「ほっ」と。キャンペーン

Have a life outside of work.


by seagull_blade

弔意。若すぎる死へ。

Tears in Heaven

Would you know my name
If I saw you in heaven?
Would it be the same
If I saw you in heaven?

I must be strong
And carry on,
'Cause I know I don't belong
Here in heaven.

Would you hold my hand
If I saw you in heaven?
Would you help me stand
If I saw you in heaven?

I'll find my way
Through night and day,
'Cause I know I just can't stay
Here in heaven.

Time can bring you down,
Time can bend your knees.
Time can break your heart,
Have you begging please, begging please.

Beyond the door,
There's peace I'm sure,
And I know there'll be no more
Tears in heaven.

Would you know my name
If I saw you in heaven?
Would it be the same
If I saw you in heaven?

I must be strong
And carry on,
'Cause I know I don't belong
Here in heaven.

Good bye Henry, See you someday...
一杯飲んだのは一度きりだったね。
会ったのも一度。
だが友には違いない。
逝くにはあまりに早い。
この先また話すことがあると思っていたよ。
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# by seagull_blade | 2007-09-24 04:09 | bizarro life

無題

「国民が正しく歴史を理解することが大事だ」今回の首相靖国神社訪問の経済同友会会長のコメントである。また、中国・韓国のような反日を国是とした国もそういうことを述べている。中韓については他国であるし、外交戦略などもあるだろうから別段感想を持たない。それぞれの戦略・戦術・思惑に沿った発言をすればいい。外交とはカードゲームにも似て、双方の知恵を絞り、如何にして自国の国益に合致する状況を作り出すかということだからだ。自国の国益とは勿論、相手を出し抜き、陥れることだけではなく、Win-Winの関係がベストであることは論を待たない。なかなか理想どおりになる訳はないから、次善の策、次善の策になるというだけである。私がどうしても不思議なのは、日本国内の人間が「正しく歴史を理解」などと発言することである。

発言の主は「正しい歴史理解」などというものが本当に存在していることを本気で信じているのだろうか。もし信じているのであれば、それは相当重症の大馬鹿者、関西経済同友会の会長などよく勤まるものである。ごく普通の人でも「誰にも恨まれていない」と考えている人間は少ないだろう。それはつまり、物事とは多面的であって、如何に自分が公明正大・清廉潔白に生きてきたと考えていたとしても、そう見ない見方があることくらいは多くの大人は自覚している。当然そのような物事の積み重ねである歴史の場合、立場や見方が違えば、認識も理解も十人十色になるくらいは解るだろう。言えることはせいぜい「国民一人一人が、歴史を自分自身で考えるべきだ」くらいの事しかないはずである。「国民が正しく歴史を理解することが大事だ」という発言は、あたかも「自分は正しく歴史を理解している」という傲慢でしかない。

社民党を始め、特定のイデオロギーに沿った考え方をする人々についてはあまり論及する必要を認めない。どこかに理想の世界があるという慕夏思想に捉われて突き進んだが、結局そんなものは存在しないという現実を突きつけられてヒステリーに陥っているだけだと思うからだ。ヒステリーが言い過ぎならば、ルサンチマンを抱えた結果として世の中にうらみつらみを吐露しているだけである。マスメディアというのは未だにWar Guilt Information Program にでも捉われているのか、こうしたルサンチマンを抱えた人間が牛耳っているように私には思えるがこのテーマは今は置く。

レトリックとして「正しい歴史理解を」というのであればまだ解らないでもない。立場上、そのように発言しておいたほうが有利になるという計算ならば。しかし、サヨクだろうとウヨクだろうとノンポリだろうと、本気で「正しく歴史を理解する」などということがありえると考えている人は、子供でなければ大馬鹿者である。理解とは「正しく理解した」と思った瞬間に思考停止して、それ以上何も理解しなくなる性質のものであろう。「信念の人!そりゃ何も考えない馬鹿者のことだな」という会田雄二氏の言葉を思い出した。
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# by seagull_blade | 2006-08-15 18:15 | philosophism

Biz Trip to Dalian

大連という名前は旧帝国陸軍が付けたということだ。日本語では「だいれん」と発音するが、英語表記ではDalian、中国語では「ターリェン」と発音する。この街は、2006年の今、空前の好景気である。高層ビルは雨後の筍の如く次々と立ち並び、自動車も日本車やドイツ車をはじめ、かなりの高級車が周囲を睥睨しつつ走っている。百貨店には高級ブランドが媚態を見せつつ並び、人々は周囲を気にすることも無く、ひたすらそれぞれの人生を行き急いでいるようだ。60年前に、この街から多くの日本人が引き上げた際、日本人は多くのインフラをそのまま残していった。中国共産党の政策はそれをうまく活かしきれていなかったが、鄧小平の時代に起きた資本主義への実質的な転換は、この街が持つ潜在力を引き出したらしい。
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成田から2時間半のフライトで到着する好立地条件と、好景気とは言え、先進国との間にある10倍以上の経済格差が、大連を外資系企業の下請け工場として発展させ始めた。筆者はその一つである企業の一員として、此処に出張に来ている。今は街の中心にある五つ星ホテル、「スイスホテル大連(大連瑞士酒店:Swisssotel Dalian)」の26階でこれを書いているという次第。

現在のプロジェクトは大連にある自社の開発部隊を、日本側が利用する際に発生する、あらゆる問題を、ガイドラインの形でまとめ、お互いの仕事をよりスムーズにするというものである。システム構築におけるフェーズ「企画⇒見積⇒設計⇒開発⇒テスト⇒リリース⇒保守」の内、実際にプログラムを組む「開発」作業を大連で行うというビジネスモデルを既に運用しているのだが、このような方法を「off shore delivery」「オフショア開発」という。

システム開発業界は、パッケージシステムでない、いわゆるカスタム開発を行う場合、「人月(にんげつ)」という単位で単価を計算する。つまり「一人が一ヶ月働くと幾らかかる」というものをベースコストとするわけである。通常日本のSI企業(システムインテグレータ)では、「1人月=100万円」程度が相場であろうか。勿論、参画メンバーのランクなどによって異なるが、大体この程度だと思って良い。規模やピンからキリまであるが、例えば100人月の仕事であれば「100万円×100=1億円」という見積となる。SI企業としては価格競争力をつけるために、同じ人月がかかるのであれば、より単価の安い場所で作れば、人月は同じでも価格が下がるところから、単価の安い途上国を使うことを考える。同じ100人月でも単価が「1人月=10万円」であれば価格は一挙に十分の一になるというわけだ。

しかし、物事はそれほど単純ではない。実際に海外での作業を行うためには国内では発生しない、もろもろのコストが発生する。その大きなものはコミュニケーションそのもののコストである。例えば、日本語⇒中国語⇒中国語⇒日本語という伝言ゲームをするためには、通訳のコストと時間的なコストが発生する。これが実際馬鹿に出来ない。単なる翻訳の問題だけではなく、相互の常識も異なる世界と仕事をするためには、それぞれが暗黙の前提にしている事柄を逐一お互いに伝え、更に妥協点を見出さなくてはならない。これらの妥協点を見出すというのが現在のプロジェクトの趣旨である。

大連に来て実際に人とコミュニケーションを取ってみると、彼我の間のさまざまな相違点に気が付く。その中で筆者が一番感じるのは人との距離のとり方の違いである。というよりも、大連の人々は「人と距離をとって接する」ということをしない。親愛の情を示すやり方は色々あるだろうが、彼らは直接、こちらの懐に入ろうとする。裏返せば、相手を非難する場合でも直接的だ。おかしいと思えば、はっきりと「Your opinion is wrong.」と言い切る。初対面の相手に我々はなかなかこのように言えないだろう。婉曲表現という言葉とは無縁の世界である。

よく言われることだが、日本人は暗黙の前提が非常に多い国民である。それは成熟した常識があるということなのだが、海外ではそれがマイナスにでることが多い。日本人と同じような顔をだからといって、同じように接すると、彼らにとっては失礼でわかりにくい人との印象を持たれかねない。もっとも面倒なのは、我々が良かれと思って言った言葉が、彼らにとっては「馬鹿にしている」と取られてしまうケースである。こうしたことを避けるためには、日本人は国内で生活している時とは別の人格を装って他国の人々と付き合うことが肝心であると今回の経験から筆者は考えた。

