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by seagull_blade

怪物の末裔

ギリシア神話には神々とともに様々な怪物が登場する。日本の八岐大蛇に比すべきレルネーのヒドラ。三つ首の大犬にして地獄の番犬ケルベロス。獅子、山羊、蛇などの合成物キマイラなど。これらの怪物たちは人間の持つ畏怖の心や恐怖の心が生み出したものであるが、それらの怪物には自然現象の神格化もある。
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エキドナ(echidna)という上半身が女性、下半身が蛇の魔神がこれらの怪物たちの母であるのだが、男女の原理を重んじるギリシア神話には、当然のごとく、この怪物たちの父も登場する。その魔神の名をテュポンと呼ぶ。

テュポンは風の神々(アイオロスなど)の父でもあり、海上貿易に生活の基盤を置く海の民たる古代ギリシア人たちが最も恐れた海の嵐の神格化であろう。その姿は星にも届こうかという大男で、肩より百匹の蛇を生やし、双眸からは炎を放ち、腕を伸ばせば世界の東西の果てに届いてしまう。そして、蛇の下半身を持ち、巨大なトグロを巻いているという。

テュポンはギリシア語で「Τυφών」と書く。英語表記では「Typhon」である。このスペルを見て、何かを連想しないであろうか。この「Typhon」を現代英語では「Typhoon」と表記し、発音は勿論「タイフーン」である。意味は台風・暴風を意味する。

台風という言葉は、元々中国語であり、このテュポンという怪物が、シルクロードやインド洋経由で中国にもたらされ、台風と当て字され、現在の台風となったのであろう。なお中古の日本において、台風は野分(のわき)と呼ばれていた。現在は雨を伴わない秋の強風を指す。因みに記せば、筆者の稽古している水鴎流居合剣法にも「野分(のわけ)」という技法があったりする。

ここで先ほど記した、テュポンの特徴を考えると、百匹の蛇と火を放つ目は筆者には何の謂か判らないが、腕を伸ばせば東西の果てに届き、巨大なトグロを巻く蛇というのは明らかに台風の特徴である、その強大かつ巨大な暴風域、目を中心に渦を巻く形を神話的に表現したものである。人間の感性というのは古今さほど変わらないようで、どうしようもない自然の驚異を神の怒りや魔神の咆哮という形で表現するようである。雨を伴った暴風雨のない地域、たとえば現在のイラク、古代はメソポタミアと呼ばれた地域では、その代わりに砂漠より吹き荒れる熱風がある。筆者は体験したことがないが、これは大変なものであるらしい。この熱風を神格化したものが、映画エクソシストに登場したパズズという魔神と聞いたことがある。

幸いにもパズズの魔の手は本邦まで届かないが、神話の如くテュポンの腕はまさに東の果てである日本列島を襲い、西の果てではハリケーンと名前を変えて荒れ狂っている。科学的常識が広まった現代日本では台風を魔神の咆哮と考える人はいない。だが、人智ではどうしようもない怪物的な力を持つ自然の力は健在である。

よく知られたことであるが、一つの台風の持つエネルギーは広島に投下された原爆リトルボーイのなんと数十倍である。10の18乗ジュールという天文学的というか、ほとんど想像もつかない力である。そして台風の発生メカニズムは詳しく解明されていない。

筆者は考え方として、「自然と共存」とか「自然の力は恐ろしい」などの科白で思考停止することを好まない。人間が地球の中でどのように振舞おうと、人間という存在が生物学的にも自然の一部である以上、それは自然と呼ばれるものの一部であるはずであるし、自然破壊・環境破壊といったとしても、それは人間やその「破壊された環境」に弱い生物にとって打撃となるだけであって、地球という存在にはなんら問題がない。それを「共存」だの「自然破壊」だのという言葉で表すということ自体、不遜であると筆者は思う。

だが、そうは言いながらも、自然災害は恐ろしい。環境破壊云々の前に筆者や周囲の人々や縁あってこのブログを読んでいただいている読者諸賢に対して直接の、しかも限りなく受身な対応しか取れないものであるからである。筆者の住む東京都杉並区や筆者が育った世田谷区は先日の台風14号によって、床上・床下浸水などの水害に会い、自宅側の善福寺川や会社の側の妙正寺川は氾濫し、直接の脅威を目の当たりにすると、やはり思考停止したくなる。ニューオーリンズを直撃したカトリーナのTV映像を見て、恐怖を抱かなくても、実際に轟音をたてる近所の小川を見た方が恐ろしいものである。

話が横道にそれてしまったが、台風被害の不安といおうと、テュポンの恐怖と呼ぼうと、その意味するところは同じであるような気がする。「科学的」思考でその正体を知り、不安を紛らわしたところで、その脅威はいささかも減じることはない。

技術的進歩によって我々は被害を最小限に食い止めるよう努力をすることはできる。嵐の被害をどう食い止めるかというのは少なくとも日本の土木建築技術の最大のテーマの一つであろう。だが、

怪物たちは今も健在で、人間に脅威を与え続けている。筆者ができることは魔神テュポンの末裔たちに、これ以上荒れ狂わないよう祈るだけである。それは古代ギリシア人が行った対策とおそらく変わらないであろう。大雨の窓の外を見ながらそんなことを考えていた。
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by seagull_blade | 2005-09-06 16:57 | philosophism