにでることが多い。日本人と同じような顔をだからといって、同じように接すると、彼らにとっては失礼でわかりにくい人との印象を持たれかねない。もっとも面倒なのは、我々が良かれと思って言った言葉が、彼らにとっては「馬鹿にしている」と取られてしまうケースである。こうしたことを避けるためには、日本人は国内で生活している時とは別の人格を装って他国の人々と付き合うことが肝心であると今回の経験から筆者は考えた。

60年前に日本人が取り組んだ「帝国主義」が結果として大失敗し、現在まで引きずる結果になっているのは、上記のような「善意から出た言葉・行動」を相手がどう捉えるかを深く考えなかったことに大きな原因があるのではないか。「こちらの善意が通じない=下等な相手」と少なくとも当時の政府高官が考えてしまったことがあったように思える。結局のところ、一視同仁や八紘一宇などという言葉は、国内から一歩も出ず、他国人とコミュニケーションをとらないままに広がった一種の妄想であるような気がする。事の善し悪しは別にして、大英帝国のイギリス人がとったような態度の方が、禍根を残さないという意味では賢明だったのかも知れない。彼らは植民地の人間を心底馬鹿にしていただろうが、少なくともそれを隠すような態度や行動をとらなかった。結果として、植民地が独立する際も「わかりやすい敵」として追い出されたという気がする。しかし、我々は心の底の差別意識を隠すことが一種のやさしさだと勘違いしてしまった。それは彼らに日本人はthe Devil in disguise だと思わせてしまっただろう。それは現在までお互いに引きずる問題となってしまった。だからといって、2006年の今、経済格差があるからと言って他国人を馬鹿にしながら差別することも許される訳はない。兎角、コミュニケーションは難しい。
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by seagull_blade | 2006-07-31 12:04 | philosophism