60年前に日本人が取り組んだ「帝国主義」が結果として大失敗し、現在まで引きずる結果になっているのは、上記のような「善意から出た言葉・行動」を相手がどう捉えるかを深く考えなかったことに大きな原因があるのではないか。「こちらの善意が通じない=下等な相手」と少なくとも当時の政府高官が考えてしまったことがあったように思える。結局のところ、一視同仁や八紘一宇などという言葉は、国内から一歩も出ず、他国人とコミュニケーションをとらないままに広がった一種の妄想であるような気がする。事の善し悪しは別にして、大英帝国のイギリス人がとったような態度の方が、禍根を残さないという意味では賢明だったのかも知れない。彼らは植民地の人間を心底馬鹿にしていただろうが、少なくともそれを隠すような態度や行動をとらなかった。結果として、植民地が独立する際も「わかりやすい敵」として追い出されたという気がする。しかし、我々は心の底の差別意識を隠すことが一種のやさしさだと勘違いしてしまった。それは彼らに日本人はthe Devil in disguise だと思わせてしまっただろう。それは現在までお互いに引きずる問題となってしまった。だからといって、2006年の今、経済格差があるからと言って他国人を馬鹿にしながら差別することも許される訳はない。兎角、コミュニケーションは難しい。
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# by seagull_blade | 2006-07-31 12:04 | philosophism

稽古道具。

当然のことではあるが、居合稽古にも道具が必要である。とは言え、それほど値の張るものが必要なわけではない。勿論、凝りだせばきりがない世界なのだが、今回は居合稽古に使う刀の話をしたい。

先日の稽古で、筆者の刀が折れてしまった。丁度下から逆袈裟に斬り上げる技の最中に「カシャーン」という音とともに刀身が飛んでいった。筆者の刀は真剣ではなかったが、模擬刀といっても、要するに刃物の形をした金属なので、誰かに当たれば下手をすると死んでしまう。幸いにも誰もいない方向だったのでよかったが、誰かいたらと思うとぞっとする。
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ところで筆者は真剣を使っていない。理由は色々あるのだが、やはり筆者の腕では危険であるのと、それなりに高額(30万円~)なので、もう少し腕が上がってからと考えている。真剣でなければ何を使うかというと、模擬刀と呼ばれるものである。銃刀法では刀剣を所持するのに特別な資格は必要ないが、真剣の場合は登録証が必要となる。模擬刀については真剣ではないので登録証などは必要ない。また、正確な定義は把握していないが、一般的に言って、模擬刀は美術用と武道稽古用に大別できる。前者はお土産用や端午の節句の飾りなど純粋にディスプレイ用であり、後者は居合や物によっては剣道形の稽古に使われる。(勿論ディスプレイしても良い)また後者は居合刀(いあいとう)と呼ばれることが多い。居合刀の価格は大体20000円から、高いもので10万円強というところか。

どこが異なるかというと、まずは柄の素材である。美術用は柄の部分がプラスチックや樹脂製が多く、実際に振った際に発生する力に耐えられない。やってみたことは無いが、柄そのものが曲がったり、刀身が外れてしまうことがあるようだ。居合刀は、刀の価格によって色々あるが、柄は本物同様木製である。朴を使うことが多いようである。また、柄に巻く鮫皮も本物であることが多い。こちらはほぼ真剣同様に作成されているので、稽古に使用することができる。

次に刀身だが、これは美術用、居合刀ともに亜鉛合金である場合が殆どである。磁石が付く位の鉄を含むと銃刀法に引っかかるため、亜鉛合金のダイキャスト製が多い。ダイキャストとは鋳型のことである。筆者が子供の頃に遊んだ「超合金」の玩具は大体これで作られている。また居合刀は同じ亜鉛合金でも、より高温で処理でき、加工精度の上がる砂型を使用する場合が多い。この場合は多少硬度が上がるらしいが、居合刀は基本的に打ち合うようには出来ておらず、それをやれば当然、折れたり曲がったりする。(筆者の折れた居合刀でも打ち合ったり、何かを斬ったことは一度も無い)
特殊合金と表示されているケースも多いが基本的には亜鉛合金と考えて良いらしい。

拵(こしらえ:外装のこと)については完全に価格に依存する。というよりも居合刀の価格は殆ど、この拵で決まってしまう。高いものでは真剣に使用するものを使うが、廉価なものでは、見るからにチャチなものもあって、迷うところである。拵は大体、柄、柄巻き、目貫、鍔、切羽、はばき、鞘、金具などから構成されており、幾らでも凝ることが出来る。特に鍔や目貫(グリップを良くするための金具)についてはそれだけで独立した美術品が多く、専門のコレクターもいるくらいである。

筆者は居合刀をこれで合計二振り折っており、また今回のケースではたった半年間の稽古で折れてしまっていたので、何らかの対策を打たねばならない。武道具店に相談したところ、「折れた箇所を見ると捻りながら抜いているので、亜鉛合金ではきっとまた折れてしまう。より折れにくい真鍮削り出しが良いでしょう。」とのこと。真鍮削り出しの居合刀は剣道形など、多少の打ち合いにも耐えるものだそうである。もっとも、真鍮とて亜鉛と銅の合金ではあるのだが。

拵は無事だったので、刀身のみ新調することにした。ところで、真鍮の欠点は重いことである。筆者は大体鞘を払って900g~1000gのものを使っているのだが、真鍮刀身の刀を持たせてもらったところ、これがやたらと重い。1200gあるという。実際、100g、200gの差でも技に影響が出るほどに違う。少なくとも筆者は出来上がりが1100gを超えるような刀は手に余るので、どうにか1050g以下にしてもらうようにお願いした。刀身に樋(ひ)と呼ばれる溝を掘って軽くするなどこのあたりも色々な工夫がある。

「一から削りだすので、メッキはどうしますか?」ということだったので「長光」のメッキをお願いした。何の話かと言えば、刃紋についてである。日本刀の刃部には刃紋と呼ばれる模様がある。これは刀工が刀の製作の過程でつけるもので、真っ直ぐなものや波型のものなど、刀工やその流派、作成時期によって大体決まっている。有名なところでは「関の孫六‘三本杉’」などがある。真剣と異なり、模擬刀の刃紋はメッキで処理される。

なお、居合刀は曲がりはするが、そう簡単に折れるものではない。先生や先輩方に聞いてみても、一度も折ったことはないとのこと。やはり筆者の腕に問題があるらしい。精進しなければ。しばらくは刀の出来上がりを楽しみに、木刀を振ることにしている。

――
(筆者の居合刀の情報をご興味のある方のために)
刃長:二尺四寸(約74cm) 刃紋:長光写し 柄巻:黒綿片手巻き 鍔:二つ九曜象嵌
重量:1050g 鞘:黒石目 金具:柳 目貫:軍馬 
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# by seagull_blade | 2006-07-26 11:06 | swordplay

Matrix

転職から4ヶ月が経ち、会社の環境にもようやく慣れつつあるという状況である。「会社の環境」と書いたのは、現在の仕事が完全に「プロジェクト単位」で動く会社であり、常に仕事の仕方は流動的で人員も内容も毎回変わるので、会社に慣れたとは書きにくいからである。こうした組織はマトリックス型と呼ばれる。同じような環境の企業で働いている方にはよくお分かりのことと思うが、ピラミッド型の組織でしか働いたことの無い方も多いと思うので、マトリックス形の組織について説明したい。
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会社組織は大きく分けて「ピラミッド型」「マトリクス型」に分けられる。組織は好むと好まざるとに係わらず、軍隊にその端を発していると考えられ、ピラミッド型が基本形をなしている。即ち、トップ以下それぞれの目的に応じた組織に分け、更にその下に機能別の組織を形成する形式である。軍事的組織ならば、トップ⇒三軍(陸海空)⇒師団⇒連隊⇒大隊⇒中隊⇒小隊⇒分隊であり、会社組織ならば、トップ⇒事業部⇒部門⇒課⇒班が対応しているだろう。組織によって色々異なるが、凡そこのようになるかもしれない。ピラミッド型組織の特徴は、「基本的に直属の上司が一人」であることが上げられる。肩書き(階級)が上の人間は存在するが、そこから斜めに命令が飛んでくることは無い。また、軍隊組織を管理可能なほど、大人数・大規模な組織に対応している。

これに対して、「マトリクス型」という組織がある。大きくは能力とランクで個人を分け、プールしておく。そして、その時々の必要に応じてプロジェクトチームを作り、目的を達成すれば解散して、またプールされるというのが基本的な形である。この「能力×ランク」というのが、「マトリクス」なのであろう。一時期のビジネス書などでは組織の理想形としてもてはやされていたが、近頃はそうした記事を見なくなった。実際にピラミッド型組織で動いてきた組織に、このマトリクス型組織を当てはめようとすると、なかなか機能しないということが解ってきたからだろう。

小中学生の頃に「グループ学習」という授業の経験はおありだろうか?第二次大戦後、GHQによる教育改革の中で取り入れられた手法なので、恐らく読者諸賢も経験があると思うのだが、実はあれが「プロジェクト単位での作業」を日本でも行うための布石だったそうである。社会科見学についてグループ(班分け)単位で「目的と調査内容」を決定し、メンバーのロール(役割分担)を決めて、社会科見学して、レポートにまとめる(プロジェクト遂行)。ここまでの作業は実社会でのプロジェクト遂行の予行演習という訳である。

