Have a life outside of work.


by seagull_blade

A fountain pen with his name engraved on it (万年筆の話)

先日、ウォーターマンの万年筆を購入した。深いメタリックグリーンの手持ちの良いもので、インク充填方式はカートリッジとスポイト式のコンパチブルである。折角なのでインクを購入し、会社の机上に置いてみた。液晶ディスプレイの前にインク壷というのも、なかなか良い感じで、ちょっと気に入っている。
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18世紀半ばのイギリスで、金属ペンが発明されてから、凡そ百数十年後の1883年、アメリカの保険外交員ルイス・ウォータマンが初の実用万年筆を発明し、特許を取得、ウォーターマン社を設立した。その後、万年筆はモンブラン社やパーカー社などのメーカが公文書にも使えるペンとして隆盛の時を迎え、1958年にはセーラー万年筆がカートリッジ式の特許を取得している。50年代にはボールペンが実用化され、1970年代、公文書へのボールペンでの記入が各国で認められてから、万年筆は衰退し、今では一種の象徴的な意味を持つ、過去の実用品となっている。

作家海音寺潮五郎がその著作の中で「およそ武器というものは実用品でなくなってから神聖視(象徴化)される。弓が実用に耐えなくなってから、武士のことを弓取と呼んだり、刀が役に立たなくなってから武士の魂とよばれるようになった。鉄砲などは終始実用品であったから、ついぞ神聖視などされなかった」と記している。武器に限らず、およそ象徴化されたり、儀式化されたものは全て過去のものであり、前時代的であろう。万年筆も20世紀後半になって初めて象徴化してきた。価格的なこともあろうが、ありふれたボールペンやサインペンをプレゼントされるよりも、万年筆をプレゼントされた方が、ちょっと気が利いているように思うのは、きっと万年筆がもはや「過去の実用品」であるからなのではないか。道具は実用から離れて初めて、時代の香りや伝統を主張するものになる。

先日、筆者がよく立寄る飲み屋に、見かけない店員がいた。学生アルバイトにしては、少しとうが経っているので、何をしているのか聴いてみると「司法試験合格」を目指して勉強しているのだと言う。ご存知の通り司法試験は超難関のテストである。合格率は3%。他人の人生を直接左右する物事を扱うのだから当然と言えば当然難しいのだが、この数字は凄まじい。友人に慶応大学から司法試験に合格し、現在は弁護士の男がいる。彼は中学以来の友人で、昔からかなり成績が良かった。ルックスもなかなかで、かつ運動もそれなりに出来る。当然、女性にもモテる男だった。なので性格もこなれていて、あまり文句の付け様がない。だが、その彼にして、19歳から勉強を始め合格したのは20代半ばである。実際、遊ぶことは大好きな男が、殆ど外出せずにひたすら勉強して6・7年かかるようなものである。それでもかなり優秀なほうなのだが…。

その友人に付き合って、こちらはテスト勉強をしていたり、勉強にかこつけて酒を飲んだりしていたが、何度目かの不合格の後、彼はモンブランの万年筆を持ってきた。モテる友人のことだから、「プレゼントか?」と訊くと、「自分で買ってきた」という。万年筆の値段など知らなかったが、10万円だか20万円だかの代物である。学生が買うにはちょっと高すぎる。理由を訊ねてみるとこういうことだった。試験はボールペンや万年筆などの筆記具を使って行う。3%の合格率では、採点する側にはより読みやすいものを提示しなくてはそれも命取りになる。だから、より読みやすい文字を書く為に、来年の試験に向けて今からこの万年筆で書きつづけるのだと。

それにしたって、いくらなんでも高すぎると筆者は思ったが、これは彼なりの自分に対する決意表明だったのだなと今では思う。司法試験の勉強を始めてからアルバイトらしいアルバイトもしていなかった彼が、おそらく、なけなしの小遣いを全てはたいて購入したのだろう。グリップの太い漆黒の万年筆は、「合格するまでは、それ以外のことに心を砕かない」という意思であったのだ。そしてその万年筆を使い、数年後、晴れて合格した。合格した直後に一杯飲みに行った時、シャンパンを一瓶持っていったのを思い出す。結構、気障なところもある友人は喜んでくれた。

そんなことを思い出しながら、ジャケットの内ポケットにある自分の万年筆を取り出して、玩びつつ、その店員と話をしていた。この万年筆にまつわるエピソードを話してみようかとも思ったが、止めておいた。司法試験という狭き門は、そういう慰めや笑い話が通用する世界ではない。彼女(店員は女性だった)には彼女なりの決意があるだろう。それがどういう形で示されるのかはわからないが、自分だけの方法を大事にしたほうが良い。司法試験を目指すくらいだから相当に頭が良いに違いない店員だが、それでも「万年筆購入⇒合格」という馬鹿げた図式を思い描くに違いない。それが馬鹿げたものであることがわかっていても、藁にもすがりたい気持ちで勉強しているに違いない彼女には気に障る雑音でしかないだろう。

因みに筆者のウォーターマンは1万円程度で、別に何かの決意があって買ったわけでもない。ただ何となく万年筆が欲しいなと思っただけである。だが、もしかするとその友人に対して持っている憧憬のような嫉妬のようなものがあったのかも知れない。社会人となり忙しくてなかなか会うことも出来ないが、今度会ったらあの万年筆はどうなったのか訊いてみたい。今でも仕事机の上にあるのだろうか?それとも思い出とともに仕舞われたのだろうか?

当人へ
今でもあのモンブランは現役かい?
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by seagull_blade | 2005-07-18 14:01 | bizarro life