現在、筆者が所属している企業では殆ど純粋にマトリクス型組織が運営されており、社員をプールしておいて、必要な際に必要な能力を持ったメンバーに対して面接を行い、プロジェクトを遂行し、完了後またプールされるという形で仕事を進めていく。3月に中途入社してから、現在のプロジェクトで4つ目である。プールされた状態から、常に「社内就職活動」を実施して自分でキャリアを形成していくという形式は、他の中途入社メンバーに聞いてみると、さほど違和感は無いということである。やはり外資系、特にアメリカ系の企業では当たり前のようである。しかしコテコテの日本企業から移った筆者にはなかなか新鮮である、というよりも、慣れるまで結構大変である。未だに慣れていないかもしれない。

この種の組織を運用する上では幾つかのポイントがあるようだ。最初のポイントは組織の流動性を高く保つことである。そのためには組織のメンバーそれぞれが自分のキャリア形成プランを少しでも意識し、指示を待つのではなく、自分の身につけたいスキルを得られるような仕事を自分で取りに行くということが当たり前のこととして企業風土に組み込まれていなくてはならない。先日、筆者と同時入社の人が3ヶ月にして辞めてしまったが、自分から仕事を得るための風土に馴染めなかったというのが主な要因であると思える。

2つ目はルールを明確にし、それをできる限り厳格に適用することである。例えば、「プロジェクトへの参加(assign)にしても、プロジェクトのマネージャが任命され、マネージャが必要な人間を社内から探し、面接をして、プロジェクトにアサインする。そしてプロジェクト完了時にはリリースする。評価は参加したそれぞれのプロジェクトマネージャが論議して、相対評価で決定する。」こうしたルールが守られていれば、アサインされる側はそのつもりで仕事ができる。特定の上司に縛られないが故に、あまり好き嫌いで評価が決まるということも無い。此処で恣意的にルールを曲げて、「何某は何某の懐刀」などとやってしまうと、メンバー間にチャンスを得ることについての公正さが失われてしまう。

そして最大のポイント会社は社員とその能力を信用するということだろう。ピラミッド型組織であった前職よりも、現在の方が遥かに仕事に対して要求される質、量ともに高くなっており、かなりきついことも確かだが、期待・信用されていることが判れば、モチベーションも高く保つことができる。マトリクス型組織では責任を上長、そのまた上長と辿って行くことが難しいから、それぞれの社員がクラスに応じた責任を取らざるを得ない。責任には権限も同時に伴わなければ、責任を取る気にもなれないから、やはりクラスに応じた権限も付与される。こうしたことが、社員には信用されているという実感に繋がると筆者は考えている。

メリットばかり書いてきたがデメリットも当然ある。まず、作業を創出できる社員でないとこうした組織とその方法についていけない。毎回毎回、初めての作業となるので、誰も完全に的確な指示を与えることはできないため、指示を待っていても何もできない。新入社員を含め、経験が無い、あるいは適正の無い社員にはこれは難しい作業だろう。
また、同時に毎回新しいメンバーと作業を進めていくことになるが、言い換えればこれはその都度信頼関係を新たに構築しなくてはならないということである。これはコミュニケーション能力に大きく依存するため、作業能力が高くてもコミュニケーション能力に問題のある社員を活用することが難しい。プロジェクト期間は決まっており、最小限の人間しか参加しないため、個々別々のフォローアップも難しい。

更に、会社に対する帰属意識やロイヤリティの問題がある。組織を流動的にすればするほど、横の連帯感や擬似家族的な一体感は生まれようもない。ここからは離職率の上昇や社員の精神衛生上の問題が発生しやすい。どちらも筆者が日々見て、感じていることである。退職挨拶のメールは頻繁に受信するし、相談もどこへ持っていったら良いかわからない。

また、この手の組織形態は大規模な組織での運用が難しい。会社のインフラとして組織運用をサポートするツールが用意され、確りと運用されていることが必要である。例えば、現職の会社では、社内向けのWEBサイトにより、現在の自分のステータスやスキルを登録しておき、それをマネージャがチェックしてコンタクトするというツールの利用方法がルールとなっている。

筆者は、目下のところマトリクス型組織で運営している現職の方が、ドライかつビジネスライクで気分は良い。また、自分のキャリア戦略に実際のキャリアを近づけることも、ピラミッド型よりはずっと容易である。その分リスクも高いのだが、そこはそれ、サラリーマンである限りは、それほど無茶なことにはならない。最悪のケースでもクビになるだけである。(そんなことも滅多に無いが。)もしも読者諸賢の中に、外資系企業などへの転職を考えておられる方がいれば、参考になれば幸いである。
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# by seagull_blade | 2006-07-21 11:34 | career

English, English

a0012892_17121219.jpgブログは休業状態が続き、更新するのをやめてしまったと思われた方々も多いと思う。お詫びの言葉も無い。転職してからも時間がなかったとは言えないし、記事のネタが無いわけでもなかったのだが、ブログを更新するだけの精神的な余裕が無かったというのが本当のところである。ご容赦願いたい。今後も遅筆ながらも続けて行く予定なので、お付き合い願えればと思う次第。

前回の記事で、転職先は「外資系コンサルティング企業」と書いた。社名はここで書くことは出来ないが、ご存知の方はご存知の企業かと思う。アメリカ発のグローバル企業で典型的な外資系である。経験不足や能力不足もあって業務でも四苦八苦しているのだが、さらに苦労しているのが、ご想像の通り英語である。筆者の業務クラスでは日常業務で会話を使うことは殆ど無いので、会話が不得手でも問題ないのだが、社内で使用するドキュメント類はほぼ英語、メールも5割は英語で届くというような状態である。

英語が得意な方にとってはどうということもないが、筆者のように「学校英語はほどほどで実用英語は日常最低限が精一杯」という人間にとってはかなり苦痛である。そうは言っても読み書きができないと仕事にならない。仕事用のメモに使っている手帳は殆ど単語帳と化し、もっとも頻繁にアクセスするサイトは「スペースアルク」という有様である。とは言え、一ヶ月そういう状態で仕事をしているといい加減に慣れてくる。入社時に受けさせられたTOEICのスコアは600点に少し及ばなかったが、今なら過去最高点を取ることができる気がする。

筆者の会社は非英語圏の社員のために語学学校の費用サポート制度がある。使わない手はないと考えて、イーオンのとあるスクールに通っている。簡単な面接があり、それによってクラス分けがなされる。レベルは中の上というところか。面接で指摘されたことだが、筆者は「聞く力」や「流暢さ」、「表現力」という部分は優れていると判断された。逆に問題点は恥ずかしい話だが「文法」と「語彙」であるらしい。実際TOEICのスコアではリスニングセクションがリーディング・ライティングセクションを100点以上上回っている。

筆者の傾向を一般化しすぎとは思うが、同世代(20代~30代)にはこうした傾向が実は強いのではないだろうか。つまり、実は「文法ができない」ということである。大雑把な世代論であることを承知で書くのだが、我々の世代は「受験英語は役に立たない」「文法ばかりはつまらない」というようなことをずっと聞いて育った。かといって、中学や高校の授業に「英会話」があったわけではない。しかし校外にはいくらでも英会話スクールがあり、そこで会話を覚えようとした人も多いだろう。また、映画や音楽をはじめいくらでも英語を聞くチャンスが(本人が考えるよりも多く)あったと思われる。その結果、受験を経験しつつも意外と文法が弱いという特徴がうまれているのではないか。また受験英語もマークシート形式が増えたため、さほど厳密に文法を理解していなくてもかなりの点数が取れてしまうということもあるように思える。

よく言われることだが、母国語ではない言語を使いこなすためには文法が必要である。特に印欧語族と全く異なる母国語を持っている我々日本人は、文法の理解なしでは英語を使いこなすことは難しい。正直、仕事で必要となった現在の感想である。会話については実際の会話をスポーツの試合のように積み重ねて行けば、少しずつ慣れてくる。そのような場所がなくとも本当に必要となれば、NHKラジオ講座でもiPodに取込んで通勤通学中に聴くぐらいの知恵は出るものだ。だが、文法はそうは行かない。どちらかというと地味な筋トレのようなもので、その効果がわかりにくい上にさほど面白いものでもない。しかし語学における基礎体力である文法をしっかり身につけないと、会話も幼稚なものとなる。カタコトであるのと幼稚であることは全く異なる。

と、ここまで偉そうに書いたが、筆者自身も四苦八苦の状態が続いている。自分の選択した世界では必須の「仕事の道具(ビジネスツール)」である英語なのだが。いつか英語で「I hate English!」と叫んでみたいものである。

昨今、英語教育を小学校から教えるということになりつつある。筆者自身は賛成も反対もないが、恐らくそういう教育を受けるこれからの世代もきっと英語はうまく使いこなせないだろうと確信している。理由は日本で生活する限りにおいて、英語は殆ど必要ないからである。英語が必要なケースは、留学するとか、海外との取引の多い会社で直接担当する部署に配属されるか、外資系企業のように社内公用語が英語などの特殊なケースに限られる。そういうケースはこれからもレアであろう。そしてそういうケースでない限り外国語を覚えて使いこなすことは難しい。というよりもむしろそういうケースでも相応の努力が必要である。これらのことから小学校から教えたところで、多少リスニング力と発音が良い生徒が出来上がるだけだと思われる。

English Divide(Digital Divideからの造語。英語力の格差から生じる経済力の格差)を主張し、英語を日本の第二公用語にするという議論もあるが、筆者は懐疑的である。どうもこの種の議論には「自分が英語が話せないのは、頭の柔らかい子供時代から英語を勉強しなかったからだ。子供なら母国語を吸収するがごとく英語も吸収できるに違いない」という思い込みから出発しているような気がする。筆者の周囲には英語に堪能な人々が多いが、帰国子女を除いて、みな中学からの勉強である。多少苦労は多くとも、母国語も英語も中途半端に身につけるくらいならどちらか一方を徹底したほうがよいと、英語の資料を読み漁りつつ思うのである。
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# by seagull_blade | 2006-05-09 17:14 | bizarro life

転職顛末記.

年末より一ヶ月以上更新できなかった。新年のご挨拶もままならなかったことをお詫びしつつ、今回のPOSTは言い訳がてら、近況のご報告としたい。
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筆者は営業SEとして現在の流通系IT企業で7年間働いてきた。大学を卒業した1999年、山一證券が倒産した年から、筆者のキャリアは始まった。所謂「就職氷河期」といわれた時期の真っ只中ではあったが、どうにか現在の会社に潜り込むことが出来た。しかし、平成不況、金融ビッグバンによる護送船団の崩壊などを横目に見ながら就職活動していた筆者は、入社当初から常に自分のキャリアをどう積み上げていくかということを考えていた。早い話が終身雇用という言葉が幻想になった世代であるということである。

最初の配属からほぼ5年間はグループ企業の担当SE兼営業という立場で仕事をしていた。仕事内容としては、メイン担当者(プロジェクトリーダー)として、ある中規模システムの運用・再構築を中心に、グループ企業のコンピュータ回りの何でも相談係というところである。パソコンも販売すれば、オフィスのネットワーク構築、LANケーブルの引き回しから、モール張りまでの何でも屋であった。

またSEとしては、かなり早い時期から「顧客への提案」「外注先選定」「見積」「受注」「基本設計」「プロジェクト管理」「テスト計画作成・実施」「リリース計画・立会い」「リリース」「運用フォロー」と、ほぼ全ての工程をプロジェクトリーダー(マネージャー?)という立場で経験した。

こうした「何でもやらされる」という立場は、今にして思えばなかなか出来ない経験であり、同時に財産である。しかし、これらの仕事をこなして行く間に、このまま続けていてもこれ以上の仕事の広がりの可能性が薄いと感じ始めた。もっと端的に表現すれば、先がある程度見えてきたということでもある。

少しでも視野を広げるために、会社に掛け合ってビジネススクールなどにも通った。半年間ではあったが、さまざまな業界のさまざまな立場の人々と知り合い、見聞を広めながら、次はどのようにすべきかを考えていた。その中で「あ、これかな?」と考えた仕事が「(IT)コンサルティング」であった。昨年2月に営業部に異動になり、また30歳という節目を迎えて、「コンサルティング業界への転職」を目標にし、転職活動を開始することにした。

結果としてはこの3月1日より某外資系のコンサルティング企業へ転職が決定したのだが、それに至るまでの道順というか顛末を簡単に記してみたい。
筆者が最初に始めたことは転職斡旋企業への登録と相談であった。結果としては最初に登録した斡旋企業ではうまく行かず、2つ目に登録した大手の紹介で転職できたのだが、何をどうすべきかを教えて貰ったという点において最初の小さな転職斡旋企業にも感謝している。ここから得た経験としては、紹介・斡旋企業も小さいところは親身になってはくれるものの、やはり範囲が狭く、こちらの希望通りの企業の求人情報を持っていないことがある。紹介・斡旋企業は、紹介した転職希望者が転職先企業に入社する際に、大体想定年俸の20%から30%の紹介手数料を得ている。そういう事情であるから、紹介者をどうしても入りやすいところへ入れたがる。小さいところではその傾向がやや強いように感じた。

ついで、職務経歴書の作成を行った。自分のキャリアの棚卸を行い、何をどうしてきたのかということを、相手にアピールする書類である。何度も書き直し、また時間がたてばすぐにアップデートした。これと履歴書を転職紹介・斡旋企業へ提出し、合わせてこちらの希望を伝え、求人票を確認し応募先を決定する。

6月くらいからだらだらと活動していたのだが、9月くらいまであまりよい求人がなく、現在の仕事も出張等が多く忙しかったことを言い訳にあまり進展がなかった。11月になり、これでは成功しないと考え直して、「遅くとも来年(2006年)の1月中に決定する。」と決心し、先に記したように紹介企業を変え、気合を入れなおして活動を開始した。活動を通じて、完全に「コンサルティング業界」への転職希望が固まっていたので、業界を代表する企業を含め5社に絞りアプローチを行った。

最初のアプローチ先では失敗したものの、面接等もだんだん手馴れてきたためか、年末からほとんど落ちなくなり、(ホノルルマラソン後、)結局3社から内定を頂いた。そしてその中から、ある企業を選び、内定通知書・内諾書にサインしたのが1月20日のことであった。多くの場合、
書類選考⇒適正検査⇒一次面接⇒2時面接⇒最終面接
というプロセスでおよそ2週間から一ヶ月というところであった。

こうして転職活動は終わったものの、コンサルティング業界は勿論初めてであり、ITコンサルタントを志望したのだが、内定した企業は経営・戦略も含む総合コンサルティング企業であり、また外資系ということで未知の環境に不安がないわけでもない。しかし、自分が望んだことであり、大きなチャンスと捉えて先に進んでいこうと考えている。

読者諸賢には遅筆を謝し、一層のご指導・ご鞭撻をお願いしつつ、近況のご報告としたい。

SEAGULL:有給消化(充電)中
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# by seagull_blade | 2006-02-15 16:53 | bizarro life

Running in Paradise

半年前にジムに通い始めたころ、有酸素運動の一環としてジョギングを始めた。すっかり忘れていたが、中学生の頃は陸上部に所属していたので、走ることそのものには何の抵抗も無かったのだが、ジョギングを始めてみると予想通りとてもつらい。ものの本などに、30分も走れば気分が良いとあったが、それどころではなかった。朝が弱い筆者は無理やり起きて近所の公園まで走ったりしたのだが、すぐに「あ、これは三日坊主になるな」と考え、具体的な目標を立ててみることにした。
先日、その目標を一応達成してきた。ホノルルマラソン完走である。と言っても半分はウォーキングだったが・・・。
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42.195kmとはどういう距離だったかというと、「25km以降は未知の世界」というのが正直な感想である。というよりも25km以降は全く走れなくなってしまった。前半20kmまでは2時間弱というまずまずのペースで走り続けることが出来たが、「脚に多少違和感が・・・」と思ったらもういけない。そこから走ろうにも、脚が言うことを利かない。走りこみ不足、準備不足を痛感しながらも仕方がない。ともかく止まらずに歩き続けることにして、4時間(嗚呼)後、どうにかこうにかゴール。合わせて6時間かかってしまった。

半年前にまずしたことは、シューズの購入であった。下北沢にある陸上競技用シューズ専門店で物色、とりあえずは「形から」ということで、NIKE「AIR ZOOM KATANA CAGE」を購入。やや中級者向けとも思ったが、そこは陸上競技の経験者の見栄で選んだ。結果としては、履きなれない時期に多少足をおかしくしたものの、ある程度トレーニングを積んでからは非常に快調だった。なので、6時間というタイムの責任はシューズには無い。

次に始めたことは、トレーニング計画である。と言っても大げさなものではない。綿密な計画を立てたところで、守れないのは目に見えていたので、5月・6月は週2回程度のウォーキング&週1回のジョギング30分、7月・8月は週3回のジョギング、9月・10月は週末にLSD(Long Slow Distance)、11月は調整期間というざっくりとしたものである。勿論、「出来る範囲で」というエクスキューズも手帳に記した。

計画に対して、実績は?と問われると非常に恥ずかしいところだが、60%程度というところだろうか。結構サボってしまっていた。走れなかった日は、自宅から会社までの10Kmを自転車で通勤してみたり二つ前の駅で降りたりしていたが、酒を飲んでしまうともういけない。

ハワイについて二日目、午前3:00に無理やり起床し朝食を詰め込んで、アラモアナビーチパークへ。スタートは5:00ということで、未だ真っ暗な中、既に人でごった返している。参加者は2万7千人。5割は日本人とのこと。メインスポンサーがJALなのでそれはそうだろうなどと考えながらスタートを待つ。自分の予想タイム順に適当に並ぶ。筆者は5・6時間程度だろうと考えていたので、そのあたりの位置に並ぶ。先に、車椅子のランナーがスタート。その30分後くらいにこちらもスタートした。スタートしたはいいのだが、何しろ、人・人・人。スタートラインを踏んだのは、更に30分後である。事前にICチップの埋め込まれたRFIDタグを配布され、シューズに装着しているので、タイムはちゃんとスタートラインを踏んでからゴールするまでの時間が計測されるのだが、それにしてもこの30分は長い。

沿道のあちこちから、地元の人や旅行者からの応援の声がかかる。素直にうれしい。声援を受けるなんて何年ぶりだろう。しかしこの声援の本当の有難みがわかるのは後半になってからだった。

コースはホノルル周辺の海沿いをアラモアナからワイキキを抜けてダイアモンドヘッドを超え、クアパで折り返し、カピオラニパークでゴールの42.195km(26.5mile)。ワイキキ周辺の海を右手に見ながら折り返しまで走り、ダイアモンドヘッドを下りきってゴールというものである。

スタート後、1時間弱走るとワイキキのメインストリートであるカラカウア・アベニューに出る。夜明けはまだで、クリスマスの電飾が美しい。宿泊しているホテルなどを横目にひたすら走る。このあたりはまだまだ余裕。日曜の明け方ということもあって、飲み明かした人々が冷やかし半分に声援してくれる。ちょっとうらやましいが、結構うれしい。ここまでは、ほとんど抜かれることもなく、どちらかといえばどんどん前のランナーを追い越して行く。少しオーバーペースかとも思ったが、予想よりはるかに体調がよく、問題なかろうと思い走り続ける。ダイアモンドヘッドの途中で夜明け。朝日を右側に受けながら、快調に走る。

ダイアモンドヘッドを下り、ハイウェイ沿いを走り始めたときに、「あ、脚がおかしいな」と思ったが、ややペースダウンして走る。と、給水所で水を飲むために止まった。とたんに走れなくなってしまった。心肺のほうが先にダウンすると思っていたのに、脚が先におかしくなってしまった。ここからの20キロ強は結局ひたすら歩き続ける。前半に抜き去った人々にもどんどん抜かれ、相当悔しい。苦しい。

ひたすら歩いているだけの筆者にも沿道の人は声援を送ってくれる。「Good Job!」という言葉を何度耳にしただろうか。本当にありがたい。太陽もいつの間にか昇って相当気温も高くなっている。「意地でも止まらない」と自分に言い聞かせ続け何とかゴールのカピオラニ公園へ。500メートル程度の最後の直線がやたらに遠い。
「ゴールは笑顔でね!」という声が聞こえたがそんな余裕は無い。とはいえ後で写真を見たら脱力した笑いを浮かべていた。

初のマラソンはこうして終わった。これだけ苦しい思いをしたのに、「二度とやるものか」とは思わない。最初のペースで走りきれば4時間。いつかそれを達成しようと今考えている。

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そんなわけで、真っ黒に日焼けしたまま年の瀬を迎えることとなったseagullです。これが今年最後のポストとなります。ハワイ紀行はまた改めて書きますが、まずはホノルルマラソンの感想文を書きました。声援を送っていただいた皆様、ハワイでお世話になった皆様、同行した皆様、本当にありがとうございました。
そして、相変わらず更新頻度が遅いこの『仕事以外』を覗いてくださる読者の皆様、本当にありがとうございます。来年の皆様のご多幸をお祈りいたします。

2005年12月30日 Seagull拝
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# by seagull_blade | 2005-12-30 17:11 | bizarro life

Baton desktop theme

Happy Christmas!
例によって例のごとく、更新に長い間時間がかかってしまいました。Soracotyan様より受け取っていたバトンも放置状態で大変失礼いたしました。先日、ホノルルマラソンを走ってまいりまして、無事に完走いたしました。この話もしっかりとPOSTしたいのですが、今しばらくかかりそうです。まずは、頂いたバトンから。デスクトップ画像についてのバトンです。

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■1) あなたの今使っているPCのデスクトップの画像を見せてください。
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WEBからGoogleで拾ってきた画像です。おそらく真剣だとは思いますが銘のあるものかどうかはわかりません。刃紋はいわゆる三本杉です。背景色を黒にすると画面上に浮かび上がって見えるあたりが気に入っております。周囲の反応は可も無く不可もなくというところでしょうか。

■2) このデスクトップはいつから使ってますか?
季節ごとに変えてしまうので、11月くらいからでしょうか。冬の季節感があるかというのも疑問ですが。
陰陽五行思想では、北は冬であり、玄武であり、「玄」という字が示すとおり、色は「黒」です。従って冬の色は黒・・・以上、コジツケです。何しろ日本刀の別名は秋水ですから・・・。

■3) 何故このデスクトップにしたのですか?
居合を少し嗜むからです。というのと、前は名画などにしていたのですが、象徴派と呼ばれる画家(クリムトなど)が好きなので、どうしても極彩色になりがちで、長時間眺めていると目と頭がおかしくなりそうだったからです。

■4) どのサイトで手に入れましたか?
覚えておりません。Googleのイメージ検索で、「日本刀」あたりをキーワードにして検索したかと思います。
■ 5) このバトンをまわす5人は?
例によって間が空きすぎですので、次へのバトンタッチは遠慮させていただきます。

クリスマスですね。前に少し書いたかも知れませんが、著者はケーキ屋の息子で、クリスマスというものにあまり良い記憶がありません。苺を山ほど切ったり、卵を60kg割ったりなど。せっかくのこの季節ですから、これからは楽しみたいですね。

Hark all ye shepherds, come join in our song.
Hark all ye shepherds, for Jesus is born.
Lo he is lying, born in a manger,
Jesus, annointed to be our Savior. Alleluia!

Hark all ye shepherds, arise from your sheep.
Hark all ye shepherds, the Christ child asleep.
Mary, the mother, quietly singing,
From God to man salvation is bringing. Alleluia!

Angels adore him, men bow before him, heaven and earth proclaim!
Prophets of old his coming foretold and men ever praise his name.
Come and adore him, Jesus our Savior,
He dwells among us, now and forever. Alleluia!
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# by seagull_blade | 2005-12-24 15:08 | bizarro life

古武術への誘い

当然のことではあるけれど、物事は知れば知るほど、安易に語ることが出来なくなる。深く知らなければ、偏見に基づいて断定的に語ることが出来る。それゆえに断定的かつ一方的に書かれた文章は、何らかの偏見や無知に基づいていると判断できる。知ることとはつまり、情報量の増加であって、多く情報を持っていると、ある事柄を肯定的に書こうとしてもすぐにその反証が思いついてしまう状態である。少なくとも誠実に文章を書こうとすれば。さて、長々と書いたが、最近このブログに居合の話をあまり書かなくなってしまった言い訳である。せっかく作ったカテゴリを放っておくのも勿体無いので、筆者にとっての「古武術を稽古することの意味」というか位置づけを書いてみたい。筆者は居合が大好きなので、この雑文を読んで、やってみたいと思っていただける方がいれば、望外の喜びである。
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筆者にとって古武術といえば水鴎流である。本邦には多くの武術の流派があるが、その中から縁あって水鴎流の門を叩かせていただいた。たった2年前のことではあるが。
事前の知識は一切なく、たまたまインターネットで見つけたというまったくの偶然である。袖触れ合うも他生の縁、ということでこの縁を大切にしたいと考えているし、水鴎流そのものや門下の方々の魅力もあって、ずっと水鴎流を稽古させていただくつもりである。勿論、様々な流派の方が自分の流派を大切にしていることと同じことであり、どの流派が優れているということではない。

では、その水鴎流が筆者にとってどのような存在であるかということだが、まず、第一に日常を離れ、雑念を忘れることの出来る世界であり、時間である。こうかくととてもカッコ良さそうだが、要するに、仕事をはじめほかの事を一切考えない時間であり楽しみの場であり、すなわちストレス解消のできる趣味ということである。当然、それが競馬という人もいるだろうし、カラオケやダーツという人もいるだろう。居合が筆者の嗜好に合っていると思うところは、何しろ人殺しのための武器をあつかい、そのための技術であったものを学ぶのだから、否応も無く集中できてしまうことである。集中しなければ、大怪我をするかもしれないし、下手をすれば死に至ることもある。そのある種の緊張感は却って、日常の雑事を忘れさせ、ストレスを解消してくれるように筆者は思う。

第二に健康管理という面である。ダイエット効果とでも言おうか。筆者は何しろ、油断するとすぐに太る体質で、2年前までは20代後半のくせに毎年健康診断に引っかかるという体たらくであった。ダイエットをせねばという思いはいつもあったのだが、根が怠け者のせいで「痩せる!」という動機では継続して運動がなかなか出来なかった。居合を習い始めたそもそもの切欠というと、筆者の場合、何とダイエットである。高校時代に柔道部に所属していたこともあって、武道が好きであることは気付いていたのだが、社会人となると、そうそう怪我をするわけにもいかない。筆者はIT業界で生計を立てているので、突き指など以ての外である。そして考えた結果が居合であった。居合なら形稽古中心なので、そう怪我することもあるまいと考えたわけである。実際、居合は滅多に怪我をしない。(怪我をするときは取り返しのつかない大怪我であったりもするのだが・・・)2年後、体脂肪率は25%から17%以下となった。

第三に「古の残り香を感じる」という楽しみがある。実際に刀を帯刀し、稽古の相手や仮想敵(基本的には自分自身を想定する)と対峙し、刀を振るう時、かつての真剣勝負が垣間見られる気がする。この自分自身が、この刀を持って敵と戦うときどういう気持ちになるのか。それを想定するということも楽しみの内である。現実には無い、否、あってはならないシチュエーションに想像の世界ではあるが身を置いてみる。そうすると日常の雑事がつまらないことに思える「ことがある。」筆者のような若輩者ではそういう気がするに過ぎないけれども。

第四に立居振舞いや作法を覚える場ということが挙げられる。和服を着る機会のほとんどない現代においては、三つ指の突き方や正座からの立ち上がり方、袴のはき方や捌き方を覚える場所がほとんどない。「無用なものだ」と言ってしまえばそれまでだが、楽しみの幅が増えればそれだけ生活を楽しむことができるし、折角、日本で生活しているのなら、こうしたことに触れないのは勿体無いと思ったりもする。因みに、居合や古武術を稽古されている方には外国の方も多い。

最後に、こうした日常とは切り離された世界には、日常では知り合うことのない人々との出会いがある。ビジネスの世界の出会いもエキサイティングであったり、楽しく、今後の生活の糧となるものだが、非日常の世界の出会いは本当に、職業や利害関係とは縁のない人との出会いがある。これが最大の楽しみの一つであるのかもしれない。

仕事以外にこういう世界を自分の中に持っていると、何より、よりどころになるし、精神的にも肉体的にもバランスがとりやすいと筆者は考えている。仕事や雑事で行き詰ったときにも、静かに正座して帯刀するとき、別の世界に入ることが出来る。筆者にとって、水鴎流居合剣法を稽古するとはそういうことであると今は考えている。

もしも興味を持っていただけたら、是非、見学でも如何だろうか。

乱文乱筆平にご容赦。特に門下の諸先輩方、乞うご容赦、である・・・。
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# by seagull_blade | 2005-11-24 00:49 | swordplay
前にも記したが、学生時代まで私はかなり西欧に傾倒していた。中学の頃、ちょっと大人びた友人に進められて、河出文庫の澁澤龍彦著作を一読した。澁澤栄一に連なる彼の著作は良い意味で生活感が一切排除され、優美なデカダンスに満ちた世界に魅了され、結局、高校、大学と「西欧世界への憧れ」が、私にとってのひとつのテーマとなっていた。
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その結果、日本史というものの知識がほとんどなく、社会人となってからの、なんとなくではあるものの読書テーマが「日本史」ということになってきた。居合を勉強させてもらい始めてから、ますます日本の伝統、思想というものに興味をもつようになり、その伝統の親たる日本史についての知識の空白を埋めようとしている。大袈裟に言えば、自分がここにいる根拠を何とは無しに探しているのかもしれない。勿論、単なる楽しみとしてであるが。

そんな訳でまだまだ大して読んではいないのだが、いくつか強烈な印象を受けた著作がある。その中で、ミステリを読んでいるかのような興奮と著者の強い思いがダイレクトに文章に叩き付けられ、私の目を離させないというものが、この『隠された十字架』であった。『隠された十字架』は昭和47年(1972年)に初版が刊行されている。その直後から賛否両論を巻き起こしたというこの本を一読すれば、なるほど論争を起さずにはいかないということがすぐに納得できる。

さて、この『隠された十字架』はサブタイトルが「法隆寺論」となっているとおり、法隆寺についての仮説である。著者の梅原猛氏は哲学者であり、歴史学については、やや門外漢なのだが、それゆえにこそ大胆な仮説が立てられるという態度である。すなわち、細分化、専門化する現代の学問はそれゆえに、より深化するが、それぞれの学問が有機的なつながりを得にくいという欠点をもつ。

著者の梅原氏は「細分化されたそれぞれの学問」を問題点として明確に掲げ、意識的に綜合する作業をこの著作の中で行っている。また、デカルトの「方法的懐疑」を法隆寺に持ち込み、それまでの常識から疑ってかかるという驚くべき作業を行っている。

この本は、三部に分かれている。そしてあたかもミステリ小説のような手法をとっている。目次を見ればある程度の流れが理解していただけるだろう。第一部は「謎の提起」、第二部は「解決への手がかり」、そして第三部は「真実の開示」である。勿論、全ては梅原氏の仮説であるに過ぎないが、思っても見ない法隆寺の別の側面が見えてくる。

法隆寺といえば、私の世代の定番として修学旅行でみた記憶ぐらいしかない。また、ぼんやりと「聖徳太子」が建立した寺で、世界最古の木造建築物である五重塔があるというような知識しかない。梅原氏はまず、法隆寺に関する謎を七不思議になぞらえて「法隆寺の七つの謎」というものを第一部で提起する。それはよく知られたなぞもあれば、そうでもない謎もある。以下に列挙してみよう。

1.『日本書紀』に関する疑問。法隆寺建立が国家規模の事業であり、法隆寺以外の寺院建立が全て記載されているにもかかわらず、法隆寺だけが正史である『日本書紀』に一言も書かれていない。それはなぜか。
2.『法隆寺資材帳』という各寺院に時の国家権力が提出させた財産目録に関する疑問。何よりも正確を期して書かねば、責任を問われる書物に法隆寺の設立についてきわめて曖昧にしか書かれていない。それはなぜか。
3.法隆寺の中門にかんする疑問。門の真ん中に柱が立っている。不便極まりない作りにしたのは何のためか。
4.金堂には普通は一寺院に一体の本尊が三体もいる。またそれぞれの本尊や内部の装飾の様式の時代形式がバラバラである。それはなぜか。
5.塔の礎石から火葬骨が出てきた。これは誰の骨か。また資材帳に書かれた塔の高さと実際の高さがあまりに違うがそれはなぜか。
6.フェノロサによって開陳された、有名な救世観音がある。1000年以上もの間、厳重に秘仏とされてきたが、それはなぜか。
7.法隆寺の祭りといえば聖霊会であるが、その際に「太子2歳像」や「7歳像」「16歳像」も合わせて祭られる。また舎利も舎利殿から取り出して祭られるが、それはなぜか。

梅原氏はこれらの謎を提唱し、これまでの学説や当時の政治状況を手がかりに説得力のある仮説を提示してゆく。知的興奮という言葉を実感できるという稀有な例である。梅原氏はその仮説の結論として法隆寺とは聖徳太子一族の霊を慰める鎮魂の寺であり、聖徳太子自身は怨霊であることを証明してゆく。

私は太子が怨霊である、またその可能性があるということは知らなかったし、またその説明の過程で明らかにされてゆく、藤原鎌足の権謀術数、藤原不比等の天才的な政治手腕はすさまじい。私が何よりも印象に残ったことは、昔の人々は我々と変わらない、否、それ以上に高いレベルにあるかもしれないということである。この知らず知らずに身についてしまった、「歴史は進歩する」という思い込みを打ち破ってくれる。

今は喜寿を越えられている梅原氏だが、四十代に書かれたこの著作は熱気を持って己の説を証明しようと書かれている。その情熱の一端に触れてみるのは如何だろうか?
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# by seagull_blade | 2005-11-13 20:53 | reading lamp
もう10月も半ば近く。毎度の事ながら更新が大幅に遅れてしまい読者諸賢には大変申し訳ありません。soracotyan様より頂いたバトンをまずは更新しました。
やや赤面しながら書いてみましたので、よろしければどうぞ。
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○好きなBrand/よく買物するお店

・Timothyeverest

・Joseph Homme

・新宿伊勢丹

スーツは圧倒的にTimothyeverest(ティモシーエヴェレスト)が多い。価格はそれなりで6万円~10万円台が中心。イタリアスタイルのソフトなスーツよりも、ブリティッシュスタイルのカチッとしたものが著者の趣味。またワードロープにはスリーピースが多い。シャツは特にこだわりなく着る。色も特にこれというものがないが、白・ピンストライプ・ブルー・ピンクが現在のローテーション。ネクタイはViviane Westwoodのような、少しイカレたものが好み。ネクタイくらいは遊びが多いものがよい。カジュアルは勉強中。

○今Heavy Rotationな洋服・Accessory

・Swank(etc…)

ヘヴィローテションの服はその季節のスーツになってしまうので、アクセサリーについて。
はさむタイプのネクタイピンはあまり好きではないのだが、タイタックは好きで幾つか持っている。ピンの留め金を代えてそのままピンバッチにも使う。気分によるのだが、タックとピンバッチは同時に使わない。それから、所詮は遊び心なので、高価なものは必要ないと思っている。高級感よりも「ちょっと面白いかな」というものを買うようにしている。今日フラワーホールについているのは、貰い物だが「ヨークシャーテリア」のピンバッチ。

○おしゃれだと思う人

メディアに露出している女性はおしゃれな人が多くて、なんともいえない。むしろ身近な女性に「おっ」と思う方が多いように思う。

・池波正太郎
・François Mitterrand(ミッテラン元仏大統領)

もう鬼籍に入られてしまったが、作家の池波正太郎氏は和装が格好良く、お洒落な方だと筆者は思う。個人的にはいつかは和装で暮らしたいので、池波正太郎氏は一つの目標だったりもする。
現シラク大統領もそれなりとは思うが、政治家ではミッテラン元大統領がスーツの着こなしが格好良かったかと記憶している。英国首相ブレアも悪くはないけれど、もう少し貴族的なほうが筆者の趣味であったりする。ミッテラン氏は左派政党にもかかわらず王様然としているあたりが結構フランスらしい。小泉純一郎はボタンダウンを上手に着こなしていると思うが、組閣の際のフォーマルな格好がいまひとつ。しかし、ファッションに関しては、筆者の知る歴代首相では一番かもしれない。

○秋冬に狙っているItem
秋冬に限らず、真紅というかイタリアンレッド一色のネクタイを探している。赤いネクタイは何本か持っているが、「織りが美しく」「無地で」「鮮やかな朱色」の「手ごろな価格」のものというは、ほとんど見つからない。見つけた方は是非ご教示いただけるとうれしい。

○次の5名様
ちょっと時期をはずしてしまいましたので、ご指名は遠慮させていただきます。
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# by seagull_blade | 2005-10-12 16:07 | bizarro life

怪物の末裔

ギリシア神話には神々とともに様々な怪物が登場する。日本の八岐大蛇に比すべきレルネーのヒドラ。三つ首の大犬にして地獄の番犬ケルベロス。獅子、山羊、蛇などの合成物キマイラなど。これらの怪物たちは人間の持つ畏怖の心や恐怖の心が生み出したものであるが、それらの怪物には自然現象の神格化もある。
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エキドナ(echidna)という上半身が女性、下半身が蛇の魔神がこれらの怪物たちの母であるのだが、男女の原理を重んじるギリシア神話には、当然のごとく、この怪物たちの父も登場する。その魔神の名をテュポンと呼ぶ。

テュポンは風の神々(アイオロスなど)の父でもあり、海上貿易に生活の基盤を置く海の民たる古代ギリシア人たちが最も恐れた海の嵐の神格化であろう。その姿は星にも届こうかという大男で、肩より百匹の蛇を生やし、双眸からは炎を放ち、腕を伸ばせば世界の東西の果てに届いてしまう。そして、蛇の下半身を持ち、巨大なトグロを巻いているという。

テュポンはギリシア語で「Τυφών」と書く。英語表記では「Typhon」である。このスペルを見て、何かを連想しないであろうか。この「Typhon」を現代英語では「Typhoon」と表記し、発音は勿論「タイフーン」である。意味は台風・暴風を意味する。

台風という言葉は、元々中国語であり、このテュポンという怪物が、シルクロードやインド洋経由で中国にもたらされ、台風と当て字され、現在の台風となったのであろう。なお中古の日本において、台風は野分(のわき)と呼ばれていた。現在は雨を伴わない秋の強風を指す。因みに記せば、筆者の稽古している水鴎流居合剣法にも「野分(のわけ)」という技法があったりする。

ここで先ほど記した、テュポンの特徴を考えると、百匹の蛇と火を放つ目は筆者には何の謂か判らないが、腕を伸ばせば東西の果てに届き、巨大なトグロを巻く蛇というのは明らかに台風の特徴である、その強大かつ巨大な暴風域、目を中心に渦を巻く形を神話的に表現したものである。人間の感性というのは古今さほど変わらないようで、どうしようもない自然の驚異を神の怒りや魔神の咆哮という形で表現するようである。雨を伴った暴風雨のない地域、たとえば現在のイラク、古代はメソポタミアと呼ばれた地域では、その代わりに砂漠より吹き荒れる熱風がある。筆者は体験したことがないが、これは大変なものであるらしい。この熱風を神格化したものが、映画エクソシストに登場したパズズという魔神と聞いたことがある。

幸いにもパズズの魔の手は本邦まで届かないが、神話の如くテュポンの腕はまさに東の果てである日本列島を襲い、西の果てではハリケーンと名前を変えて荒れ狂っている。科学的常識が広まった現代日本では台風を魔神の咆哮と考える人はいない。だが、人智ではどうしようもない怪物的な力を持つ自然の力は健在である。

よく知られたことであるが、一つの台風の持つエネルギーは広島に投下された原爆リトルボーイのなんと数十倍である。10の18乗ジュールという天文学的というか、ほとんど想像もつかない力である。そして台風の発生メカニズムは詳しく解明されていない。

筆者は考え方として、「自然と共存」とか「自然の力は恐ろしい」などの科白で思考停止することを好まない。人間が地球の中でどのように振舞おうと、人間という存在が生物学的にも自然の一部である以上、それは自然と呼ばれるものの一部であるはずであるし、自然破壊・環境破壊といったとしても、それは人間やその「破壊された環境」に弱い生物にとって打撃となるだけであって、地球という存在にはなんら問題がない。それを「共存」だの「自然破壊」だのという言葉で表すということ自体、不遜であると筆者は思う。

だが、そうは言いながらも、自然災害は恐ろしい。環境破壊云々の前に筆者や周囲の人々や縁あってこのブログを読んでいただいている読者諸賢に対して直接の、しかも限りなく受身な対応しか取れないものであるからである。筆者の住む東京都杉並区や筆者が育った世田谷区は先日の台風14号によって、床上・床下浸水などの水害に会い、自宅側の善福寺川や会社の側の妙正寺川は氾濫し、直接の脅威を目の当たりにすると、やはり思考停止したくなる。ニューオーリンズを直撃したカトリーナのTV映像を見て、恐怖を抱かなくても、実際に轟音をたてる近所の小川を見た方が恐ろしいものである。

話が横道にそれてしまったが、台風被害の不安といおうと、テュポンの恐怖と呼ぼうと、その意味するところは同じであるような気がする。「科学的」思考でその正体を知り、不安を紛らわしたところで、その脅威はいささかも減じることはない。

技術的進歩によって我々は被害を最小限に食い止めるよう努力をすることはできる。嵐の被害をどう食い止めるかというのは少なくとも日本の土木建築技術の最大のテーマの一つであろう。だが、

怪物たちは今も健在で、人間に脅威を与え続けている。筆者ができることは魔神テュポンの末裔たちに、これ以上荒れ狂わないよう祈るだけである。それは古代ギリシア人が行った対策とおそらく変わらないであろう。大雨の窓の外を見ながらそんなことを考えていた。
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# by seagull_blade | 2005-09-06 16:57 | philosophism
『亡国のイージス』は7月末に映画が公開され、私の好きな俳優の一人、真田浩之主演ということもあり気になる映画ではある。とはいえ未だに観ていない。それではと、終戦記念日も近いこともあり、購入してみた。上下巻で700頁を超えるなかなかの大著である。
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舞台は護衛艦「いそかぜ」。この船の中で物語は進行してゆくのだが、それぞれの登場人物の持つ「過去」や「現在の生活」も丁寧に描写されている。小説の1/5はその描写に費やされている。この部分を読んでいる時は、正直、読了できるかと考えていたのだが、それは杞憂であった。

感想を一言で言えば、この1年で読了した小説の中では5本の指に入る面白さであった。読み終えることが惜しいという感覚を持てる小説を私は「面白い小説」としているのだが、本書はまさしくそれである。3日間の休日の内、ほとんど丸2日読みふけってしまった。

この手の小説はある程度、軍事的なテクニカルタームが出てくる。年少の折、パイロットになりたかった私は、航空機については、専門書の類でない限りは注釈を必要としない程度の知識はあるつもりであるのだが、艦船の知識はほとんどなく、また現在のミサイル技術、およびそれを防御する技術がどれほどのものなのかということの一端を本書で見ることができた。しかしこうした文章を書くと「ミリタリーマニアが喜びそうな小説」とレッテルを貼られそうである。

だが、本書の魅力はそんなところにはない。もちろん、そうした細部がよく書けているからこその魅力はあるが、私には「物事をどう受け取るのか」ということをエンターテイメントにしたということに最大の魅力があるように思う。

「人は見たいものしか見ない。」「物事を宿命的に受け入れると思考は停止する。」これらの言葉が、読了後頭に浮かんだ。それぞれ何処かで読んだ言葉である。塩野七生と山本七平の著作だったか。見たくない、換言すれば考えたくない事柄は、意図せずとも我々は避ける。私も含めて弱い葦である我々は目の前の事柄のうち、見たくもない・考えたくもない物事を避けるからこそ、どうにか生きることができる。とは言いながら、この受け入れがたい物事は、私とは無関係にそこにあり、見たくないから見えていない私とは無関係に事態は推進してゆく。これは克服しがたい我々の、否、余人は知らず私の弱点である。

歴史上の天才には、己の「意識的」「無意識的」なフィルターが非常に薄い者が存在したであろう。歴史は主に政治史であり、その中で活躍し、君臨する政治に携わる英雄たちは見たくない物事が見えてしまう人たちであったかも知れない。だが、そういう人々は例外中の例外である。それぞれの時代性という制約の中とはいえ、見たくないものも直視できるという天才はあらゆる天才というカテゴリーの中でも最も少ない部類に入るだろう。

だが、私や読者諸賢も含めて多くの人間はそうではない。見たくないものは見えないし、信じたくないものは信じない。それが当然であり、だからといって責められるようなことではない。

小説の手法として、超人的な人格を登場させ、活躍させるということがある。特にこの『亡国のイージス』のような、ヒーロー/ヒロインが活躍する物語はそうである。この超人的な人格は、先に記したような「フィルターの薄い」人々である。たとえば、シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロ、これほどまでではなくても、大沢在昌の「新宿鮫」シリーズの鮫島刑事など、枚挙に暇がない。彼らは通常人では気がつかない物事に気がつき、通常人が恐れてしまう事態に対して、とんでもない勇気を持って対処してしまう。彼らは作者の手によって、他の登場人物には見えない事柄が見える目を与えられ、見たくない現実を見据えつつ対処するだけの力が与えられている。

こうしたヒーロー/ヒロインの活躍は読者を安心させ、カタルシスを味合わせる事ができる。読み手は活躍する彼らに憧憬を感じつつ、理想化した己を重ねて活躍を楽しむ。もちろん読み手も、彼・彼女らが理想化された人々であることを承知の上で作品に酔う。

しかし、この『亡国のイージス』に出てくる登場人物たちは、こうして理想化された人格ではない。それぞれが、見たくない現実を見ないように見ないように生きている普通の人々である。それぞれに背負った現実と向き合わないようにしながらも、それでは解決にならないことをうすうす気がついている、私や読者諸賢であるところの人々である。うすうす気がついているからこそ、悩み、考え、もがきながら、どうにかこうにか次々に起こる現実に対応している姿が描かれている。

また、一見、超人的な力を持つ人々もこの物語には登場する。彼・彼女らはなんの迷いもなくその力を振るっているように読める。だが、そうした人々は「物事を宿命的に受け入れる」事で、一種の思考停止に陥っている。思考が停止しているからこそ、普通の人々が持つ恐れや迷いがなく、強大な力を振るうことができる。それゆえに、思考が再び動きだした時が、彼・彼女らが本当に現実に直面するときであり、その脆さ、危うさを露呈する。

普通の弱さを丁寧に描き、超人的な力をその思考停止に位置づけたこの物語は、多少のご都合主義を割り引いても、作者の人間への洞察力を感じさせる作品であった。
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# by seagull_blade | 2005-08-23 12:53 | reading lamp

鹿島神宮探訪

居合を始めてから、性分なので色々とそれに関する歴史や周辺の知識を調べる事が多くなった。以前このブログでも記したが、筆者が学ばせていただいている水鴎流もルーツとしては、鹿島神宮の神官卜部氏の出身である「塚原卜伝」或は「卜伝流」に流祖が学んでいる。また、作家海音寺潮五郎氏によれば、「僕は日本の剣術はすべて鹿島・香取から出ていると思っている。」ということであり、少なくとも、日本の剣術の祖のひとつであることは間違いないであろう。
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また、ここのところ日本の歴史、特に古代史に興味があり、いくつかの書籍を読んでみたのだが、そこには藤原氏の氏寺としての奈良「春日大社」、その源流としての「鹿島神宮」「香取神宮」が登場し非常に興味深い。これは一度鹿島神宮に詣でなくてはならないと考え、常陸国一之宮「鹿島神宮」へ詣でてきた。試験を受けるためでなく勉強するというのはとても愉快なことであるという事を、三十路を迎えようとしている現在、享受している。

東京駅からJR高速バス「鹿島神宮駅」行きに乗車する。鹿島神宮へは終点ではなくその前の「鹿島バスターミナル」で下車する。読者諸賢の中にもサッカーファンなら、このバスを利用した方がいらっしゃるかも知れない。何しろ鹿島神宮とカシマサッカースタジアムは隣接しているのである。筆者はサッカーに関しては日本代表戦をテレビ観戦する程度なので、隣接していることは現地に行くまでまったく知らなかった。運賃は東京から1,780円で、意外と安い。自分で車を出すよりも、ずっと気楽であるし、何より現地で一杯呑むことができる。飲兵衛の筆者にとっては、出張であろうと旅行であろうとその土地の酒を飲めるということが非常に大切であるので、日帰りの小旅行はできる限り自家用車を使わない。

バスを降りて、窓口で道順を尋ねると地図をプリントアウトして丁寧に教えてくれた。その通りに5分ほど歩くと鹿島神宮の入り口「二の鳥居」が見えてくる。丘そのものが神社であるという広大な境内は、どこからでも入ることができるが、折角であるので正門たる「二の鳥居」から入ることにする。なお、「一の鳥居」1.5km程度のところにある北浦湖畔の大船津という場所にある。そこまで足を伸ばしてみたかったが、酷暑のためやめておいた。尤も一の鳥居は神の門であり、人が潜るためのものではなさそうである。

二の鳥居の前には食事処や土産物屋が並んでいる。土産物屋と言えば、木刀が必ずあるが、ここでは必ず「鹿島新当流」と書いてある。シールが貼付されているものもあれば、木刀に焼印や彫ってあるものもあるようだ。各所の名勝地に行くと必ずといっていいほど木刀を売っているが案外鹿島神宮あたりがそのルーツかもしれない。

鹿島神宮はその起源を神武天皇元年に置く。つまり2600年以上歴史をさかのぼることができるということになる。ここまでくると伝説の域を出ないと筆者は考えるが、そのように伝えられている。明白になっているのは、藤原四兄弟の一人、藤原宇合(ふじわらのうまかい)が常陸国国司であった養老年間(717-723)に編纂したとされる『常陸国風土記』にその名(鹿島神郡)が見えることから、少なくとも1300年以上の歴史があるらしい。また、一説には、大化の改新の立役者の一人であり、藤原宇合の祖父である藤原鎌足はこの鹿島の祭祀を司る中臣氏出身であるという。その説に従えば、ここは正に本邦最高の名家藤原氏のルーツということになる。

二の鳥居を潜って、どういうわけか鳥居に正対せずに右手にある本殿(拝殿)にまずは参拝する。祭神は武甕槌神(タケミカズチノミコト)。以前にも記したが、古事記・日本書紀によれば、この神は経津主神(フツヌシノミコト)とともに出雲の大国主命に対して国譲りを迫り、成功させたという武神である。常識的に考えれば、武力を持って征服したということであろう。現代では武道の神ということになっているので、筆者は勿論「居合の上達」を祈念した。この本殿および拝殿は二代将軍徳川秀忠によって立てられたものとのこと。古い時代はこの拝殿も式年遷宮(しきねんせんぐう)といって伊勢神宮のように20年に一度場所を移して立て直していたらしいのだが、このときから半永久的な建物となったのであろうか?筆者は失礼ながら、ちょっとおくまで進み本殿を横から覗いてみたが、これは極彩色の見事なものであった。

その後、250mほど歩いて奥宮へ。参道は樹齢数百年、大きいものでは千年近いものもあるであろう杉の巨木に囲まれ、神聖な雰囲気を醸し出している。実際、盛夏の昼であるにもかかわらず、静かであり、涼しい。奥宮は徳川家康が造営したもので、本来は本殿として使用されていたものだが、現在は奥宮であり、武甕槌神の荒魂(あらみたま)を祀っている。その後、鯰の頭を押さえているという要石を拝見し、禊をする場所である御手洗池で少し一休み。ここには休憩処があり、蕎麦と清酒「神の池」を頂いた。さすが名水のあるところ、お酒はおいしい。「お神酒を喜ばない神はいない」とはいうものの、酔って神域を回るのも気が引けるので、一杯だけだったが・・・。

また拝殿に戻り、その前にある小さな宝物殿(こちらは現代の建物)に入る。ここでは国宝『フツノミタマ』という直刀がある。270cmを超える長大なものである。だが、もうひとつここには見学し忘れてはいけないものがある。それは悪路王の首と呼ばれる木造の仮面(?)である。ここ鹿島は「蝦夷征伐」すなわち時の朝廷による、奥州侵略の前線基地ともなった場所であるらしい。悪路王とは即ち、坂上田村麻呂と戦った蝦夷の王、「アテルイ」のことであろうか。このあたりはまた別の機会に詳しく考えてみたい。

歴史の光と影を飲み込んで、神域は静かにそこにある。塚原卜伝の書の写しという色紙を購入して、包んでくれた巫女さんの涼しげな横顔を見ながらぼんやりと考えていた。

その後は東京駅に戻り、丸の内OAZOで食事をして帰宅。色々なことを考える小旅行であった。

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# by seagull_blade | 2005-08-10 14:44 | philosophism